思い出の庭 - ブランコと菜園

塀からの帰り道、私は庭の中央に佇む古びたブランコへと足を向けた。木漏れ日を浴びて静かに揺れるそのブランコは、飼い主の息子――ユウキが幼かった頃によく遊んだもの。今は大人になり家を離れた彼の思い出だけが、この場所に優しく息づいている。


ブランコの下に落ちる自分の影を見つけ、私はその心地よい日陰に身を預けてひと休みした。春の太陽は高く昇り、庭全体を黄金色の光で包み込んでいる。少し疲れた老いた足も、この懐かしい場所では不思議と安らぎを感じることができた。


飼い主がゆっくりとブランコに腰かけ、かすかに軋む音とともに揺れ始める。風に揺られる木々の葉が作る影が、彼女の顔に優しい模様を描いていた。


「ミケ、覚えてる? ユウキが小さかった頃、ここで一緒に遊んだね」


彼女の声は、時の流れを超えて私を過去へと誘う。その瞳には、遠い日々の輝きが宿っていた。


ユウキ――彼がまだ小さかった頃、私は若く好奇心に満ちていて、彼の膝の上でブランコに揺られるのが何よりも楽しみだった。最初はその不安定な揺れに怯えたけれど、次第にその心地よいリズムと、彼の小さな手のぬくもりに包まれる時間が愛おしくなっていった。


ユウキが学校から帰ると、真っ先に「ミケー!」と呼びながら私を探してくれた。彼の笑顔は、いつも太陽のように明るく温かだった。勉強する間は彼の膝や机の上で丸くなって眠り、二人の間には言葉なき信頼で満ちた穏やかな日々が続いていた。


家を出る日、成長したユウキは私を強く抱きしめ、少し震える声で「元気でね。また遊ぼう」と優しく言ってくれた。その言葉は、今も私の心の奥深くに刻まれている。時折帰省する彼は、必ず私を最初に抱き上げて、「元気だった?」と昔と変わらぬ優しさで話しかけてくれた。


最後に会った冬の日、彼の服からは新しい家族の猫の匂いがかすかに漂っていた。それでも、その瞳に映る私への愛情は少しも変わっていないことを感じ取ることができた。


ブランコをゆっくりと揺らしながら、飼い主が柔らかな表情で語りかける。

「ユウキが先週電話してきたのよ。あなたのこと、とても心配していたわ。近いうちに会いに来るって」


その声には懐かしさと微かな切なさ、そして小さな希望が混ざり合っていた。私は「ニャア」と小さく応え、今この穏やかな時間を飼い主と共有できることが、何よりも大切な宝物だと感じていた。


しばらく木陰で休んだ後、私はまた静かに立ち上がる。まだ訪れたい場所が残っている。疲れた体に鞭打つわけではなく、ただ心のままに足を進めたかった。飼い主は私の意思を汲み取り、「もう少し歩こうか」と寄り添うように声をかけてくれた。


家の裏手に回ると、小さな菜園が春の日差しを浴びて輝いている。ここは飼い主が愛情を注いで育てている野菜や花々でいっぱいだ。若い頃の私は、柔らかな土を掘ったり、小さな虫を好奇心いっぱいに追いかけたりして遊んだ場所。今も土の豊かな香りが鼻先をくすぐり、生命の息吹を感じさせてくれる。


飼い主はゆっくりとしゃがみ込み、若い苗に丁寧に水をやりながら「この夏はトマトがたくさん採れるといいな」と優しく呟く。その声には期待と生きる喜びがにじみ出ていた。私はそっとそばに座り、静かにその様子を見守る。彼女の手の動きには、長い年月が育んだ確かな優しさがあった。


菜園の隅には小さな道具置き場と、時を経て少し色あせた木製の椅子がある。その椅子の下は、長年私だけの特別な隠れ家だった場所。周囲を囲む草花の香りに包まれて、ここでは心から安らぎを得ることができる。


椅子の下から菜園全体を眺めると、飼い主が一生懸命土を耕している姿が見える。彼女の手は土と共に人生を紡いできた。時折遠くを見つめるその横顔には、少しの寂しさと深い愛情、そして確かな強さが漂っていた。長い間、彼女は一人で家族を支え、この庭を守ってきたのだ。


私は静かに椅子の下から出て、飼い主の足元へとゆっくり歩み寄った。そして「ニャア」と小さく鳴きながら、体をそっとすり寄せる。その小さな仕草だけで、私たちは長い時を超えた心を通わせることができる。飼い主は少し驚いたように目を瞬かせ、やがて満面の笑顔を見せた。


「ありがとう、ミケ」


その言葉は風のように優しく、彼女は土まみれの手を拭うと、そっと私を抱き上げてくれた。私の体は軽くなり、彼女の腕の中で安心感に包まれる。


彼女の胸に感じる規則正しい鼓動と温もり。すべてが私に深い安らぎをもたらしてくれる。そして、そのままゆっくりと家路に着く私たちの影は、夕暮れ時の庭に長く伸びていた。こうして過ごす穏やかなひとときは、時の流れさえも優しく包み込み、私の人生で最も輝く宝物になっていた。


振り返れば、私の小さな世界は、この庭と、そこで共に過ごした愛する人々の思い出で満ちている。若かった日々も、今の静かな時も、すべてがかけがえのない私の物語。そしてその物語は、この春の日差しのように、これからもずっと心の中で輝き続けるだろう。

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