切ない想いは少女の想い

セレナが消えたあとの森は、静かだった。


風も、音も、色さえも沈んでいて、

まるでこの場所だけが時間から取り残されてしまったみたいだった。


僕はしばらく、ただその場に立ち尽くしていた。


彼女が残した言葉。

彼女の最期の笑顔。


そして、胸の奥——

僕の心臓の少し左に、なにかがぽうっと光っていた。


小さな、白い光の粒。

それは彼女が“想い”として僕に託したものだろう。


——想いを受け取るたびに、僕は何かを失っていく。

けれどそれは、ただの痛みじゃない。


あたたかくて、優しくて、

まるで僕の中に、誰かの“生きた証”が芽吹くような感覚だった。



森を抜けると、開けた丘があった。

その向こうに、小さな村が見える。


家が数軒、崩れかけている風車、畑には枯れかけの作物。

だけど、空気はどこか優しかった。人の暮らしの匂いがする。


僕が一歩踏み出すと、草の上に白い花が咲いた。

またひとつ——誰かの想いが、地に咲いたのだ。


そのとき、子どもの声がした。


「あなた……“花を踏まない人”なんだね?」


振り向くと、ボロボロのマントを羽織った15歳くらいの少女がいた。

瞳だけが、ひどく澄んでいる。


「この村ではね、夜になると“花の幽霊”が歩くの。

 大事な人を忘れられなかった人が、白い花になって……でも、みんな怖がって、踏んで消してしまう」


彼女はそう言って、僕の手をぎゅっと握った。


「お願い。“あの人”を探してくれない?

 あたしの“想い”を……届けてほしいの」


また一つ、“想い”が芽吹く。


この世界で、僕は何人の“想い”を受け取り、

何人の心を救うことができるんだろう。


けれどそのたびに、僕の心は少しずつ、崩れてしまうのかもしれない


セレナのように——光になっていくのかもしれない。


だから僕は、彼女の手を握り返した。


「うん。君の想い、受け取るよ。

 ちゃんと、最後まで」


そしてまた一歩、僕の中に小さな花が咲いた。


——この物語は、想いを繋ぐ旅の記録。

終わりのない、葬列のように続く道の、始まり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る