第4話 借金借金……借金!?

「さて、それじゃあ早速仕事なんだが――」


 ビットが何かを言おうとした時に、外から大きな叫び声が聞こえてきた。


「おい! 岩壁が家になっちまってるぞ!

「なんだこりゃあ! 誰がやったんだこんなの!

「おいおい仕事出来ねぇぞ!


 あー……、私そういえば、岩壁を部屋にしたままだったかも。

 外の人に謝罪して、早く元に戻さないと。


「アンドレ親方、どうしたんですか!」


 お髭ボーボー、なのに髪の毛も少ない、お腹がふくよかなオジ様。

 この人が親方って人か、あんまり森では見かけないタイプの人ね。

 アンドレ親方、全体的に丸くて可愛い。


「おお、ビットか。どうしたもこうしたも……見てみろ、俺達の職場が台無しだ」

「うわ、なんですかこれ。岩壁に石の扉、まるで魔法みたいだ」


 まるで魔法みたいだ、という言葉の後に、何かに気付いたビットが私へと視線を向けた。

 はい、そうですね。私、魔女ですから。

 そして犯人も分かります、恐らく寒さに耐えきれなかった魔女の仕業でしょう。


「まさかこれ、メオが?」

「昨日、寒かったからね」

「寒かったからって、これじゃあ石切り場として成り立たないじゃないか」

「大丈夫よ、すぐ元に戻してあげるから」


 私がいじった岩壁なんですもの、こんな程度の大きさなら、すぐにでも元に戻せる。

 衆目の中、岩壁へと歩み寄り、両手をピンと伸ばし、手を広げる。

 

「万物従属」――――「〝形状変化〟ストーン・ゾナ・アルフ」


 両の手が光り輝くと、岩壁は泥濘へと変わる。

 部屋を形状していた部分をしっかりと埋め込んだ後、元の形へとぐにぐにと。


「おお、魔法だ」

「初めて見た」

「こりゃ凄いな」


 あれ? あまり魔法を知らない国なのかも?

 知識として伝わってるっぽいから、完全に無知って訳じゃなさそうだけど。


 ……それにしても、感心してくれると、ちょっと嬉しいかも。

 ウエストレストの森では、石魔法しか使えない落ちこぼれだったから。

 他の子が出来ることを、私は何も出来なかったから。

 ふふっ、嬉し。


「部屋だけじゃなく、こんなことも出来ますよ!」


 私の魔法が掛かった石は、全て思い通りの形に変えることが出来る。

 超巨大な女神様だったり、大きな大きな魔物だったり。

 その気になれば、山全部の岩を城に変えることだって出来る。

 

「ふひゃー、凄いなこりゃ!」

「嬢ちゃん大魔法使いなのか?」

「えっへへへ! 違いますよ! 普通の魔女です!」


 他にも馬車にしたり、どこかのお姫様にしたり。

 ヤバイ、楽しすぎて、必要以上の魔力を消費しちゃった。

 でも、お腹もいっぱいだし、幸せで胸もいっぱいだし。


「自由爛漫」――――「〝形状記憶〟ボルンデッド!」 


「おお! すごかったぞ嬢ちゃん!」

「最高の岩石ショーだったぞ!」

「子供にも見せてやりたかったな!」


 そして何より、この賞賛の拍手が、出迎えてくれるのだから。

 ああ、良いお仕事しちゃった、今日はもう大満足ね。

 さってと、帰ろ。


「おい、どこに行くんだ」

「え? あ、そっか、これからお仕事か」


 いけない、満足して家に帰ろうとしちゃった。

 家の場所も分からないのにね。あっははは。

 なんかもう嬉しくって、ビットの背中叩いちゃう!


「叩くな、叩くなって」

「いーの! 嬉しかったから!」


 ニマニマが止まらないなー!

 あー! 今日は人生最高の日かも!




 そして一時間後。




「山の岩、全てから魔力が抜けちまった」


 床に正座して、お説教を受けております。


「お前さん、岩壁に魔法を使った時に、山全体に魔力を込めただろ? そんな事をしたから、戻す時に岩に込められていた魔力が全部抜けちまったんだ。アンタも魔法使いなら分かるよな? 魔法ってのは自然の力を借りて具現化しているんだ。つまりそこらに転がっている石にも、岩にも、微量な魔力が存在し、形を保っているんだ。それをアンタが根こそぎ全部奪っちまった」


 私が魔力を抜いたせいで、今、山は大変なことになっております。


「岩には〝へき開〟っていう、力を込めたら壊れやすい方向ってのがあるんだが、今のこの山の岩は全面が〝へき開〟の状態だ。つまり、どこからどんな力を込めても、あっさりと砕け散ってしまう」


 はい、目の前で見ていたから知っています。

 アンドレ親方が拳で軽く叩いただけで、岩壁の半分以上が崩れ去ってしまいましたから。


「このロウギット山から採掘出来る石材はな、見た目も良く、石垣を造る際にも頑丈で長持ちするところから、国の名前でもあるラスレーの名を頂き、【ラスレーの黒貴婦人】とまで言われる名石なんだが。アンタ、家はどこだ? 正直、これだけの負債を支払えるだけの名家の出自には見えねぇが、とりあえず言ってみろ」

「あ、あの……ウエストレストの森って所から」

「ウエストレストの森? どこだそりゃ。おい! 知ってる奴はいるか!?」


 誰も知らないみたい。そりゃそうよね、私もラスレーなんて国、知らないもん。

 あんなに丸くて可愛いのに、アンドレ親方様の顔がとっても怖い。怖すぎる。


「家を守る為に嘘ついてんだとしたら、やめておいた方がいいぞ? ここはアロウセッツ侯爵様の領地、侯爵様は寛容なお方だが、虚偽を絶対に許さないお方だ。お前さんが一生かかっても支払いきれない負債であっても、もしかしらたら情状酌量の余地は残してくれるかもしれねぇ」


 嘘ついてないもん。

 正直に全部言ってるもん。


「親方、多分、メオは嘘をついていないと思う」


 ビット……。


「ビットか。そういえばお前、この小屋からそこの魔女と一緒に出てきたらしいじゃねぇか。お前がこの子を連れ込んだのか?」

「いや、違う。メオは、俺が朝来たらここにいたんだ」

「ここにいた? どうやって中に入ったんだよ」

「それは……」

「昨日の施錠はお前がしたんだろ? まさかお前、小屋の鍵を閉め忘れたのか?」

「あ、あの、私が鍵を作りました」


 ビットを悪者になんかしたくない。

 鍵の形にした岩が、確かポケットに入っていたはず。


「これ、これを使いました」

「ほう、こんなもんを作って、勝手に小屋に入ってきたって訳か」


 ぽいって他の人に投げ渡すと、その人が扉をガチャガチャと。


「おお、本当に開け閉めできますぜ」

「魔法ってすげぇなぁ」

「嬢ちゃん、大したもんだなぁ」


 えへへ……。

 あ、はい、大丈夫です、反省しています。


「まぁ、とにかくだ。お前さん、申し訳ないが、しばらく身柄を拘束させてもらうぜ」

「……はい」

「ビット、この子、お前が責任持ってこの小屋で見張っておけ。本当は牢獄がいいんだろうが、魔法が使えるんだ、牢獄なんざ入れたところで直ぐに逃げちまうかもしれねぇしな。一日中、交代で見張りを置いておけよ」


 魔法が使えるって言ったって、石魔法しか使えないんだから、お縄を頂戴しちゃったらさ、もうそれだけで何にも出来ないのよね。両手両足を縄で縛られて、小股でしか歩けない。しかも犬の散歩みたいに、縄の先をビットが握っているし。


 あーあ、逮捕か。

 転移一日で逮捕される魔女なんて、今まで一人もいないんじゃないかな。

 逮捕逮捕の借金かー。こりゃ奴隷になるしかないのかもね。婿探しどころじゃないわ。


「メオ、あの岩壁は、もう元には戻らないのか?」

「無理。あの岩、普通の岩じゃなかったみたい」


 多分、ここの石切場で採れる【ラスレーの黒貴婦人】は、魔石と呼ばれる希少石だ。

 通常の石材とは違い、黒光りし、雨風日光にも延々と耐える耐久性を持つ、優れた名石。

 昨日の夜は暗かったし、今朝は霜と砂で着色されていて、全然気づかなかった。

 なんて、なんの言い訳にもならないけど。


「負債額の計算が出来たぜ」


 その日の夕方には、アンドレ親方が一枚の用紙を手にして、小屋に戻ってきた。


「メオ、お前さんの負債は、金貨二万枚だ」

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