第3話 小此木先生が気絶した後は (高橋先生視点)

何を言い出すのかと小此木先生を見ていたら、あろうことか診察のときの話を始めた。

腰が弱いことなんて、小此木先生しか知らない。それを他の人に話すなんて…。

それに、そんなこと知られるのは――恥ずかしい。

私は、自分でも驚くくらいの勢いで小此木先生の口を手でふさいでいた。

そして、そのまま小此木先生はふらふらと崩れて――眠ってしまった。

お酒に弱いのは知っていたけど、こんなに突然寝てしまうなんて…。大丈夫かな。

「あらあらっ、ドクター小此木はどうしちゃったの?」

懇親会の主催者でもある院長が近づいてきて、覗き込んでくる。

「院長…。あの、実は私のせいで…。責任は、取ります」

日本酒を飲ませたのは私じゃないけれど、もとはといえば私が飲んでいたものだ。

家に送るにせよ、どこかで休ませるにせよ、責任は私にある。

「んまぁ!?そういうことなのねっ!?ドクター高橋!!」

テンションが急上昇した院長は目を輝かせて、「応援するわね!」と親指を立ててくる。

なにを応援されているのかよく分からないけど、言ってくれていること自体には感謝しないと。

「はぁ、どうも…?」

そんなやり取りのあと、1時間ほどして懇親会はお開きとなった。

小此木先生は相変わらず目を覚まさず、自分で歩くのも厳しそうだったので、近くの私の家に連れて帰ることにする。


タクシーの運転手にお礼を言い、玄関を開ける。

「しっかりしてください、先生」

肩にしがみつくようにしてふらふらしている小此木先生に、声をかける。

「うぅ……うへぃ……」

言葉になっていない返事が聞こえてきて、私は思わず小さく笑ってしまった。

さっきは突然「笑顔がかわいい」なんて言い出したり、本当に不思議な人だ。

とにかく、水を飲ませないと。

いくら明日は休みとはいえ、これ以上悪化したら大変。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注いで口元へ近づける。

「小此木先生、もっと口を開けてください」

「ん……」

ちゃんと聞こえているみたいで、さっきよりも口が開き、小此木先生は喉を鳴らして水を飲み始める。

人に水を飲ませるのって、思ったより難しい。

コップを傾けすぎて、口元から水がこぼれてしまった。

「酔い…醒めそうにないですね。あれだけ注意したのに…」

「……あぅ、はい……」

ぐらぐらと頭を揺らしながら、小此木先生が返事をする。

――あっ、そうだ。上着、脱がせないと。

「上着も脱いだ方がいいですよね。脱がせますよ」

私は正面から手を伸ばし、小此木先生の服にそっと触れる。

すると――

「たっ!?高橋先生っ、自分で脱げますからっ!」

突然、小此木先生が目を覚ましたように叫び、慌てて服を脱ごうとして動いた、そのとき。

小此木先生の手が、私の服の中に入り――腰に、触れた。

「ひゃっ……!」

くすぐったくて声が漏れ、思わず視線を逸らす。

小此木先生も、触れていることに気づいたようで――

「ご、ごめんなさいっ!」

そう言いながらも、なぜか手を引いてくれない。

それどころか、指がゆっくりと動いて、私の腰をなぞってくる。

「あっ…んん……」

自分の声とは思えない、知らない音が口から漏れる。

体がびくんと震えて、私は小此木先生の肩を思わずつかむ。


そして――

小此木先生が、私を押し倒してきた。

「お、小此木先生……?」

驚いて呼びかけると、小此木先生は切羽詰まったような声で言った。

「わからないの、ごめんなさい。自分でもよくわかってないのよ。でも、知りたいの……私は……」

「小此木先生……まだ酔ってるんじゃ……」

10センチもない距離で、小此木先生の顔が近づいてくる。

まだ酔いが醒めきっていないその表情に、私は頬にそっと手を添える。

苦しそうに何かを我慢するような顔。

(このままじゃ――唇が……)

「小此木先生、待っ――」

「う”っ……」

小此木先生が手で口を覆い、せき込む。顔色が、急に青くなっていく。

これは、まずい。

間違いなく、吐く。

「……ま、待ってください!」

この体勢で吐かれるのは、非常にまずい。

「うぅっ……」

限界だったらしく――

「小此木先生ぃ!!」

私は、人生最大の声で、小此木先生の名前を叫んだ。

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