Episode1 Invitation to irregular days [後編]

「……」


 ヨーコは重い瞼をゆっくりと開けた。

 部屋の電気はつけっぱなしにしながら、彼女は考え事をしながら眠ってしまっていた。部屋の中にはエアコンの起動音だけがうっすらと聞こえる。

 体を起こして電子時計の方に目をやると、時計は午前四時を示していた。このまま二度寝でもしたら次に起きるのは昼近くになってしまう。

 寝るべきか、寝ないべきか、二つの選択がヨーコの頭の中で衝突しあう。


「はぁ……やっちゃったなぁ……」


 彼女は再び仰向けに倒れて天井を見つめ、ため息をついて横たわった。横たわりながら、彼女はこれまでの自分を思い返す。


 小さい頃から趣味で写真を撮る父に憧れて写真を撮り始め、気付けば写真を撮る目的もないまま風景カメラマンを志して二十歳になってしまった。

 世界の風景などを知りたくて大学で地理学を専攻したのはいいが、結局身に入らず学業は中途半端。

 このままじゃマズイと思い、自分を変えにダズリングシティに来たものの、はたして自分は変わることが出来るのだろうか。


 そう考えているうちに、確証の無さから来る不安が彼女に降り積もっていた。

 それに加え、疲れが引いていないのか、彼女には寝る前の高揚感が嘘のようになかった。

 多くの不安を背負ったままこの街に来たこともあり、ヨーコは気力が湧くにも湧けなかった。


 自分探しの旅だというのに、こんなにモチベーションが低くてどうする。少しでも多く写真を撮れ。

 彼女は自分のことを鼓舞しながら起き上がり、カーテンを開いて窓の外の風景を見つめた。

 外を覗くと、いくつものビルが立ち並ぶ向こう側から空の色が赤くなり始めていた。真っ黒だった空は紺色や水色の空に変わり、徐々に明るさを取り戻しているようだった。

 ヨーコは机に置いてあったカメラを手に取り、窓の前に立って一枚写真を撮った。

 確認するとブレはなく、色のコントラストもばっちり整っていた。


「よし、これでオッケー」


 彼女は机にカメラを置こうと方向転換すると、突然地震のような衝撃が部屋全体を襲った。その強さでつい転びそうになってしまう。

 耳を澄ませると、彼女は窓側から音がしていることに気が付いた。手でカメラを抑えながら窓の下をのぞき込むと、鋼鉄の腕を壁に打ち付けながら上の方に登っている男の姿が見えた。

 よく見ると、アンナに倒されたはずのあの男だった。


「そこかぁ、あの時の女ァ?!」

「えっ……?」


 男の姿を見た途端、ヨーコの思考が止まる。

 彼女はこの光景を現実のものとは思えなかった。

 倒されたはずのこの男が、ホテルの壁を上って自分の元まで来ているのだ。

 この瞬間、映画でもあるまいし、と彼女は事を片付けたかった。

 片付けられたらどれだけ楽だったか。

 ヨーコはそんなことを考えながら、段々と近づく男を眺める。


「あの後、偶然お前がアンナあのガキと歩いているのを見たからな。後をつけて、あいつが完全にいなくなってお前が完全に油断しているタイミングを計って、今攻めてるってわけだ……!」


 男は登るスピードを速め、一気にヨーコのいるフロアまで追いついた。

 彼女は急いで後ろの方に下がり、男と距離を取ってドアの前まで下がった。

 この時、漫画でヴィランの襲撃に合うヒロインの気持ちが、彼女は分かったような気がした。ドアの向こうへ早く逃げようと思っても、腰が下がろうと必死になり、足も小鹿のようにガクガク震えている。


「逃げても無駄だぜ、あのガキにやられた分をお前で晴らす」


 よりにもよって私への八つ当たりか……。つくづくツイていないな。私は。

 そんなことをヨーコが考えていると、男は重たい足取りで向かってくる。

 ズシン、ズシン、足音はどんどん大きくなっていく。

 気づけば男は彼女の目の前に立ち、頭を鷲掴みにしてゆっくりと持ち上げる。

 それと同時に手からカメラが落ちた。

 もう彼女には、カメラを握るほどの力が残っていなかった。


「えっ……あ」


 悲鳴を出したいと思ったが、そんな気力もなかった。

 ただ圧倒されること。それが彼女に唯一出来ることだった。

 男はもう一方の腕を上げながら、ゆっくりと後ろの方へ下げ始める。今にもヨーコの顔面を粉砕せんと、男の拳に力が籠っている。


「潰れろぉ!」


 男の拳が素早い速さで向かってくる。

 ああ、今度こそ終わった。


 ヨーコが心の中で最後のメッセージを唱えながら、向かってくる拳を待ち迎えた……その刹那だった。

 何かが素早く男の左下に入り込み、彼女を殴ろうとしている腕を下から殴り、上部にずらしたのだ。


「ヨーコッ、助けに来たぜ!」

「何だッ?」


 ホテルの一室に活発な女子の声が響く。 アンナが到着したのだ。

 バランスを崩した男がヨーコの前に倒れそうになり、ヨーコを掴んでいる手の力がだんだんと弱まっていく。

 その隙を逃さず、アンナは男の脛のあたりを思い切り殴った。


「ぐああああっ!」


 男はよろめきながら大の字になってその場で倒れこんだ。倒れるときに鋼鉄の腕が机の一部分を、瓦を割るかのように粉砕し、机が傾いて倒れてしまった。幸いにも貴重品を置いてなかったのがせめてもの救いだった。


「アンナちゃん!」


 ヨーコは少し安堵の表情を浮かべながら彼女のことを見つめる。

 アンナが振り返ると、切羽詰まった表情でヨーコのことを見つめ返した。


「ヨーコ早く逃げろ、殺されるぞ!」

「荷物が置いたままに……!」

「あとで取ってやるから、今はとにかく逃げろ!」


 ヨーコは彼女に頷いて落ちたカメラをすぐにとってホテルの室内を出た。

 ホテル内ではアラートが鳴り響き、人々は騒然とパニックに陥っている。そんな人々の中をすり抜けてエレベーターの前に行きボタンを押そうとするも、先程の衝撃により緊急機能停止を発動しており使い物にならない。

 仕方なくヨーコは非常用階段を使い、一階まで下りてホテルを出た。


 彼女が自分の部屋の窓のある方に回ってホテルを見上げると、男が開けたであろう穴が壁にところどころ残っていた。

 そういえばアンナはどうなったのだろうか。

 やられていないと良いという一心で、彼女は自分がいた部屋を見上げた。

 すると、アンナと男が取っ組み合ったまま外から出てきて一気に落ちていった。


「こいつ、さっきより強くなってるのか……?」

「お前に殴られたおかげで正気に戻って、力をコントロールできたってことよ」


 お互いに力が拮抗して離れ離れになり、二人は地面を殴って衝撃を押え、ケガすることなく着地に成功した。

 そして、二人は再度殴り合いを始めた。

 男の鋼鉄の拳が繰り広げるのにもかかわらず、アンナは互角に受け止めている。

 それどころか押せているようにヨーコの目に映った。

 彼女が殴るたびに彼女の拳はだんだんと重さを増している。

 彼も負けじと、別の角度から殴ってみたりして彼女の気をそらそうとしている。

 しかし、彼女はそれすら分かりきっているかのように攻撃を返し、一歩、また一歩と歩み寄っている。


「流石の鋼の拳でも、あたしの拳は止められないんじゃないか?」

「くっ、クソが……」


 男がだんだんと後ろの方に押され、あと少しで壁につきそうなところまで来ている。

 いける……これなら、いける! 

 ヨーコがアンナの勝ちを確信する。


「シメに行くか、ラスト一発!」


 彼女が拳を振りかざそうと一歩踏み出しとどめを刺そうとした瞬間、男はヨーコの方を向いて急に叫びだした。


「あー、お前のダチが誘拐されそうになってるー!」

「何っ?」


 アンナは彼女の方を向いてしまった。

 男はその隙を逃さず、アンナに重たい一発を食らわせた。

 アンナは数メートルほど吹っ飛んだ後に転がり、体全体がボロボロになってしまった。そしてアンナが肩に掛けていたヨーコの携帯用バックがヨーコの方に飛んできた。

 男はだましうちをしたのだ。

 卑怯だ。あまりにも卑怯すぎる。そう思いながらヨーコは歯を強くかみしめる。

 彼はアンナに近づくと、ヨーコと同じように頭を鷲掴みにして彼女に見せつけるように持ち上げた。


「あれ~? 逃げろって言われて逃げないおバカさんはどこかな~?」

「ヨーコ……逃げろって言っただろうが……」

「うるせぇ!」


 男がアンナに平手打ちを後ろから食らわせる。

 彼女の唇が紫色にはれ上がり、口からは少し血が垂れていた。彼女は今にも死にそうな状態にあった。


 私のせいだ。私があの時様子を見に行かなければアンナはとどめを刺して事態は収束していたんだ。それなのになんで私は危険なところにわざわざ足を踏み込んでしまった。アンナを信じてすぐに逃げればよかった。私は、本当に、バカだ。


 ヨーコはただただ自分のことを責め続ける。自責の念が段々と重みを増していく。


「女、ラストチャンスだ。この場を離れろ。そして何も言うな。そうすればこいつは殺さねぇ」


 これ以上アンナを傷つけるわけにはいかない。ここは出て行ってアンナを守ろう。ヨーコは心の中で決心する。


「分かった。約束だよ」

「ああ、約束はちゃんと守るよ」


 ヨーコはカメラと携帯用バッグを持ってその場を立ち去った。

 彼女にとっては、自分の旅が終わっても、彼女の命を守れるのならそれでよかった。

 サイレンの音が響き渡る街を彼女は静かに歩いていく。朝日に照らされ始めるビルの風景が彼女には虚ろに見えた。

 歩き出してしばらくした途端、後ろから人体が潰れるような鈍い音が響いた。


「守るわけねーだろバ~カ!」

「ガハッ!」


 後ろから男の声とアンナの声が聞こえた。


(アンナが、一歩的にやられているのか……? このままではアンナが死んでしまう。私を助けてくれた恩人をここで見殺しにするわけにはいかない。早くいかないと)


 ヨーコは心の中で邪魔をする恐怖心の制止を振り切り、男側のいる裏の方にビルを回ってたどり着いた。

 こっそり覗くと、男は一方的にアンナのことを殴ったり蹴ったりしている。


(卑怯な手を使って勝とうとして、さらには相手を殺す……畜生にも程がある……!)


 つい沸き立つ怒りで彼女は拳を強く握ってしまう。どうにかアンナを助けようと、彼女はバッグの中を漁って何か対処できるものはないか探してみた。

 少しの間散乱したカバンの中を漁ると、彼女はスマホを発見した。

 これでパトカーの音を鳴らせば一瞬でも男の気を去らせることが出来るはず。

 とにかく、何か起こってくれ。

 その一心でヨーコはスマホの音量を最大にして、音源サイトからパトカーの音を鳴らした。サイレンの音がけたたましく響き渡る。


「チッ、もうサツが来やがったか」


 男は一瞬アンナへの攻撃を止めた。一瞬のスキができた。

 ヨーコは男の気がそれたのを見逃さず、アンナに向かって叫んだ。


「アンナちゃん、今のうちに!」

「ああ!」


 彼女は男の脛を足の正面で蹴り倒してバランスを崩させ、一気に彼の体に拳を叩き込んだ。

 だんだんと拳は重くなり、彼の体に確実なダメージを与えていた。


「ここで決めてやる、オラァ!」


 アンナはキメの一発を彼にぶつけると、男は白目をむいて意識を失い始めている。

 ようやく男を捕獲することが出来るんだ、ヨーコの心の中で安堵が生まれる。

 後は本当に警察が来るまで待つだけだと歩き出したその時、黒色の車がアンナの後ろから走ってきた。

 そして、サイドガラスから身を乗り出している黒服が、彼女にリボルバーの銃口を向けていた。


「アンナちゃん、危ない!」


 アンナはハッと気づき、近くの路地裏に隠れた。爆発に近い音を出して放たれた弾丸はギリギリのところで彼女に当たらずに地面に突き刺さる。

 車が男の目の前で止まると、黒服たちは男を回収し始めた。


「ヘンリーの兄貴、大丈夫ですか?!」

「クソ、あのガキどこ行きやがった?」

「構うな、別の奴がやってくれるさ」


 ヘンリーと呼ばれる男を車につめた黒服たちは戻った後に猛スピードで車を走らせる。

 キキーッと甲高いビビり音を鳴らして、道をまっすぐ走り抜けていった。

 ヨーコがビルの角から出てアンナが隠れている路地裏の方に回ると、アンナは顔の傷を押えながら息切れを起こしていた。


「大丈夫?!」

「ああ、なんとかな……」


 なんとかと言う割にはとても傷がひどい。自分がホテルの前で残っていたばかりにこんな傷を負わせてしまった、そのことでヨーコの中に申し訳なさがあふれてしまう。


「さっきは逃げなくて本当にごめん……!」

「いや、いいんだ。ありがとよ。気を引いてくれて。これでやつもあんま動けないだろ……」


 アンナは誇らしげにかすかに笑みを浮かべた。

 何とか彼女の力なれたことに、ヨーコは少しの喜びを覚えた。

 ヨーコは傷周りを綺麗にするために、バッグから消毒用のアルコールウォッシュを取り出した。


「一応消毒やっておくね」

「ちょっと待て、それやったら死ぬって」


 アンナは全力で首を横に振りながら嫌がっている。

 彼女にとっては苦痛かもしれないが、彼女を病気から守るためだ。少し我慢してもらおう。

 ヨーコはそう思いながらウォッシュを彼女の傷口に近づけていく。


「ちょっと我慢してね……」


 ウォッシュの面が彼女の傷周りに触れる。

 その瞬間彼女は喉をつぶすようなうめき声を静かに漏らした。


「あ゛あ゛い゛でえ゛!」

「もう少しだから、もうちょっとの我慢だよ……」

「くううううう!」


 しばらくしてアンナの我慢もあり、なんとか彼女の体を綺麗にすることが出来た。その後ヨーコは絆創膏を取り出し、手あたり次第防げる傷をふさいでいく。


「ありがとな、ヨーコ……」


 こらえた表情を浮かべながら彼女は答えた。

 ケガした体に無理をさせたことに、ヨーコは申し訳なさを感じてしまう。

 なんとかアンナが生きていて安心する一方で、男を逃がしてしまった後悔が彼女に残る。


 本来であればあの車が回収する前に身柄を確保することはできたはずなのに結果的に逃がしてしまった。自分ができたことといえば気をそらした程度で、直接彼女の戦闘に役に立ったわけではない。

 自分は、ほどんどを彼女の世話になることしかできないというのか。


 再び自責の念がヨーコの元に降り注ぐ。


 だとしても、私はアンナちゃんの役に立ちたかった……!

 私にもアンナちゃんと同じ力、アドバンスがあれば……! 


 ヨーコが心でそう願ったその時だった。  


「おいヨーコ、カメラが……」


 ヨーコはアンナの声で気づきカメラの方を見ると、カメラが鼈甲色べっこういろのオーラをまとっていた。


「え、何が起こっているの……?」

「もしかしてお前、アドバンスに目覚めたんじゃないか……?」


 事態についていけず、ヨーコは困惑してしまうばかりだった。


 自分はアドバンス能力者になったのか? 

 もしかしてアンナの力になりたいと願って、その気持ちがトリガーとなって覚醒したというのか? 


 湧き出る疑問を片隅に置き、ヨーコは試しにカメラのシャッターボタンを押してみた。

 カシャッという音と共にモニターに現れたのは大きな貨物倉庫の隣に、先程黒服たちが乗っていた車がぽつんと置かれている写真だった。


 ミラーの先が映しているのはただのコンクリの地面だというのに、なぜ倉庫の写真が現れたのだろう。


 ヨーコの謎は深まるばかりだった。


「ここ……見覚えがあるな」

「ここの場所分かるの?」

「ああ。確かこれはこの街の港の倉庫だ。もしかしたらあいつらはここにいるのかもしれない。攻めるなら今だ」


 アンナはゆっくりと立ち上がり、ボロボロな足を一歩ずつ進めていく。彼女が無理をしているのは明らかだ。もはや戦いどころではない。

 ヨーコは彼女がよろけそうなところを手を握りながら一緒に歩き始める。


「そういえば前にグリミーがどうとか言ってたけど、それって何?」

「ああ……言い忘れてたな。グリミー、この街を裏で支配するギャング組織だ。主に銃やヤクのビジネスで稼いでいる」


 彼女は息を切らしながら説明を続けている。

 彼女の瞳は閉じているのか閉じていないのかわからない状態だった。


「そしてグリミーの幹部は全員能力持ちだ。あたしが前に倒したことのある能力持ちは無所属の野郎だったけどな」


 バトル漫画のような組織がこの世に存在していることを知り、ヨーコは自分の知らない非日常に足を突っ込んでいることを自覚した。


 人間離れした人たちと、アンナはいつも戦っていたのか。


 彼女はアンナの凄さの前で圧倒されるしかなかった。


「多分さっきの野郎は幹部候補だろうな。能力に不慣れだったあの感じはまさにそうだ」


 アンナはボロボロながらも冷静に推測をしていた。

 自分だったら頭が動かずに歩くことしか出来ないかもしれないと考えると、ヨーコはアンナのタフさに再び圧倒された。


 しばらく歩き続け、二人は中心街を離れて港の方までやってきた。

 港の方には大型の船が何隻も並んでおり、でかでかと佇んでいた。

 とても明るい中心街とは違い、港の方は電灯がぽつぽつと立ち並んでほのかな明かりを照らしているだけだ。


「ヨーコ、さっきの写真をもう一度見せてくれ」


 アンナに言われ、ヨーコはカメラの電源を起動して写真を確かめると、写真の倉庫の番号は六番を示していた。

 ヨーコは確証がないまま彼女と共に9番、8番、と倉庫を歩き進める。

 ほのかな希望とやられてしまう不安の両方が二人の脳内をかき乱してくる。それでも、進む以外に選択肢はなかった。

 二人は七番倉庫まで辿たどり着き、ついに六番倉庫の近くまで来た。


「何かあった時のために、ヨーコは少し下がっててくれ」


 アンナはそう言うとゆっくりと顔を出して七番倉庫と六番倉庫の間のスペースを確かめる。すると彼女の頭が一瞬ビクンと動いた。


「おい、さっきの車があったぞ」


 この瞬間、二人のほのかな希望が打ち勝った。


「となるとお前の能力は念写ってところか……、ナイスだ。ヨーコ」


 アンナと同じ力、アドバンスを使って、私は、役に立てたのか? 


 ヨーコは彼女の役に立てた達成感で胸がいっぱいになる。

 声を上げて喜びたかったが、歓喜の声を上げるのを堪えてアンナの後ろについていきながら扉の前に立つ。

 彼女は右手で左手を殴りながらウォーミングアップをしていた。ふーっと息を整えて精神統一をしているようだ。

 少ししてアンナが腕を下げて静かになると、ヨーコにボソッとつぶやいた。


「ヨーコ、耳塞いでろ」


 アンナに言われるがまま彼女は耳をふさいだ。

 途端、彼女は勢いよく扉を殴り、轟音と共にそれを数メートル先まで吹っ飛ばした。

 殴った後に砂埃が発生したが、徐々に倉庫の内部が見えてきた。

 倉庫の奥にはソファーの上で足を広げながら座っているヘンリーと、それを心配そうに見ている部下、ヨーコとアンナを睨みつけながら銃を構える部下が姿を現す。

 全員が目を丸くして二人を見つめていた。


「お前ら、さっきのガキどもじゃねぇか?!」

「てめぇら、なんでここが分かった?!」


 部下らはそう聞くと、アンナはニッと口角を上げて、ヨーコをグッドの手の状態で親指で指して話始める。


「こいつの能力でここを特定した。お前らがどこへ逃げようと、もう逃げられないぜ」


 そう言い終わると彼女は腰を低くして戦闘態勢に入る。部下たちも彼女に照準を合わせ、戦闘態勢に入った。


「下がってろ」 


 彼女に言われドアから少し横にずれ、鉄の壁を見つめた。

 ヨーコが横にずれるのを確認したアンナは一気に走り出し、部下たちの球を目に負えない速さでかわして一気に距離を詰める。

 途端、銃を持った彼らの顔面に、彼女は自身の拳を打ち付けた。鼻が骨折した音が響き渡る。そして彼らは鼻から血を垂れ流してその場で倒れた。

 ヘンリーの近くにいたもう一人の部下は、素っ頓狂な声を出して倉庫の外から出て行ってしまった。


「よし、まずは厄介な雑魚は倒した……!」


 アンナはそう言うと、ヘンリーの近くに寄って素早くラッシュを繰り出す。

 その瞬間、彼は一瞬で腕を鋼鉄化し、アンナの拳を片手で受け止めようとした。 

 しかし、既に何十発か殴り続けている彼女の猛攻を止めるほどの耐久力は彼には、残っていなかった。

 彼の体がどんどん地面の方へ押しつぶされそうになっている。


「クソォォォォォォォォ……!」

「くらぇえええええええ!」


 彼女は右腕を思いっきり振り上げ、彼の左頬に渾身のフックをぶつけた。ヘンリーの激しい断末魔が倉庫内に響き渡る。


「ぐぁぁぁあああああああ!」


 鋼鉄の上半身がコンクリートの上に衝突し、わずかな地響きが遠くにいるヨーコのもとまで伝わる。彼は白目をむいて倒れ、びくとも動かなくなった。


「っしゃあ! 勝ったぞ、ヨーコ!」


 彼女は満面の笑みを浮かべこちらを見ている。

 アンナの喜びがヨーコに自分事のように伝わってくる。

 彼女の勝利を共に喜び合いたい。彼女のもとへ行こう。

 そう思ってヨーコが足を一歩踏みしめると、冷たい円状の何かが彼女の後頭部を強く押した。


「え……?」


 彼女が気付いたころには首元を腕で抑えられ、円状の何かはこめかみに回り、ヨーコの背中は誰かの正面と密着していた。

 彼女が顔を上げると、そこにいたのは先程我先にと逃げ出した黒服の男だった。

 必死にヨーコのことを押さえつけているが、首を絞めている腕も銃を持つ手もガタガタと震えている。


「よくもアニキをやりやがって! こいつの命が惜しかったらぁ……ぉお前は死ね!」


 素っ頓狂な声を出しながら男はアンナに脅しをかけている。

 喜びから一変、緊張が一瞬にして彼女らの間に広がる。

 しばらくの間、アンナも黒服もお互いに見つめてばかりいる状態が続いた。

 そしてヨーコも、アンナの方を見つめることしかできない。


「どうした、早く降参しろ、なぁ?!」

「あたしに死んでほしいんだろ? さっさと撃てよ。それとも怖いか?」


 彼女がそう言うと、黒服はわああと叫びながら興奮に任せて弾丸を放つ。

 不安定な弾丸を、彼女はたやすくかわして一気に彼との距離を詰める。

 一気に詰められたことに慌てた彼は、銃口をすっとヨーコのこめかみにつけ、引き金を引こうとした。

 しかしそのころには、彼女の拳は彼の顔の目の前に来ていた。


「終わりだ」


 アンナは銃を持っている黒服の腕をどかし、彼の顔面に気合いの一発を食らわせた。

 彼の顔面に拳が重くのしかかり、彼は断末魔を倉庫内に反響させながら後ろ向けに倒れた。

 ヨーコの首元が徐々に楽になっていく。

 アンナは手を払い終えると、彼女の方に近づいて手を肩にポンといた。


「ケガはないか? ヨーコ」

「うん。ありがとう、アンナ」


 今度こそ終わったんだ。

 彼女はほっとすると、溜息がゆっくりとこぼれた。

 すると、アンナはヨーコの前に立つと胸元の方へ体を寄せてハグをした。

 横を向いているアンナの顔は目をつぶりながら笑顔を浮かべていた。

 彼女もまた、ヨーコと同じく安堵の表情を浮かべているようだ。

 倉庫内が倒れた人であふれている中、二人は落ち着きを取り戻し、ほっこりとしていた。


「なぁヨーコ、お前のスマホで写真撮ろうぜ。勝利の記念だ。」

「あ、うん。いいよ」


 ヨーコは自身の荷物からスマホを取り出すと、カメラを内カメラにして自身とアンナを映した。

 アンナはにっこりと笑顔を浮かべながら画面を見つめる。


「それじゃあ、撮るね」


 ヨーコはそう言うと、微調整を済ませた後にシャッターボタンを押す。

 波の音と合わせてシャッター音が港に響く。


「どうだ、撮れたか?」


 アンナはそう言いながらヨーコのスマホの画面を見つめる。

 そこには満面の笑みの彼女と穏やかに笑みを浮かべるヨーコの二人が鮮明に映っていた。

 写真の出来の高さに、アンナの口角が急激に上がる。


「やっぱうめぇな、ヨーコ! 最高だよ!」


 アンナにそう言われ、ヨーコは照れくさそうに笑みを浮かべる。

 彼女は改めて自身とアンナの映った写真を見つめる。

 どこか心地よく感じられ、彼女は自身の心が温かくなっていくような気がした。


 そのあと倉庫を出てヨーコ達が警察を呼ぶと、数分後にやってきてヘンリーたちを連れて行った。

 彼らは抵抗するほどの体力は残っておらず、おとなしく連行されていく。

 警察官たちが対処している中、ヨーコらは帰ろうとすると一人の警察官に声を掛けられて事情聴取を受けることになった。

 嫌な顔を浮かべるアンナの代わりに、ヨーコが必要最低限のことだけ答えてその場をしのいだ。


「ずいぶん嫌そうだったね、アンナちゃん」

「そりゃそうだ、ワンチャンあたしも捕まるかもしれないんだ」


 事情聴取を終えた二人はゆっくりとその場を離れて街の方へ帰っていった。

 薄暗い港から街へ帰っていくごとに日が昇り、街のビルのガラスを照らして夜のような輝かしい光を放っている。

 まるで勝利した二人を迎え入れているようだった。


「ヨーコありがとな、お前の念写の能力で決着をつけることが出来たよ」

「ううん、アンナちゃんのおかげだよ。助けてくれて、本当にありがとう」


 そう言うとアンナは眩しいほどの笑顔を浮かべていた。

 そしてヨーコも口角を上げて笑みを浮かべた。

 お互いに笑みを浮かべあいながら街の方へと進んでいく。


 昨日という非日常の招待状は自分とアンナを結ばせた。その招待状は、自分を未知なる世界へ連れていったのだ。

 そんなことを思うと、ヨーコは自分の映す景色が広がって、これからの旅が明るくなっていくような気がした。

 そして、写真の意義、自身が追い求めるライトを見つけられるかもしれないと思うと、彼女はこれからの旅に思いをせていた。


「なぁ、ヨーコ」


 唐突に話しかけられたヨーコはぎょっと驚きつつも、素早くアンナの方を向いた。


「ん?! 何?」

「そういえばお前が泊ってたホテルぶっ壊れたけど、アテはどうするんだ?」

「あ……」


 旅にはアクシデントがツキモノだとヨーコは心の中で感じるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る