第25話「さて。教えてもらおうか。キミたちに情報を流しているのは誰なのか?」
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
【8月31日 14時30分】
じりじり、じりじり。
じりじり、じりじり。
陣凱町の駅前広場から、少し離れた場所にある美容室。それなりに人が行きかっていて、外への扉を開けると夏の空気にむせ返りそうになる。
野良猫ソラは、無感情な人間だった。
それはかつての騒動で、自分自身を完全に否定されたから。人生をかけて準備してきた首都の爆破計画。それを、たった一人の狙撃手によって阻まれてしまった。結果として、野良猫ソラは。根なし草の流れ者となり、この陣凱町に居ついている。自分の夢を打ち砕いた、仇敵の狙撃手を友人として。
「にゃはは。ボクも人が良いよねぇ。本当だったら、恨んでいてもおかしくないもん」
美容室の玄関から出て、眩しそうに太陽に目を細める。
だって、仕方ないよね。
あんな奴に、自分の脳が焼かれてしまったんだから。
爆発と銃撃。
殺し、殺される。
そんな極限の状況で。
確かに、ボクは。
有坂式次郎を殺すために全てを賭して、そして完膚なきまでに敗北した。
「まぁ、だから。こんな面倒事を自分から引き受けているんだけどね」
ソラが無感情な視線を目の前に向ける。
そこには、複数の男たちがソラのことを取り囲んでいた。
人数は5人。
この街の住人ではない。
ここの住人にしては品が良すぎる。標的を前にして、わざわざ声をかけるのを待っていてくれるなんて。
なんて、優しい人たちなのだろう。
「さて。ボクに何か用かな?」
ソラは無感情の瞳で、リーダーと思われる男に問いかける。色黒の肌で、肩にタトゥーが入っている。手には、これみよがしに折りたたみ式のナイフをちらつかせる。灰色のフリーターたちは今日も勤労に勤しんでいるようだ。
「おい、小僧。この店に入った女と知り合いか?」
「はて? 誰のことかな?」
「とぼけるんじゃねぇ。ぶっ殺されたいのか?」
折りたたみ式のナイフから、刃物部分が露になる。そのまま、ソラを脅すように視線の高さで突き付ける。
緊張が走る。
街の住人達も、巻き込まれたくないと足早に去っていく。
「にゃはは。別にとぼけているつもりはないよ。ただ、キミたちがどれほどの情報を握っているのか興味があってさ」
「あん? 情報だと?」
脅されているのに、まるでビビっていないソラに。何か違和感を覚えながらも、チンピラたちのリーダーは問う。
「うん、そだよ。ボクはこの街の情報屋をやっていてね。ボクしか知らないこともたくさんあるんだ。そう例えば、……この街の美容室に、聖女シャルロット・ヨハネ・モブコール・ライトストーンがいることとか?」
「っ!?」
チンピラのリーダーが顔色を変える。
それを見て、ソラは小さくほくそ笑む。
「やっぱり。キミたちは知っているんだね。この店の中にいる御人が、……バイトで依頼させた次郎が護衛している人が何者なのかを」
「……当たり前だ。俺たちは、その女を捕まえたら報酬金がもらえると聞いて、こんな場所まできたんだ。てめぇが気にすることじゃねぇ」
「いやー、それがね。問題なんだよ。大問題さ」
にこり、と無感情な瞳でソラが笑って。
手にしたスマートフォンの電源を入れる。
「キミたちみたいなゴキブリ以下のクズ野郎が、どうしてボクや彼女の近況情報を共有できている? あまり、いないはずなんだ。この街で、ボクと張れる情報屋は」
無感情な瞳が。
チンピラたちに刺さる。
その無機質なナニカが。
彼らを不安にされるのに十分であった。
「う、うるせぇ! お前には関係ねぇことだ! ごちゃごちゃ言うなら、てめぇもさらって、人買いたちに売ってやろうか!? ひょろひょろの男でも、海外では労働力として高く売れるんだぜ!?」
おい、お前ら。
こんな小僧なんかぶっ潰して、とっとと中に入っちまおうぜ!
チンピラのリーダーが号令をかけると、その仲間たちも隠し持っていた武器で身構える。金属バット、角材、車の修理用レンチ。それぞれ、思い思いの武器を手に、ノラのことを囲んでいく。
一発触発の空気。
誰かが飛び出せば、次々と襲い掛かってくるだろう。華奢な体のソラでは、この連中を相手に喧嘩をしても勝てるはずもない。
……そのはずなのに。
「あー、わかった。わかった。ったく、仕方ないなぁ。ボク、喧嘩って苦手なんだよ」
ぽりぽりと、緊張感のかけた表情でソラが言う。
そして、美容室の傍にある裏路地を指さすと。
殺気立った彼らに声をかける。
「キミたち、この街の住人じゃないでしょ。こんな大通りで揉め事を起こしたら、面倒なことになるよ」
警察に通報されるよ?
防犯カメラに映っちゃうよ?
単純に聞いていたらチンピラたちに有利な情報だけを告げていく。そんなノラのいうことを真に受けたのか、チンピラたちは表情を険しくさせながら距離をつめていく。
「いいだろう。だが、逃げんなよ?」
「てめぇの次は、あの女だからな?」
「まさか仲間を呼んだりしてないだろうな?」
チンピラたちに囲まれながら、ノラは裏路地へと連れ込まれていく。
それだというのに、ノラは。
無表情の瞳のまま笑っている。
「にゃはは、大丈夫だよー。ボクって友達いないしー」
まるで緊張感もなく、彼らの姿は裏路地へと消えていった。
彼らは気がつくべきだった。
自分たちが小柄の少年を脅しているのに、誰も助けようとしなかったことを。
彼らは知るべきだった。
この街の住人たちが、どうして警察を呼ぼうとしていないかを。
彼らは理解することになる。
この街で、普通の高校生に手を出すとどうなるのか。
その身をもって。
知ることになる。
「さぁ、クソガキ。俺たちを舐めたツケをここで払ってへべべべべべべべべっ!?」
「お前みたいな生意気な小僧には、こうやって暴力でわからせるのが一番んんんんんんんっ!?」
「ぐへへ。よく見たら、それなりの美少年じゃねーか。お前みたいなやつは高く買ってくれるもの好きがふばらばkがたえfてせねてっ!?」
ばたり。
ばたり、ばたり。
次々とチンピラたちが倒れていく。あるものは泡を吹いて倒れて、あるものは一瞬で意識を失ったのか地面に倒れて、あるものは感電したかのようにピクピク痙攣している。そして、最後に残されたリーダーを前にして、ノラは―
「さて。教えてもらおうか。キミたちに情報を流しているのは誰なのか?」
無感情な瞳が。
静かな殺意を放っている。
恐怖に怯えているチンピラのリーダーの視界には。
スマホを片手に。
光学迷彩の小型ドローン群によって完全武装した、ちいさな殺戮者が立っていた。
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