第3話 縫い女と母親①
ふぅ、と縫い物の手を止めて窓を開けると、さらさらと優しい風が入ってきた。
うーんと伸びをするとぽきぽきと体が音を立てる。
私は縫い目から生まれた妖怪だ。
人が想いを込めて縫物をすると、ごくたまにそこに魂が宿る。私はそこから生まれた。
私の針が通った布には、妖力が宿る。
心を込めた針目が、持ち主の背中をほんの少しだけ押してくれる。
……そんなふうに、考えると心がほんの少し優しくなった。
もうすぐ縫い糸がなくなりそうだ。
買いに行くとするか。
買いに出かけるのは、人間たちが利用するのと同じ手芸屋だ。そこで買った糸に私の霊力を宿しながら縫うのだ。
自分の髪の毛を糸として縫うことも可能だが、気乗りしないためこうして面倒だが買いに出かけている。
手芸屋に着くと、やけに気難しそうな顔をして縫い糸を見ている女がいたので、思わず見ていると目が合ってしまった。
「あの、息子が小学校で図書バッグというのが必要なんですが、どの糸を買えばいいのか分からなくて……」
「はぁ……」
縫ったときに目立つ糸でなければいいと思うけれど、この女はなにが聞きたいのだろうか。
「こんないろんな太さの糸があるなんて知らなくて……」
なるほど。太さのことか。
「縫う生地の厚さによって変えればいい」
喋ることは苦手だが、思わずそう答えていた。
「厚さっていうのはどのくらいの厚さでしょうか?……そもそも、図書バッグというのは、なんの生地で作ればいいんでしょうか」
「……店員に聞けばよいだろう」
私が言うと、女は顔を真っ赤にして頭を下げた。
「す、すいません!私、店員さんかと思って……。もう、勘違いばかりで駄目ですねぇ、私。……ほんと、母親失格っていうか」
「そこまで言ってない」
「すいません」
「だから、別に謝る必要はないと言っている」
そう言って女を見ると、ぽたぽたと涙を流していて、ぎょっとした。
ふぅと小さく息を吐き、女に問いかける。
「……息子のためのバッグか」
「はい。既製品では指定のサイズがなくて。聞いたら、みんな毎年作っているみたいで」
「……分かった。私が教えてやる」
「え」
「え?」
私は今、なんと言っただろう。
なぜ、教えるなんて、普段絶対口にしないようなことを……。
「ありがとうございますっ!」
訂正する前に、女に両手を掴まれてしまった。
「いや、今のは……」
訂正しようとしたが、切羽詰まったような彼女の顔を見ていると、何も言えなくなってしまった。
(つづく)
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