Light Finders

Mr.Silkhat

Episode1 Invitation to irregular days [前編]

 写真というのは、大抵それぞれに撮影者の思いが込められている。


 そして人は、思いのある写真に対してより強く心を突き動かされる。


 写真のコンクールで上位に輝いているものを見れば、思いで満ち溢れているようなものばかりだ。


 東京やニューヨークのような光り輝く都市景観を撮ったところで、コンクールのような舞台で良いと首を傾けるものは数少ない。理由は簡単。ストーリー性に欠けるからだ。


 思いというのはそこまで大事なものなのだろうか、一人の女学生はふと疑問に思った。


 彼女は風景写真だけで全国のコンクールでも賞を勝ち取る程に優秀だった。


 しかし、審査員の人たちは口をそろえてこう言った。


「技術はあるんだけど、こう、何か、テーマとか思いみたいなのが足りないんだよなぁ……」


 この欠落が審査員の頭を悩ませ、彼女をトップの座から排してしまった。


 写真においてテーマや思いがそんなに重要なことなのか、彼女はその疑問の答えを今もなお見つけられずにいた。




「まもなく、ダズリングシティ、ダズリングシティ」


 到着のチャイムの後に流れる高速鉄道のアナウンスで彼女は重いまぶたをゆっくりと開ける。外を一瞥いちべつすると、黄金に輝くビルやマンションが連立して立っている。


 ……ここがダズリングシティか。そう思いながら彼女はを街の方を見つめた。


 まるで太陽を直視しているかのような輝きが彼女の目に突き刺さる。あまりの眩しさに彼女は窓目をそらしたいとさえ思った。


 彼女は荷物棚の方に視点を変え、そこに置いてある自身の荷物を取り出し、椅子に付着しているテーブルの上に置いてあるものを片付けてドアの前に立った。


 駅に着くと、ピィーッ! と甲高い警笛けいてきの音とともに列車のドアが開く。それと同時に、静寂になれた耳をつんざくような喧騒けんそうが彼女の耳に押し寄せてきた。


 さすがは大都会。駅の密度も規模も違う。彼女はそう圧倒されながらも群衆をすり抜けて駅の構内に入り、なんとか駅の出口まで出ることができた。


 駅を出ると突然吹いてきた強い風に彼女のボブの髪の毛と着ていたロングコートが揺れた。強風ではあるが、彼女に寒さを覚えさせるほどのものではなかった。むしろ、冬が近い時期にもかかわらず、自分の着ているセーターとジーパンが彼女には蒸し暑く感じられた。


 高層の建物は彼女のことを見下ろすように高くそびえ立ち、夜と思わせないような明るさを放っていた。インパクトのある風景に誘われるようにカメラをビルの方に向け、彼女は到着記念に一枚写真を撮った。


 正面には大きな噴水が力強い音を立てながら水を流し続けていた。そしてその前を車の列が絶え間なく走り続けている。人も同様に、流れるように歩道を歩き続けている。

 時刻は午後8時。同じ時間でも、駅周辺でさえ人はぽつりとしかいなかった彼女の地元と比べ、人で溢れかえるこの街の活気に彼女は気後れしそうだった。そんな彼女の前を、二人の会社員が通り過ぎていく。一方の表情は喜びで満ち溢れているが、もう一方の方は悲しみで溢れていた。


「いや~給料ガッポリ、今週も奮発して遊ぶぞ~。お前は?」

「今月も給料がカスだ。こんなんでどうやって生きろって言うんだ」

「大丈夫だって何とかなるって」

「はは、同期なのに課長のお前はいいよな。俺みたいな平社員は雀の涙以下の給料しか手に入らないからさ……」


 落差の激しい会話が彼女の耳へと流れ込んでくる。この街の闇の側面を知ったような感じがして彼女は気が滅入りそうだった。

 眩しく、目まぐるしく動く人々に、輝く街に潜む闇は都会慣れしていない彼女を錯乱させるのには十分だった。そのせいか、彼女はめまいが起きそうな感覚を覚えた。


 ……いや、何をしているんだ、ここで歩き始めなければ何も起きないじゃないか。 

 彼女はそう思いながら立ちくらみがしそうになるのをこらえ、はじめの一歩を踏み出そうとしたその時だった。

 左の方から女性の鋭い悲鳴が数百メートル先もある彼女のもとに届いた。それと同時に、流れるように歩く群衆の足が止まった。


「何だ、何が起こった?!」

「おい、あっち!」


 そう叫ぶ青年の方を彼女は振り向いた。

 彼女が振り向くと、コートを着た女性が青ざめた顔をしながら全力でこちらに走っていた。

 その向こうで、平均的な男性の体格にも関わらず、光沢の輝く鋼鉄の片腕で軽々と車を持ち上げて思い切り道路に叩きつける男の姿があった。

 車の衝撃音が何百メートルも離れた所からはっきりと彼女の耳に届いた。彼の周りには火があちらこちらに燃え盛っている。


 こんなこと、同じ人間がなせることとは思えない。

 彼女はこのことがリアルで起きているとは思えず、ただ立ちすくむことしかできない。


「映画の撮影かなんかか?」

「そんなわけあるか、カメラも監督も誰一人いないだろ!」


 ぽかんとした表情を浮かべる人に先程の青年が怒鳴る。

 彼のおかげでこのことが実際に起きている出来事だと彼女はようやく理解した。そう思った瞬間、全身から血の気が引いて一気に寒気が押し寄せた。

 群衆は一気に悲鳴を上げながら一目散にその場を離れた。


「お前らぁ潰すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 男はそう叫ぶと視点をこちらの方に向けて一気に走り出す。

 鋼鉄の腕を持っているのにも関わらず、陸上選手のようなスピードで、彼女らとの距離をぐんと縮める。見かけに限らず、彼の走る速度は異常に早い。

 そして、ほんの数秒で、彼の顔がはっきりと見えるようなところまで迫っていた。


「お前何してんだ、さっさと逃げろ!」


 彼女は青年にそう叫ばれ動こうとしたが、彼女の意志とは反対に、彼女の手は持っていた荷物を離し、か細い脚は力を抜いて彼女をぺたんと座らせるのだった。


「追いつかれるぞっ」


 彼女は恐怖に震えた脚に動け、動け! と何度も心の中で叱咤しったした。

 それでも、彼女の足が再び立つことはなかった。

 彼女は地面にへたりこんで、襲い来る鋼鉄の拳をただ見つめることしかできないのだった。


「あ……、あ……」

「潰れろぉぉぉぉぉぉぉ!」


 彼女に追いついた男が思い切り腕を振り上げ、彼女の頭の上に勢いよく落とした。

 振り落とす彼の腕が、彼女にはゆっくりと見え始めた。


 まだ大学生だったのに、20になったばかりだったのに。

 彼女は悔もうと思ったが、悔み切れないほどに時間は残されていなかった。

 彼の拳が今、彼女の目の前まで来ていた。

 死の間際、彼女はそっと目を閉じて、彼の拳を受け入れようとした。

 妙な清々しさが彼女を一瞬で満たした。

 もうどうなってもいいや。

 それが拳を目の前にして彼女が思ったことだった。


 その時だった。突如男の攻撃が止まった。

 何が起こったのかと目を開けると、そこには首元までポニーテールをたらし、上半身の下半分が出ているシャツを着た、短パン姿の少女が、彼の腕を上に向かって正拳突きを繰り出していたのだった。

 彼女の突きで男の渾身の一撃は明後日の方向へ飛んでいく。男の表情は唖然として開いた口を閉じれずにいた。

 その隙を少女は逃さず、彼の前でかがみながら、みぞおちあたりに再度突きを繰り出した。


「ガアッッ!」


 男は断末魔とともに吹っ飛びながら転がり倒れる。

 その様子を、彼女はへたりこみながら目で追うことしか出来なかった。

 その一方で、体勢を整えた少女が彼のことを鋭い目つきで見つめる。


「てめぇグリミーの野郎だな? 今ここでつぶしてやる!」


 彼女はそう叫びながら男のもとまで駆け出し、男に突きを一回、二回、三回と何度も繰り出す。

 彼に攻撃する暇も与えず、ひたすらに攻撃を続ける。

 そんな中、彼女は少女の攻撃がだんだんと威力を増しているかのように見えていた。少女の殴る音がだんだんと大きくなっている。


「これで終わりだ、くらえッ!」


 その瞬間、彼女の拳がオレンジ色の閃光を放ちながら男のみぞおちに突き刺さった。


「ガアァァァァァァァァァァァ!」


 男は先程以上に勢いよく跳ね飛ばされ、ビルの壁に打ち付けられた。

 気を失ったのか、銀色に輝いていた腕はみるみる普通の肌色の皮膚ひふへと戻っていく。

 少女は一呼吸置くと、ヨーコの方へ向かって歩き出し、彼女の目の前で止まった。


「ねーちゃん、ケガはない?」


 そう言うと少女は彼女に手を伸ばした。

 怒涛の事の流れに頭が理解しきれていないヨーコは、少女の手を伸ばそうとしても何一つ動けずにいた。

 少女の手を握り返す、そんなシンプルなアクションも、今の彼女には出来ずにいた。


「とりあえず立てるか? 脇、入るぞ」


 少女はヨーコの荷物を持つと、彼女の腕を自身の体で持ち上げ、その下の中に入った。

 少女は彼女に3,2,1とカウントをして、ゆっくりと立ち上がらせる。

 彼女は恐怖で小鹿の様に足を小刻みに震えさせていた。

 足がぴんとなるまで少女が持ち上がらせるも、おぼつかない脚に彼女は不安を覚えた。少女が離したらすぐに倒れてしまいそうだ。

 そんな中、少女は明るく彼女に微笑みかけていた。


「自分で立てそうか?」

「いや、ちょっとまだかも」

「りょーかい。このまま歩くけどいいか?」


 少女にそう聞かれ、彼女はうん、と微かに頷いた。

 彼女の頷きを見た少女は彼女の足を見ながらゆっくりと歩き出す。


「そういえば、名前聞いてもいい?」


 少女のあまりに突然な質問に、彼女はえ、と口をぽかんと開けた。

 そして、なんとか彼女は喋ろうとするも、思わずしどろもどろになってしまった。同じ文字が何度も続いてしまう。


「わ、わ、私はき、輝瀬きせヨーコ。あ、あなたは?」

「あたしはアンナ・バロン、ここら辺を自警してんだ。よろしくな!」


 アンナと名乗る少女はニッと笑いながらヨーコの手を掴んで腕をぶんぶんと勢いよく振った。彼女はあまりの勢いに倒れてしまいそうな気がした。

 握手を終え、ヨーコもアンナによろしくね、と返した。

 そんな中、青年をはじめとした先程まで逃げていた群衆が勢い良く戻り、一瞬のうちに二人の周りを囲った。

 群衆の目は一等星のように眩しく輝いているようだった。


「嬢ちゃんすげーー!」

「あんな奴を一発で?!」


 ヨーコに声をかけてくれた青年も今はアンナのことで夢中だ。彼女のことを気にしてくれる様子は一切ない。ヨーコは少し物寂しさを覚えた。

 有名人に群がるマスコミのように近づく人たちを少し迷惑そうによけながら、アンナはヨーコの荷物を置くと、じゃあなー、と言いながら走って行ってしまった。

 彼女を見送る人たちの顔は落胆の顔に満ちていた。そしてとぼとぼとそれぞれの方向に歩き出した。さっきの青年もヨーコのことを気にせずに帰って行ってしまった。


 ……見ず知らずの私を気にかけてくれた心優しい青年の姿はどこに行ったんだ?   ヨーコはそんなことを思いながら青年の方を見つめた。


(いや、寂しさを感じている場合ではない。ホテルのチェックインの時間はとうに過ぎているんだ。急がないと)


 彼女は急いで淋しげに落ちている自分の荷物を持ってホテルへ駆け足で向かう。

 街は建物で溢れかえり、あまりの多さに彼女は混乱してしまいそうだった。

 ヨーコはスマホのナビに従いながら進むが、ナビが示すルートはまるで蛇のようにグネグネしている。

 もう少しスマートな道があるよなと思いながら、彼女は駆け足を続けた。


 しばらくしてようやく彼女の目にホテルが映ってきた。

 目的地に着いた安堵で、駅からここまで来るまでの疲労がヨーコにどっと重くのしかかる。

 ゴールまであと少しだというのに一歩を踏み出すことすら彼女にはしんどく思えた。それでも何とか前へ進もうと重い足を踏み出そうとした時だった。


「ふあ~あ」


 右の横道から女子のあくび声が聞こえる。

 右を向くと、眠そうにあくびの涙を拭くアンナの姿があった。

 あちらもヨーコがいることが分かったのか、彼女は眠たげな顔色を変えてヨーコに近づいてくる。


「あれっ、さっきのねーちゃんじゃん。名前は確か、えっと……」

「ヨーコ」

「あー思い出した! ヨーコだ、ヨーコ」


 アンナはにひひ、と歯をむき出しながら笑っている。彼女の笑顔につられて少し口角が上がった。


「ヨーコってさ、別のとこから来たのか?」

「あぁ、うん。旅行でね。」

「この街のことあんま知らねぇだろ、あたしが案内してあげるよ」


 突然の提案に、再度ヨーコは困惑した。

 訳の分からないこと続きで、彼女の頭はパンクともいえるような状態だった。

 しかし、彼女に良くしてもらい続けることへの申し訳なさだけは確かにあり、その感情を頼りにヨーコは話を続ける。


「いや、そんな申し訳ないよ。地図もあるから、自分で調べられるし」

「任せとけって、あたし土地カンはあるからさ」


 アンナはヨーコの顔に近づきながら話し続ける。

 彼女の顔の圧にヨーコは耐えきれず、ついうん、と答えてしまった。

 了解を確認したアンナが顔を離し、にっこりと笑顔を浮かべて手をグッドの形にした。


「おう! じゃ、ゆっくりでいいから荷物置いてきな。あたし待ってるから」


 ヨーコはアンナとホテル前まで一緒に歩き、そこで彼女と別れてチェックインと部屋での荷物整理を済ませた。

 一区切りついたところで背筋をぐっと伸ばして携帯用のバッグに貴重品を詰め込んで部屋を出て彼女の元まで戻る。


「準備できた? そんじゃ、行こっか」


 戦いを終えたばかりだというのに、アンナにはまだ元気が残っている。軽い足取りで彼女が道を歩いていく中、ヨーコは彼女についていくので精いっぱいだった。

 彼女より5年も離れているわけでもなさそうのにこの体力差、彼女は自分の歳の重みを少し実感した。


 時刻は午後9時半、この町は眠るどころかまだまだ明るく輝き、夜更かしを楽しんでいる。

 この街がダズリングシティと呼ばれている理由が、彼女には見て一秒もたたずに分った。夜にもかかわらずデパートも飲食店も盛んに活動し、人々も買い物や食事を楽しんでいる。


「どーだヨーコ、やっぱ地元と雰囲気違うか?」

「全然違う。まるで別世界にいるみたい」

「へへっ、楽しんでいってくれよ」


 アンナはご機嫌な笑顔を浮かべている。

 彼女と笑顔と楽しんでいる人々を見ている中、ヨーコは不思議と自然と疲れていた体が休まり、だんだん元気が湧いてくる感覚を覚えた。

 それに加え、足取りも徐々に軽くなっていくような感じもした。

 そんな調子で彼女は彼女のガイドの下、街の人気なスポットやお気に入りの店などを、写真をちまちま取りながら観光した。


「ここのバーガー屋、めっちゃうまいんだよな~。いつか食いに行こうぜ」

「いいね、その時はよろしくね」


 他愛たわいのない会話を織り交ぜながらも、ヨーコは自分が疲れていることを忘れ、充実した旅行を楽しんでいた。

 ふと歩いていると、突如ヨーコはどこからか自分に視線が向けられているような感覚を覚えた。

 彼女はとっさに後ろの方を振り返るも、自身を見ているような人物は誰も見当たらなかった。

 彼女があっけにとられていると、アンナは彼女の方を振り向いて話し出した。


「おいヨーコ、どうかしたか?」

「いや、なんでもない」


 ヨーコはアンナの方を振り向き、少し困惑の表情を浮かべて歩き出す。

 アンナは彼女の表情を少し不思議がったが、すぐに気にせず歩き出した。

 困惑の表情を浮かべながら視線の正体のことを考えている中、ヨーコはふと、アンナがトドメを刺した際に出た謎の光が気になってしまった。

 このことを聞いても大丈夫か、歩きながら不安が彼女に付きまとう。


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。勇気を出すんだ、私。

 そう心に決めた彼女は一呼吸を置いて思い切ってアンナに聞いてみることにした。


「アンナちゃん」

「ん、なんだ?」

「さっきトドメさしッ!」


 ヨーコがそう言いかけるとアンナは目でとらえきれないほどの速さで頬をぎゅっとクリップのように力強く抑え、彼女の顔をアンナ自身の顔の近くまで近づけた。

 彼女は眉間にしわを寄せていて、互いの間に緊迫した空気が流れる。


「その話題をここで出すな、敵組織が聞いていたらどうする」

「ほ、ほへふ(ご、ごめん)」


 アンナはケッ、と吐き捨てると指を放してくれた。ヨーコの元に頬にふわっとした柔らかい感覚が戻る。それと同時に、場所を考えずにこんな話題をしてしまったことに彼女に対する申し訳なさが沸き上がる。


「気をつけろよ、まだ死にたくなんてないからな」

「ごめんごめん、気を付けるから……」

「ったく、そんじゃ街探索再開と行きますか」


 アンナはそう言うと不機嫌そうな顔からパッと明るい笑顔に変わり、陽気な足取りで歩き始めた。ヨーコもまた、後ろめたさを引きずりながら彼女とともに歩き始める。


 歩いても歩いても、高層の建物が続いているが、彼女は飽きるどころかワクワクだけが沸き上がっていた。

 彼女にとって、同じような風景でも退屈さ覚えないのはこの街が初めてのことだった。ヨーコは満面の笑みを浮かべながら街を歩き続ける。

 アンナとは話題に気を付けながら雑談をして街探索を楽しんだ。雑談が旅のテンションを高めてくれる最高のエッセンスになっていた。

 彼女と話しているうちに、さっきの罪悪感からくる後ろめたさはヨーコの元から徐々に薄くなって消えていった。


 しばらくして街を出ると、ヨーコの目に大きな展望台が映った。数多のビルをも見下ろす位に高い塔が堂々と立っている。


「ついたぜ。そんじゃ、最上階まで登って街を見ていこうか」


 アンナはヨーコを連れて行こうとするが、彼女は雲まで届きそうな展望台の先をぼーっと見上げることしかできず、そのまま固まっていた。

 アンナが手を引っ張ったことでヨーコはようやく我に戻り、受付を済ませて最上階まで行くエレベーターに乗った。

 運がいいことにもアンナとヨーコの二人きりだった。


「防犯カメラも無いようだし、ヨーコがさっき聞こうとしていたことについて話すか」

「いいの?」

「誰も聞いてなさそうだし、いいかなって。気になるよな。なんで拳が光るかって」


 そこまで見透かしていたことにヨーコは驚きを隠せずにいた。アンナは一呼吸置いた後に話を続けた。


「あれはな、何かしらの強い思いによって覚醒する超能力だ。あたしはこれを、アドバンスって呼んでる」

「それは生まれつきのものだったりするの?」


 話に食いつくようにヨーコが質問する。


「あたしはそんな奴には会ったことないな。基本、生まれた後に目覚めるものだと思う」


 ヨーコがうんうんと頷きながらアンナの話を聞く。アンナが話し終わるのを見ると、ヨーコは口を開き始めた。


「ちなみにアンナちゃんの能力って何?」

「あたしのは、物を殴れば殴るほど殴る力が強くなるって能力さ」


 だから殴るたびに力が強くなっていったのか、ヨーコの中に納得感が生まれる。


「ただ、しばらく殴ってなかったり、一回でも攻撃を食らうと素の力に強さが戻ってしまうんだ。だから出来るだけ殴り続けなくちゃなんねぇ」


 アンナは自身の手を見ながら言う。それを聞いたヨーコはへぇー、と呟いた。


「そういえば、アンナちゃんが会ってきたアドバンス使いはどんなのがいたの?」

「そうだな……触れたものがダイヤモンドに変わる、分身、変装……あと、ガムの粘着力を接着剤まで上げるやつもいたな」

「ユニークな能力を持つ人もいるんだね」

「ああ、本当に人によってさまざまだ」


 二人がそう話していると、エレベーターは最上階に着いた。また幸運なことにも、展望台フロアにはヨーコとアンナの二人だけだ。

 フロアの中はシーンと静まり返っていて、二人の歩く音だけが響き渡っている。


「ラッキーだったなヨーコ、あたしたちの二人占めだぜ」


 わぁ、と感嘆の声を漏らした後、ヨーコは早速窓ガラスの向こう側から見えるダズリングシティを見つめた。

 高いところからみるダズリングシティはまるで大きな一つのダイヤモンドのように、夜になっても輝きを失わずに光り続けていた。

 ヨーコはその輝きに目を奪われ、ガラスに張り付くように街を眺めた。


「とても綺麗……これが、ダズリングシティ……」

「大満足のようだな、ヨーコ」


 アンナがそう言うと、ヨーコは笑みを浮かべて首を自信持って縦に振った。


「私、この街に来て本当に良かったな」

「気が早いにもホドがあるが……ま、いっか」


 しばらく街を見回した後、二人でエントランスまで下りてホテルがある方へ歩き始める。時刻は午後十時半。ホテルの閉まる時間が刻々と迫っていた。

 ヨーコはまた歩いて帰ろうかとも思ったが、彼女の脚はもうくたびれる寸前のところまでいた。


「アンナちゃん、タクシーで帰ってもいい?」

「ああ、いいぜ」


 ヨーコは手を挙げてタクシーを呼び、ホテルまで送っていってもらった。

 彼女は走行中のエンジンの振動で眠ってしまいそうになるのを我慢して、何とかホテルの前まで起きていた。


「それじゃ、二人合わせて12ドルね」

「あ、私が払います」

「いいのか?」

「ちょっとお礼をさせて。」

「……ああ、ありがと」


 ヨーコは財布から12ドルを取り出して運転手の人に渡した。そして二人でゆっくりと車内を出て、走り去るタクシーを見送る。

 彼女は楽しかった時間が終わったような、そんな寂しさが心の中にある気がした。


「アンナちゃん、本当に今日はありがとう」

「いや、全然いいって」


 彼女の表情はどこか照れ臭そうだ。それに釣られて、ヨーコの口角が少し上がる。

 たった少しの出会いの関係なのに、あたかも友達であるかのような親近感をヨーコは覚えていた。

 すると、アンナは何かを思い出したかのように手の平をグーでポンと叩いた。


「そうだヨーコ、さっき取った写真見せてくれよ」

「あ、いいよ」


 ヨーコはそう言うと、手荷物からカメラを取り出して街の風景を収めた写真をアンナに見せた。

 彼女はおおー、と感嘆の声を漏らしながら目を輝かせる。写真には街の風景に加え、まるで実物のような輝きが写真の中に収められていた。


「お前写真撮るのうめ―な」

「はは、そうでもないよ」


 ヨーコは照れくさそうに笑顔を浮かべる。それを見たアンナもははっ、と軽く笑い声を出した。

 空気音が響き渡る街に二人の笑い声が微かに響いた。

 アンナは一通り写真を見終えると、ヨーコに背を向けて歩き出す。


「じゃ、あたしはもう帰っから、おやすみ」

「おやすみ、アンナちゃん」


 そう言った後にヨーコは彼女と別れ、ホテルの自室へと戻った。

 手荷物を机の上に置き、コートをフックにかけた後に、体の力を抜きながら重力に身を任せてベッドの上に仰向けに倒れる。

 彼女は真っ白な天井を見ていると、自身の中に安らぎがゆっくりと湧いてくるような気がした。

 ようやく私は休むことができるんだ。そう思うと、彼女はどこか気が楽だった。

 ヨーコはそのまま一人、情報量の多い今日を振り返りながら考え事を始めた。


                 ♢


 彼女の言っていた能力、アドバンス……。

 私がこれまでに見てきた風景というのはたった一部分にすぎなかったのかもしれない。


 こんなに光り輝くような街でも超能力を持っている人がいるフィクションのような話が眠っているのだ。


 私が過ごしてきた日常は自分がいた世界の一部分の中のものだったのかもしれない。


 この世界にはいろんな日常が潜んでいる。


 おそらく私はアンナと出会わなければ、これまでと変わらない一般人として過ごしていたことだろう。


 アンナとの出会いを通して身近に超能力があるという日常と出会えた。


 そう、これまでの私にとっては非日常と考えていたものだ。



私にとって、今日という日は非日常への招待状だったのかもしれない。

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