第三章 立秋、新作のドーナツ

試作品

 美味しいもんフェスティバルに参加すると決めた私は、米粉ドーナツを改良する研究に没頭していた。


 新しい味を店に出すつもりはないが、プレーン味の中でさらに美味しいを求めて毎日たくさんの試作米粉ドーナツを揚げる。


 指定席に座ったツクモ君は延々とドーナツを食べ続けている。


「同じ味だと飽きるよね?ごめんねツクモ君」

「この世から我が質量を消し去ることはあっても、我が結子の作ったものに飽きを感じることはあり得ない」

「ツクモ君って言う事が壮大だよね!」


 そんな試作品の余りドーナツを狙ってか、最近毎日来るのが付喪神常連の提灯お化け三兄弟だ。


「ゆいこたんの米粉ドーナツはうまうまじゃ」

「最近ますますふわふわじゃ」

「もっともちもち度アップするとうまいのじゃ、ゆいこたん」

「参考になります」


 提灯お化け三兄弟は筋肉質な両腕で逆立ちしながら来店し、正面のカウンターの上に鎮座し、ペチャクチャお喋りする。彼らは支払いをしないので眉をひそめるときもあった。


 だが、今は試食してくれて素直に感想をくれるので助かっている。ツクモ君は優しいので美味しいとしか言わないからだ。ツクモ君は私に寛容すぎる。


 先日の祭りの夜に、私はいかにツクモ君が優しいか、身につまされた。ツクモ君の顔には「相手を支配する能力」が宿っている。見るだけで自我が崩壊するような感覚だ。だがら、蔵面で顔を隠すのが、ツクモ君の最大級の親切なのだ。


 ツクモ君は不用意に相手を支配しないように配慮して暮らしている。つまらなそうにカウンターに肘をつく蔵面のツクモ君を見ていると、提灯お化けの長男が私に言った。


「ゆいこたん、聞いてくれじゃ」


 存分に食べきって、帰るかと思った提灯お化け三兄弟はまだ喋る。それだけ口が裂けていたら口が止まらないのだろうが、素直になっちゃう米粉ドーナツを爆食いしているのだから仕方ない。


「最近、山が汚れておるのじゃ」

「そうじゃ、塵まみれじゃ」


 私は洗い物をしながら提灯お化け三兄弟のお喋りに耳を傾ける。神ノ郷村を悩ませる不法投棄の件はやはり、この地に住む付喪神たちも危惧しているらしい。


「塵塚怪王(ちりづかかいおう)が生まれてしまうのじゃ」

「塵塚怪王って、何ですか?」


 私は片付けの手を止めて、耳新しい言葉を問いかけた。提灯お化け三兄弟はペチャクチャ喋る。


「塵の付喪神じゃ」

「そうじゃ、鬼子じゃ」

「塵塚怪王は急に生まれるのじゃ」

「急に?付喪神って九十九年以上生きた物に宿るんですよね?急とは言えませんけど」

「塵塚怪王は別じゃ」


 提灯お化け三兄弟の一つ目が三つ並んでギョロリと私を見ると、ちょっとビクついた。付喪神たちに怖いことをされたことはないが、見た目はド迫力だ。


「塵も積もれば山となるのじゃ」

「まだ働けるのに捨てられると物は恨むのじゃ」

「恨みが積もって塵塚怪王が生まれるのじゃ」

「そういう生まれ方もあるんですね」


 私は手を拭いて、提灯お化け三兄弟の話に聞きいってしまった。塵のように小さな恨み。一つ一つに力はないが、幾千万の恨みが山となり、付喪神が生まれるなんて惨い話だ。


 聞くに、塵塚怪王には明確な持ち主がいたことはなく、想像するに宿るはずの実体物というものがない。誰にも愛されたことのない物の「恨み」に宿る付喪神。さぞ、孤独で、人間への敵意があるのだろう。


「塵塚怪王は、格別に強いのじゃ」

「かまいたちを使う鬼子じゃ」

「かまいたちって?」

「切り裂く力じゃ」

「本来、付喪神の能力なんて悪戯程度じゃが」

「かまいたちは『殺せる能力』じゃ」


 お喋りな提灯お化け三兄弟はその後も、かつて世を脅かした塵塚怪王の逸話を喋り続ける。鬼子という限りは人型だろう。


 以前に鈴姫ちゃんが、人型であること自体が恐ろしいほどの強さの象徴だと言っていた。塵塚怪王が現れたらどうなってしまうのか、私は未知に背筋が冷えた。


 散々お喋りして食べて気が済んだ提灯お化け三兄弟は逆立ちした一人の上に二人が重なって帰って行った。また明日も来るらしい。私は彼らが鎮座していたカウンターを布巾で拭いて、カウンター最奥席に座るツクモ君に話しかけた。


「塵塚怪王、怖いね」

「必要以上に物をつくりだし続ける人間も、手に入れてすぐ捨てる人間も、必ず主に懐く物を省みぬ人間も……恨まれて仕方なかろう。人の業だ」


 ツクモ君の言うことは最もだ。物にあふれたこの時代。鈴姫ちゃんと和也君は和解していたが、物に向き合う人間自体が少ない。


 私がしゅんと眉をハの字に下げたとき、店の玄関がカラカラと開いた。

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