悲報

 ツクモ君が口を開こうとすると、また玄関の引き戸が開いた。カラカラと音が鳴ると同時にわたあめが飛び込んで来た。


「結子ちゃん!助けて!」

「さっちゃん?!」


 飛び込んできたわたあめみたいな白兎のさっちゃんを見て、私はすぐ玄関に走り込んだ。玄関の三和土に両膝をついた私の掌に飛び乗ったさっちゃんの赤紅色の目に、涙が溜まっている。泣きながら助けてなんて尋常じゃない。緊張が伝わって私も思わず声が張った。


「どうしたの?!」

「小花ちゃんが保育所で怪我したの!」

「小花ちゃんが?!」

「足の太もものところ!服が切れて、足にも切り傷がついて血が出て病院に行って!」


 興奮するさっちゃんの背中を落ち着かせるように撫でて、私は唾を飲み込んだ。切れた服に、切り傷。これはどう考えても。


「小花ちゃん包帯を巻いて帰ってきた。保育所で何人も同じ怪我した子がいるんだって。小花ちゃん保育所コワイって泣いてるの。さっちゃんはわかるの!あの傷は何かのあやかしがつけたものだって!」


 さっちゃんはハァハァと息を荒げて一気に言いきった。聞くまでもない、かまいたちの被害だ。ついに怪我人が出てしまった。蒼白になる私に向かって座ったままのツクモ君が呟く。


「我の加護があったから、小童も周囲もその程度で済んだのだ」

「ツクモ君、小花ちゃんを加護してくれてたの?!」

「当然だが?」


 ツクモ君がと首を傾げた。ツクモ君がさっちゃんを指さす。


「結子がその付喪神の多幸を願った。付喪神の多幸は、持ち主の多幸だ」


 付喪神の幸せは持ち主の安全が第一だとツクモ君はよく知っていたのだ。ツクモ君の加護のおかげで、保育所の子どもたちにも大けがは出なかった。ツクモ君の機転に感謝しかない。


「ありがとう、ツクモ君……」

「結子の願いを叶えるのは我の多幸だ」

「助かったよ、本当に……!」


 今回はツクモ君のおかげで小さい怪我で済んだようだ。だが、このままいけば重傷者、その先には──死が。近い未来にゾッとした。


 ぷるぷる震えるさっちゃんを撫でて肩に乗せた私はすぐに立ち上がる。もたもたしている場合ではなかった。これ以上被害を拡大させるわけにはいかない。


 私を受け入れてくれた神ノ郷村の付喪神たち、私に優しくしてくれた村人がこれ以上傷つくのは嫌だ。私だってもう神ノ郷村の一員。村の者が村を守るのは当たり前だ。私だって、私にできることを全力でやらなくては。


 さっちゃんを肩に乗せたまま、私はツクモ君の前に立った。いまだ座ったままのツクモ君の両肩に両手をバンと置いて宣言した。


「ツクモ君、お願い!塵塚怪王に悪いことをやめさせたいから協力して欲しいの!」


 ツクモ君の蔵面がまっすぐ私を見上げた。


「お願い聞いてくれたら!私も一つ、言うこと聞く!」


 ツクモ君の両肩に置いた私の両手から、ツクモ君の体がピクリと反応したのがダイレクトに伝わった。


「良き条件だな。我の力を使うに値する」


 ツクモ君の重々しい腰がスッと持ち上がって立ち上がる。


「ちょ、結子ちゃん、雑過ぎますよその条件!もっといろいろ考えた方が!」


 なぜか急に真顔になるナギ君に構っている場合ではない。


「塵塚怪王はどこにいるんだろう?」

「塵塚怪王は我に挨拶に来ておらん。我に挨拶に来た付喪神は我の支配下。居場所などすぐわかる。また逆に、いまだ挨拶に来ていないものの場所は浮彫だ」


 あのツクモ式挨拶にはマーキング的な意味があったのか。ツクモ君が先立って歩き始めた。私が後を追うと、肩からころんとさっちゃんが転げ落ちた。さっちゃんはナギ君の背中にぽすんと着地した。ナギ君のヒソヒソ声がしっかり聞こえる。


「いやでも顔ナシ様……結子ちゃんのおねだり一つで即対応ってチョロ過ぎません?」

「ちょろいなんて言っちゃダメ!顔ナシ様は結子ちゃんのこと大好きなだけ!さっちゃん知ってるもん!そういうの尻に敷かれたいっていうの!」

「意外過ぎるんですけど……!」


 顔を見合わせて笑ったナギ君とさっちゃんを置いて、私たちは夜へ進んだ。

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