たこ焼き
フェスティバルの片づけを終えると日も暮れて、お腹もすいた。私は春奈ちゃんと和也君、松浪姉さんを店に招待した。
打ち上げと称して、お礼にご馳走したかったからだ。三人には店で寛いでもらっているうちに、私は店のキッチンで夕飯の用意をし始めた。美味しいもんフェスティバルが大成功に終わった今日の献立はたこ焼き。
もちろん、今日はハレの日。
「結子さん、鉄板はどこ?」
「これを使ってください」
私が自宅側から持って来たたこ焼きプレートを春奈ちゃんに渡すと、すぐに和也君が取り上げてソファ席へ運んでいく。
「もう火入れとくわ」
「鉄板は熱々にしとかな。よう働くやん中学生たち、感心や!」
グリーンのソファに座った松浪姉さんは、すでにガラスコップでビールを煽ってぷはーと晩酌を楽しんでいる。今夜は小花ちゃんのことを旦那さんが見ていてくれると喜んでいた。
「てかアンタらええ感じやな~付き合ってるん?」
「ちょ!そういうのデリカシーないで松浪のおばちゃん!」
ケラケラ笑う松浪さんに食って掛かる春奈ちゃんの横で、和也君が耳先を赤くしながらプレートのコンセントを繋いでいた。可愛い中学生カップルに私はつい顔が緩む。
にやつきながら米粉を計量して作り置きの出汁と混ぜる。お母さんが小麦アレルギーになってからはたこ焼き生地も米粉だ。
カウンター最奥席に座ったツクモ君の蔵面が作業する私を見つめる。私はツクモ君にこそっと話しかけた。みんな喧しく話しているから聞こえないだろう。
「ツクモ君、もし良かったら……みんなと一緒にたこ焼きを食べない?」
ツクモ君が珍しくきょとんと首を傾げた。
「我が質量たちと共に?」
「夏祭りのときにみんなの前で姿を見せてくれたでしょ?あんな感じで、たこ焼き一緒に食べたいなぁって」
「それが結子の望みか?」
「うん、打ち上げだからね。ツクモ君も今日の成功にいっぱい協力してくれたから……本当なら提灯さんたちにも来て欲しいけど」
私はボウルの中の生地をかき混ぜながら、提灯お化け三兄弟を思い浮べる。
「付喪神も受け入れがたい上に、ビジュアルでみんなが怖がっちゃうでしょ?でもツクモ君は見た目は人間だからって……無理か」
薄卵色でさらさらの生地を混ぜながらごめんと呟いた。わがままが過ぎた。ボウルを見つめていた顔を上げてツクモ君を見ると、顔が半分見えていた。
「うわぁ!」
ガチャンと大きな音を立ててボウルがキッチンに着地した。
「人間に姿を晒すなら、顔を見せねばならんだろう?」
私は防衛本能でとっさに両手で目を覆った。ツクモ君の美しさに目が焼かれる。
翡翠そのもののような色の切れ長な瞳。狂いない比率の完全な顔立ち。その顔は、人間の美しさの延長ではなく、時間を宿した器物が長い歳月を経て辿り着いた美という形そのものと言える。瞬き一つで世が狂う。
私が大声に大きな音まで立ててしまったので、みんな寄ってきてしまった。和也君と春奈ちゃんが高い声で騒いだ。
「え?!いつの間にこの人来たん?!」
「あー!夏祭りの時の!結子さんの鬼鬼イケメン彼氏やん!」
やはりツクモ君はみんなに見える許可を出しているようだ。ビール片手の松浪姉さんが寄って来て、さらに上を行く高い声を上げた。
「何で私に紹介せえへんねん!うわ~ほんまにええ男やん。やるなぁ結子ちゃん!」
けらけら笑う松浪姉さんの声が響く。どうしてみんな、ツクモ君の人生を狂わせそうな顔を見て平気でいられるのか。私なんてキッチンにしゃがみ込んだまま立ち上がれない。ツクモ君は無言だ。
ツクモ君は人、質量と話したがらないから、私がみんなとの間に入らないといけない。だから、その顔をなんとか防御しないと!
私はバタバタと自宅側に走り込んだ。私がコンタクトを外した時に着ける瓶底眼鏡を持って来る。寝る前に着けるだけなのでとっても可愛くない代物だ。
「ツクモ君!これ着けてお願い!もう見てられない!」
ツクモ君は蔵面で半分の顔を隠したまま、瓶底眼鏡も装着してくれた。なんとも不審な人物ができあがった。春奈ちゃんが眉を顰める。
「何でそんなダッサイ眼鏡させるねん結子ちゃん!イケメンが台無しやんか!」
「まあまあ、春奈どうどう。ほらさ……わかるやろ?」
和也君が春奈ちゃんの肩をぽんと叩いて、芝居がかったウインクをする。
「顔半分も、布で隠させておいて、さらに瓶底眼鏡やで?不思議っ子お姉さんのやりそうなことやん?そういうのってさ、独占欲の……現れやん?」
春奈ちゃんが真顔でバシンと和也君の頭をはたいた。
「痛ぁ!」
「言うてることはわかったけど、言い方が腹立つわ」
「まあでもそういうことなんやな。ほな、彼氏さんも一緒に飲もか」
三人は私が一言も弁明も説明もしないうちに、全部勝手に解釈してソファの周りへと戻って行った。
ツクモ君の顔を眼鏡で隠したのは、夏祭りの夜のように自我が崩壊しそうで危険だから防御しようとしただけで。
親族なんて言って紹介したかったのに、あっという間に彼氏に仕立て上げられた。人の思い込みってすごい。瓶底眼鏡のツクモ君がゆらりと立ち上がった。
「これで良いか?結子」
半分蔵面で瓶底眼鏡のツクモ君の顔でも、ちょっと心臓は騒がしい。
「あ、その……うん。顔はぎりぎり見れるけど、どうしてこんなに落ち着かないというか」
「我は結子の自我を奪う気はない。けれど、全てを質量を支配できる魅了の使い手だ」
普段は見えないツクモ君の艶やかな唇が、ゆるやかに弧を描く。
「我がいくら抑えようとしても、猛然と結子を魅了しようとしてしまうのだ。我の顔は」
私はその微笑みの美しさに眩暈がしそうになったが、松浪姉さんの声に正気に戻った。
「こら若人たち!いちゃついてらんと、たこ焼きに参加しいや!」
「はい!」
ソファ席の間に挟まれたローテーブルの上に置いたプレートへ生地が流し込まれる。ジューと心地よい音が吹き抜けに響き、各人が己の材料を投入する。
ソファ席で私の隣に座ったツクモ君はたこ焼きパーティが珍しいのか、興味深そうに眺めている。生地に焼き目がついてきて、竹串を持ってくるくるたこ焼き返しが始まった。さすが大阪の皆さん手慣れていて、くるくるに迷いがない。
くるくるされた米粉たこ焼きを一人五つずつ四方皿に盛り付けた。鰹節とお好みで小口ねぎ、マヨネーズをかけ、最後にたこ焼きソースをかける。
マヨネーズは無添加。たこ焼きソースはグルテンフリーで私の手作り。ウスターソースにケチャップと出汁を混ぜた簡単なものだ。熱々のたこ焼きを彩り華やかに着飾ると鰹節が踊った。
食べる用意が整うと、全員で顔を見合わせる。各々がコップを手に持った。松浪姉さんがビールを手に音頭を取る。
「ではでは!美味いもんフェスティバルの大成功を祝してー!」
「完売を祝して―!」
「北川のおっさんへのリベンジを祝してー!」
次々にお祝いを述べた三人が、ジロッと揃ってツクモ君を見る。ツクモ君は瓶底眼鏡の向こうから翡翠の瞳で私を見つめる。
「結子の、未来を祝して」
「くっはー何この人?!めっちゃ怪しい恰好やのに格が違う祝辞ぶっこんで来るのマジでカッケー!ヤベー!」
和也君が天井を仰いで額に手を当てていた。
私は魅了の顔に微笑まれて、つい頬が熱を持つ。春奈ちゃんと松浪姉さんもお熱いねぇなんてはやし立てる。
「結子ちゃんの番やで」
松浪姉さんに促されて私もコップを掲げた。
「えっと……村人の皆さんにお詫びできたことを祝して!」
「あかん、全然ちゃうで結子ちゃん」
「結子さんってほんまズレてるわ。和也、代わりに言うて」
「村人にドーナツの美味しさを見せつけてやったことを祝って―!」
「せや!それや!」
「「「カンパーイ!!」」」
私以外の四人がさっさと祝杯を挙げてしまって、私はぶつけられるグラスを受け取るばかりだ。ちょっと遅れ気味な私だ。だが、集う皆が心から、私よりも私の成果を喜んでくれている。それがぽかぽかあたたかい。
幸せが募って、食べ始める前から私はもうお腹いっぱい。
「うっまー外サク、中とろ!」
祝杯を飲み干して、たこ焼きを食べ始める。和也君がほっぺを膨らませて大きな声で言った。春奈ちゃんも頬を大きくして口を動かす。
「米粉生地ってこう、まろっとしてる!ソースもうちの家のんと全然違うけど美味しい!」
ツクモ君はどうかなと思って、完全なる造形の横顔を見つめた。ちょうどツクモ君の口にたこ焼きが入れられたところだった。
まともに生きていきたいならば、絶対に見てはいけないものを見た気がした。刺激が強すぎる。美味しいかどうかも聞けない。
私はぱくりとたこ焼きを口に放り込んだ。ちらりとツクモ君の横顔を盗み見る。付喪神の王様ツクモ君が、人間の輪の中で一緒にご飯を食べている。そんな姿を、私のお願いに応えて見せてくれた。
遠い上にいる神様のツクモ君が、わざわざ私のところまで下りて歩み寄ってくれるなんて。それはたこ焼きを食べたときみたいに、サクッとまろっと嬉しい気持ち。
「出汁効いててええわ。結子ちゃんはソースも作るんやな?」
松浪姉さんがぐいと私に顔を寄せて聞いた。
「はい、グルテンフリー徹底なので!」
「お母さんのためか、ほんまええ子やアンタは。もうあかん、私泣けてきた」
「飲み過ぎやでおばちゃん」
「ほんそれ」
たこ焼きを頬張ってビールを煽る松浪姉さんが天井を仰いで涙を飲みこむ。
私は冷めてもモチっとした触感を失わない米粉たこ焼きをもちもち食べて、優しい人たちの繋がりの真ん中で朗らかに笑った。
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