第3話 山で食べるご飯が美味しくない!
「というか、アンタどうやってこの石切り場まで来たんだ?」
「どうやってって、転移魔法に決まっているじゃない」
口にして、あっやべ、と思った。
魔法のこと言っちゃったけど、大丈夫だよね?
「転移魔法? そんな大魔法が使えるようには見えないんだが?」
大丈夫っぽい。
良かったー。
「私じゃないですー、お祖母ちゃんが使えるんですー」
「じゃあそのお祖母ちゃんってのにお願いして、元の場所に戻して貰えばいいじゃないか。魔法が使えるのなら、そういうのも出来るんじゃないのか?」
「出来る訳ないでしょ。大体どうやってお祖母ちゃんと会話すればいいのよ」
「出来ないのか? 魔法とか、俺にはよく分からなくてな」
出来るはずがない、魔法はいろいろな制約のもと、自然界の力を借りて具現化しているに過ぎないのだから。私の石魔法だって、石があって初めて成立する。何もない空間から石を出せたりはしない。お母さんの風魔法だってそう、自然界の風があって初めて成立するんだ。
説明はしない、だって、お父さんも同じことを言っていたから。
魔法はよく分からない。出来ない人に説明するなんて、無駄もいいところ。
「……寒っ」
風が吹き、寒さを思い出させる。
つんざくような冷たい風、私の体温を奪うには充分だ。
「そんな薄着なんだ、寒いに決まってるだろうが」
なんか言われたけど、反論する気も起きない。
山の中腹にいるような服装じゃないのは、自分でも分かってるよ。
いろいろと言われているけど、私だっていっぱいいっぱいなんだ。
なんでみんな優しくないかな。旅なんて行きたくなかったし、家に引きこもりたかったのに。
やだもう、なんか、泣ける。
しゃがみ込んで、膝を抱えてうずくまる。
このまま殻に閉じこもってしまいたい。
寒いし、お腹空いたし、眠いし。
いろいろな感情に押しつぶされながら涙を流していたら、頭から何かを掛けられた。
「すまない、泣かせるつもりは……なかったんだ」
なんだ、コイツの上着か。
何よ今更、優しく振舞うとか。
あ、でも、モコモコして温かい。
「小屋の中に温めたスープがあるんだ。飲んでから、いろいろと考えるといい」
モコモコの隙間から、見上げるように男を見る。
素朴な感じ、日焼けして色黒になった顔、腕についた筋肉。
故郷の森にはオジサンしかいないから、若い男を見るのは久しぶりかも。
〝必ず迎えに行く、それまで待っていて欲しい〟
……あの人にも、待つよう言われていたのにな。
もう、何年も昔のことだから、忘れているのかもしれないけど。
しばらく見ていると、見上げる私の視線に男も気づいたのか、照れ臭そうに鼻の下をこすりながら、頭の後ろをぽりぽりと掻いた。照れると頭を掻くのが癖なのかな? 仕草って素直だ。素直な気持ちだからこそ、下心なく私を思って、食事に誘っているのが分かる。
でも、ご飯に誘われたからって、すぐに心を開くのも、ちょっとね。
しゃがんだままどうするか悩むフリをして、私の方から視線を外した。
「最初っから、そういう風にしてくれれば良かったのに」
「しょうがないだろ、不審者だと思ったんだからな。これでも警戒してたんだよ」
「こんな薄着の貧弱な女に何が出来るとでも? 襲われるのはこっちでしょ」
「そんなこと自信あり気に言うなよ。スープが冷める、早く来い」
まぁ、こんな男にいくら優しくされても、私の心は微動だにしませんけど。
立ち上がって小屋へと戻ると、室内はスープの良い匂いで充満していた。
「職人さんの昼食なんだ。沢山作ってあるから、どれだけ食べても問題ないぞ」
大きな鍋に詰めるだけ詰め込んだお肉と野菜を、ひたすらに煮込んだだけの簡単料理。
丸太の椅子に腰かけると、彼が木彫りの器を手渡してくれた。
香る湯気からして美味しそう。
先に鍋で炒めたであろう玉ねぎを煮込み、染み出た旨味で染まった琥珀色の海を卵黄が泳ぐ。
早く食べてって言っているみたいだ、私としても早く食べたいです。
「本当に、食べても?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、遠慮せず」
背筋を伸ばし、スープへと頭を下げる。
「大樹の恵みに感謝、私達も、生命の流転に従います」
「……何それ?」
「森に感謝するの。私の生まれ故郷ではご飯の前に必ずするんだよ?」
ここではしないのかな? まぁ、森じゃなくて岩壁だもんね。
さてさて、まずはスープを一口……啜った瞬間、口の中が道端で生えてる雑草をかじったような風味に襲われて、更に少々の砂がガリッとした無機物の触感を歯に与えて、草の苦みが舌をビリビリと支配してくれる。あれ? 美味しくない? この世の物とは思えないぐらいに不味い?
「どうだ、美味いか?」
私、このパターンで不味いの生まれて初めてのことで、いま頭の中がパニックなの。
ちょっと待ってね、何かの間違いかもしれないから、もう一口。
……あ、間違いなくマズイ。
え、嘘でしょ、超マズイんだけど。
一口食べただけでマズイって分かるよ? 味見は? コイツ味見はしてないの?
「ムークの肉と、山菜の詰め合わせなんだ。多分、美味しいと思う」
多分!? いま多分って言った!? コイツ絶対味見してないじゃん!
どうしよう、頬を染めながら素朴に言われると「美味しくないですね」って言えない。
……はっ、そうよね、スープが不味いのであって、お肉はきっと美味しいに違いない。
ムークの肉なんて初耳だけど……最後の希望、お願い、美味しいお肉であって!
覚悟を決めて、「いただきま」ッッッずいッッ!!!!
やだ! 信じられない! お肉が一番マズイよぅ!
しかもこの肉、今朝まで掛けてた毛布の臭いがする! それと固い!
茹でてたんじゃないの!? 石噛んだのかと、えぎゃあああ!
肉汁が、かつてない不味さの肉汁が口の中を襲来している!
雑巾を絞った汁みたい! 飲んだこと無いけど! 無理! 吐きそう!
「お前、美味しそうに食べるんだな」
コイツの目ぇ腐ってんじゃないの!?
頬杖つきながら頬染めてないで、一口でも良いから早く味見しなよ!
こんなの食べさせられる職人さんが可哀想で、なんだか泣けてくるよ!
こんな物を、お鍋いっぱい作ったの!?
こんな物を、お鍋いっぱい!?
どうすんのこの生ゴミ! 朝から罰ゲームだよ!
「それで? これからどうするつもりなんだ?」
あ、会話? 会話なのね?
じゃあ、名残惜しいけどご馳走様でした。
口の中のお肉は外で吐き出してと。
ふぅ……切り替え!
さて、これからどうするんだ言われても、状況は何も変わっていない。
相も変わらずここがどこだか分からないし、私は薄着のままだ。
どうにも出来ませんって顔をしていると、彼から口を開いてくれた。
「簡単に説明してやると、歩きで行ける範囲内にセンメティス村っていうのがある。ただ、そこは俺の住んでいる村とも言える。案内してやってもいいが、俺にはこれから仕事がある。仕事が終わるまで待つつもりなら、今日の仕事を手伝って貰えると非常に助かる」
「つまり、仕事を手伝えってこと?」
「分かりやすく言うと、そんな感じだ。そろそろ親方も来るだろうし、行くあてがないアンタ一人ぐらいなら、面倒も見てくれると思う。女手があった方が、俺達もいろいろと助かるしな。別にずっとという話じゃない、今日だけでもっていう話だ。働くのなら、衣食住は提供できると思うぜ?」
まどろっこしい言い方をされたけど、要は助けてくれるらしい。
無手の私からしたら、願ってもない話だ。
でも、この人と一緒か。またマズイ飯を食べさせられそうな気がする。
なんて、選べる立場じゃないか。
歴代の魔女さんたちも、こうやって苦労したのかな。
「分かった、出来ることは少ないけど、 (特に食事を)やれるだけやってみる」
「そうか。なら、正式に自己紹介をしないとだな」
彼は自分の服で手をごしごしと拭いた後、私へと差し出した。
「ビット・ガウ・サマーだ、ロウギット山で石工職人の見習いをしている」
差し出された手を握り返し、にこやかに微笑む。
「メオ・ウルム・ノンリア・エメネ。メオでいいからね」
「ああ、俺もビットでいい」
思っていた以上に、ごつごつとした手だった。
職人さんの手か、本当、森には一人もいなかったな。
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