第3話 明彦との出会い

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 ゴールデンウィーク前の金曜の午後4時やった。金曜は学科が早う終わってしまう。ニ号館を回り込んで、部室やサークル室の固まってる棟屋の二階に行った。ニ号館、2513室で、部屋はまだ真新しい。部室のドア開けた。誰もおらへんかった。


 何もすることないわ。石膏デッサンもする気ないし。うち、メンソールのタバコふかした。去年からタバコ吸うこと始めてしもたんや。20世紀やで。部室でタバコ吸うて何が悪い?間接喫煙なんて言葉存在せえへん時代やったし。タバコ吸う女の子は男にモテへんわけでもない。21世紀とちゃうねん。


 豆挽いてコーヒー淹れた。パーコレーターを電気ヒーターの上に置いた。ええ匂い。できあがったコーヒーをカップに注いでたら。ノックの音して、男の子が部室に入ってきた。


「すみません。入部希望の者なんですけど」って彼言うた。あの、去年の2月、合格発表で手袋落とした男の子やった。彼の顔ジッと見てしもた。彼、怪訝な顔したけど、まさか、手袋拾うただけの女なんて覚えてへんやろ。


 うち、一人部室のベンチシートに座っててん。彼の彼女意識してショートヘアをちょっとだけ茶髪に染めた、なんて彼知らんやろ。われながらボイッシュに磨きかかった思てる。懲りへん内藤くんは、うち見てため息つくねん。うち、キミのもんになんかならへんよ。って、おっと、彼や、彼。


 去年、2月14日のバレンタインデーの日、合格発表やった。うち、2年次の履修科目の提出しに大学行った。彼、うちとすれ違った。その時、彼の手袋落としたのに気ぃついた。「キミ、ちょっと」って声かけた。「手袋落としたで」って彼の手袋拾うて渡した。


「ありがとうございます」って彼言うて手袋受け取った。「どういたしまして。もう落とさんといてな」ってうち。2年次の履修科目の提出で急いでたさかい、すぐその場離れた。


 彼、可愛い子連れてた。受験生で合格発表見に来たんやろな、思うけど、ウチの大学で女の子連れなんて珍しかったさかい覚えてた。その女の子がちょっと茶髪のショートボブ。白のとっくりセーターに黒のミニ、黒のタイツやった。ネイビーブルーのダッフルコート姿。コートが一緒で彼とペアルックやった。


 髪の毛染めてるなんて不良っぽい思た。でも、髪軽く染めるのもええかも?うち、彼女みたいにコケティッシュに見えるかな?今度、やってみよいうことで、それ以来、ちょっと茶髪に染めてみたんや。


 彼女のファッションがうちのファッションみたいやん?なぁ~んて考えた。彼女の顔もうちに似てた。彼の好みがあの子やったら、うちだって彼の好み?なんてね。


 その彼が目の前におるねん。


 うち、立ち上がって「あら、季節外れの入部希望者ね?」って素知らぬ顔で彼の顔見て言う。うちより背15センチくらい高いかな?ブルーのボタンダウン、黄色のセーター、黒のチノパンツにデッキシューズ。


 うちいうたら、黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、うちの自慢の白い脚にフィットしたチノパンツにスニーカー。あら、お似合いやろ?って、忘れたらあかん。彼には彼女おるんやった。


「二年生で出遅れの入部希望者です」って彼言う。「二年生から部活なんて珍しいわね。どうぞ、歓迎するわ」って言うて、うちが座ってたベンチシートの横パンパン叩いた。隣座ってなってこと。


 うち、本棚からノート持ってきて「ここに記入してな」って彼にノートのページ指し示した。氏名、生年月日、住所、電話番号、学生証番号、所属学部学科、美術部でやりたいこと欄などなど。


 彼がノートに記入してるの覗き込んだ。「名前は、宮部明彦くんって言うんだ。物理科の二年生ね。ふ~ん、私は雅子、小森雅子よ。よろしくね。化学科の三年生よ」


「あ!小森さん、先輩なんですね?」やっぱり、私を覚えているはずないわねえ。

「先輩って言っても、宮部くんは五月生まれじゃない?私は同じ年の一月生まれだから、四ヶ月年上なだけよ」

「ちょっとだけお姉さまなんですね」

「でも、年上には変わりないわね。部費は月に千円だけど、持ち合わせある?」と聞いた。

「じゃあ、今年度の残り、十一ヶ月分、まとめて払います」と言う。

「リッチやなあ」と思わず方言が出てしまった。田舎の子だと思われるかしら?あれ?でも、私の方言を聞くと、私の顔をジッと見た。え?方言好きなん?


 うち、彼に自分は京都出身やと説明した。普段は標準語で喋ってるけど、何かの拍子で京都弁出るねん、って。ぼくは横浜出身ですから、方言って新鮮なんです、って彼言う。


 GWも過ぎて、週にニ、三日、宮部くんは部室に顔出すようになった。体育会系の部活やないさかい、部員は三々五々集まっては、とりとめのない話したり、急に部員同士がモデルになって、クロッキーなんかしとる。


 彼は、部員同士の話黙って聞いてる。彼、だんだん慣れてきて、雅子さんってうち呼ぶようになった。ちょっとうれしい。うちも彼を明彦って名前で呼ぶようにした。明彦って呼ぶと内藤くんがうち見る。馴れ馴れしいかな?


 うちの方言出るたびに明彦はうちのほう見る。ゾクッとするわ?時々、明彦と部室で二人っきりになる。そういう時、うち、わざと京都弁で喋るねん。

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