第2話 働かざるもの高校に通うべからず


――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――


 銃声が鳴る。

 深夜になっても、人が途絶えない陣凱町じんがいちょうの繁華街。

 若者たちが路上で語り合い、中年たちが酒に溺れて倒れている。そんな居酒屋が並ぶ通りには、学生にしか見えない少年少女が働いていた。こんな灰色の光景グレーゾーンこそ、この街のイカれ具合を表している。


『働かざるもの高校に通うべからず』。


 正々堂々と年齢詐称をしてバイトをする学生たち。バレなければ灰色は白である。そんなイカれた理論を掲げている街の頭上を、ひとつの銃弾が空気の壁を突き破って、飛翔音をまき散らしていく。

 キィーン。

 銃弾はまっすぐに飛んでいく。500メートルという長距離狙撃を経て、狙いすましたかのように目標へと着弾する。


 ぷちん、と電線が切れた。

 街の一部だけが暗闇に飲み込まれる。


 停電だ。


 一瞬、その地区だけが静かになる。だが、すぐに停電した廃ビルから怒鳴り声が響いた。野太い男たちの声だった。「おい、コラァ! どうなってんだ!」「さっさと明かりをつけろ! が逃げるだろうがっ!」 男たちは戸惑っているようだ。それが落ち着くよりも早く。待機していた警官隊がビルに突入していく。対テロ対策の特殊部隊だ。激しい閃光弾フラッシュバン。ドアは鍵ごと破壊された。淡々と仕事をしていくプロフェッショナルの隊員たち。廃ビルに強盗団の悲鳴だけが闇夜に響く。数分後には、パトカーの赤色灯に包まれていた。


 そんな異常な日常風景を見届けることもなく。

 その男は、……いや、まだ少年と呼ぶべき年齢の男子高校生は、バイト道具であるスナイパーライフルを鞄の中にしまい込んで、繁華街の喧騒へと消えていった。

 途中、スマホをポケットから出して、バイト先の主任に報告をする。


 酔っぱらいの喧騒をかき分けて。

 爛々と輝く居酒屋の看板の下を通り、風俗店の違法な客引きを無視して。

 人通りの少ない路地裏を選んで歩く。

 遠くからは、どこか歪な笑い声が聞こえてきた。


 狂気と渇望を孕んだ、不安定な街。

 一歩間違えれば、とんでもない事件に巻き込まれてしまいそうな。そんな予感さえする。


 嗚呼。

 今日も、陣凱町このまちはいつも通りだ。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇――◇――



 有坂式ありさかしき次郎じろうは、普通の男子高校生である。

 少なくとも、この街では―


 東京都練馬区にある陣凱町。

 この街は、いろんなヤバいものを詰め込まれてできている。池袋や新宿からも地下鉄で繋がっていて、高速道路の出入り口である大泉I.Cインターチェンジもある。そのせいかはわからないが、この街は、とにかくいろんなものが流れ着いてきた。


 次郎が『雇われ狙撃手』なんてバイトを始めたのも、一年ほど前のことだった。

 少し前までは『組織の裏切り者を始末するだけの簡単な仕事』なんてことをしていたが、今は普通の男子高校生だ。この街では、ちょっと変わった過去があるくらいで特別扱いをされない。


 バイトを終えた帰り道。

 時刻は、深夜になろうとしていた。

 さすがに駅前から離れたら、人通りは少ない。

 次郎は、自分の住んでいる築30年のボロアパートを目指しながら、明るくライトアップされている消費者金融の看板を見上げる。


 ……今日は二人か。


 次郎が呟く。

 ニコニコマークが描かれた看板に、人間の下半身がぶら下がっていた、今日は二人だ。多い時には片手では数えられない人数が、あの看板からぶら下がっていた。金を借りておいて返さない債務者たち。この街では督促状などという優しい手段は取られない。期限を守れなかった人間には、とても怖い人たちがお宅を訪問すると、そのまま拉致して自社の看板へと投げ込んでいくのだ。


 泣こうが喚こうが関係ない。

 看板に突き刺さったら、ピタリと静かになるのだから。

 金を返さないほうが悪い。

 まぁ、死んではいないようだから、誰もそれほど気にはしない。


 ニコニコ・陣凱町ローン。この街でも有名で、とても親切な高利貸しだ。あそこを仕切っている陣凱組。そこの組長の一人娘が同じクラスなのだが、彼女がいうには「黙っていても金を落としてくれる阿呆たち」と蔑んでいた。


 やはり、人間。

 慎ましく生きるのが一番だ。

 宝くじが当たってお金持ちになりたいとか、推薦で有名大学に入りたいとか。はたまた、物語ライトノベルのように美少女と運命的な出会いをしたいとか。そんなこと考えてはいけない。


 いけない。

 いけないのだ。

 そんなことはわかっている。

 自分だって、そのような面倒ごとに関わるのは愚かだと思っている。


 それなのに―

 どうして―



 ……目の前に、女の子が倒れているんだ?



「すー、すー。むにゃむにゃ」

 見たこともないような可愛い少女が、次郎のアパートの前で倒れていた―

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