第3話
フロッピーディスクを握りしめたまま、俺は過去の記憶に引き戻されていた。
雪乃は、いつも少し寂しそうな目をしていた。
彼女には好きな男がいた。
人気者でスポーツマンの、俺とは正反対のタイプ。
俺はそのことを知っていて、友人として雪乃の恋を応援するふりをしながら内心では嫉妬と諦めが渦巻いていた。
当時の内気な俺には告白なんてできるはずもなかった。
ゲーム制作は、そんな俺たちのどこか歪んだ関係性の逃避場所だったのかもしれない。
雪乃が創ったゲームの世界。
プレイヤーは「勇者カイト」。
それは、明らかに雪乃が想いを寄せた男の理想像が投影されていた。
そして、立ちはだかるラスボスは美しくも冷酷な女魔王「ユキ」。それは、雪乃自身を思わせた。
雪乃が書いたシナリオは奇妙なものだった。
勇者カイトが魔王ユキの仕掛ける数々の試練、つまりアクションゲームステージを乗り越えていくうちに、本来敵であるはずの二人が互いに惹かれ合い、禁断の恋に落ちていくという展開。
正直に言って、俺はそのストーリーが好きではなかった。
雪乃が恋焦がれる男をモデルにした勇者が、彼女自身を思わせる魔王と恋に落ちる?
すこし考えるだけで、胸が苦しくなった。
けれど、俺は何も言わなかった。
雪乃と一緒にゲームを作る。その「繋がり」だけが、当時の俺にとって彼女と共有できる唯一の特別な時間だったからだ。
俺はただ黙々と雪乃の描く世界をドット絵で彩り、彼女の望む通りにゲームバランスを調整した。
しかし、ゲームが完成することはなかった。
高校三年生の秋。
雪乃は意を決して男に告白し、あっけなく、フラれた。
彼女はそれ以来、プログラミングも物語作りもぱったりとやめ、あれほど熱中していたゲーム制作からも完全に手を引いてしまったのだ。
そして、俺たちの関係も急速にぎこちなくなっていった。
どう声をかけていいのか分からない俺。
傷つき、心を閉ざしてしまった雪乃。
卒業式の日、俺たちはほとんど言葉を交わすことなく別々の道を歩み始めた。
それ以来、一度も連絡を取っていない。
彼女が今、どこで何をしているのか、俺は知らない。
ラスボス戦とエンディングは、永遠に未完成のままとなった。
* * *
フロッピーディスクの冷たい感触が、現実へと俺を引き戻す。
この中には、俺たちの歪んだ青春と、雪乃の叶わなかった想いと、そして俺自身の報われなかった恋が、未完成のまま詰まっている。
俺はこのゲームをプレイする事も捨てることもできず、ただクローゼットと記憶の奥底に封印してきた。
でも、今は『レトロゲームダイバー』がある。
AIによる補完機能『マインドウィーバー』。
この技術を使えば、俺の手でこのゲームを完結させ、エンディングを見ることができるかもしれない。
それは雪乃が描く事のなかった、彼女の物語の結末。
確かめたかった。
完成させる事が出来なかった、俺たちの未完のゲームの結末を。
『レトロゲームダイバー』を手に入れた今、このフロッピーディスクをただ持ちづつける事が、あまりに無意味なことに思えたのだ。
俺は意を決してフロッピーディスクを手に取った。
指先がわずかに震えている。
フロッピードライブを接続モジュールを使ってPCに接続。
モジュールに付属していたエミュレータをPCで走らせる。
ディスクをドライブに挿入する。
カチャリ、という懐かしい音。
読み込みエラーが出ないか少し緊張したが、ドライブはシャーというを立てて無事にデータを吸い上げてくれた。
PCに表示される、拙い手書き風のタイトルロゴ。
『ラストメモリー・オブ・クリスタル』。
高校時代の甘酸っぱくて苦い記憶が鮮やかに蘇ってくる。
「……よし」
俺は意を決し、PCをレトロゲームダイバーに繋ぐと、ヘッドセットを装着した。
フルダイブモードを起動する。
意識が遠のき、光に包まれる感覚。
……次の瞬間、俺は確かに、あの頃夢見たゲームの世界に立っていた。
目の前に広がるのは、どこか物悲しい雰囲気を漂わせる古城の入り口。
石畳のひんやりとした質感。
壁に生えた苔の匂い。
遠くで聞こえる風の音。
俺がマウスで一つ一つ
それがまるで本物のようにリアルな空間として、目の前に広がっていた。
俺は自分の手、いや、青いシンプルな鎧に身を包んだ「勇者カイト」の手を見つめた。
雪乃が想いを寄せた、あの爽やかな男をイメージして俺が描いたキャラクター。
今から俺は、この「理想の男」として、雪乃と俺自身が遺した世界を歩むのだ。
言いようもなく複雑な気分だった。
俺は剣を抜き、重々しい城門をくぐった。
横スクロールのアクションパート。感覚に少し独特のクセがある。
当時のパソコンゲームのそれを再現しているのか。
しかし、不思議と身体が覚えている。
ジャンプ、攻撃、回避。
ぎこちないながらも、俺はカイトとして雪乃がプログラムした敵キャラを倒し、俺が配置した仕掛けを突破していく。
雪乃の指示で俺がデザインした、どこか可愛らしくも不気味な敵キャラ。
夜なべして作った背景。
その一つ一つが、懐かしく、そして愛おしい。
ああ、そうだった。ここはタイミングを合わせてジャンプするんだった。
この敵は弱点を攻撃しないと硬いんだった。
まるで、昨日のことのように攻略法が蘇ってくる。
当時の俺たちが持てる技術と、有り余る情熱の全てを注ぎ込んだ未完成の世界。
それが、最新技術によって目の前に鮮やかに蘇っている。
これは単なるノスタルジーではない。
過去の自分たちとの再会なのだ。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、ステージを進んでいった。
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