仮面舞踏会②
二人が踊り出してすぐ、オーディールがミミングウェイ嬢のドレスの裾を踏んで、お嬢さんがつんのめりそうになるのを寸でで堪えた。
「(ドレス踏んでます!)」
「(だから言ったろう!)」
「(あんなにカッコよく戦ってたじゃないですか! 運動神経いいんじゃないんですか!?)」
「(それとこれとは話が別だ!)」
二人は小声でぎゃーぎゃー言いながら、踊っていた。
この男、武術以外全くの門外漢である。
そもそも、運動神経がよかろうと踊りの流れも何も知らないのだから、どうしようもなかった。
「(もう、じゃあ、ちゃんと指示しますから)」
「(分かった)」
オーディールは、こくこくと頷く。
この場は、お嬢さんに任せるしかなかった。
「(右。 左。 片方の手を上に)」
指示を出されながら、なので。曲からワンテンポ遅れながらも二人は、体を揺らす。オーディールが手を上げると、それを軸にミミングウェイ嬢がくるりと回って見せた。
ほぅ。と、オーディールは内心感心した。さすが公爵家のご令嬢。騎士団長たるものが、年下のお嬢さんにエスコートされていた。
二人の踊りは、ぎこちないながらも、それとなく形にはなっていた。
そして。
最後に向けて、曲は上がっていく。
「(腰に回した手で私の体を支えながら、倒れる私の上体に上体を寄せてください)」
「(こ、こうか)」
オーディールは今までよりも長い指示に戸惑いながらも、懸命にこなそうと必死で指示に従う。
必死すぎたためか、必要以上に勢いがついた。
コツンと仮面と仮面がぶつかり、音が鳴る。
呼気を感じられるほどの、超極至近距離で二人は見つめ合う。
ごくりと息を呑んだのはどちらだっただろうか。
もう数センチで、唇と唇が触れ合うところだった。
「(っ! ……顔、近いです!)」
「(しょうがないだろう!)」
曲がフィナーレを迎える中、二人は気恥ずかしさから小声でギャーギャー声を荒げていた。
そして、二人の不格好なダンスは終わったのだった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
ダンスを終えて、元の定位置へとそそくさと戻ったオーディールは手で顔を覆っていた。
「はあ、赤っ恥をかかされた」
漏れ出すのは、大きなため息。それを見てミミングウェイ嬢は口元に手をやって、クスクスと笑う。
「いいじゃないですか、顔見えませんし」
けれど、その言葉では、もうオーディールは納得することができなくなっていた。
なぜならば。
「仮面をかぶってたって誰かは分かると言ったのはお前だろうが」
そう、現に仮面をかぶっていても、こちらを見分けて声をかけ、更には当の本人は正体がバレ、求婚されているといった始末である。
そんな状況では、そんな言葉は気休めにもならない。
「あはは……」
お嬢さんは、返す言葉もないのか、今度は乾いた笑いを溢した。
誤魔化し笑いで誤魔化されんからな。オーディールは憮然とした態度のまま、「ふぅ」と荒く息を吐いた。
ふと嫌な予感がして、見れば、スケラ大公が壇上の上から、肘掛けを掴んで、こちらを見て肩を揺らして震えている。大層、愉快そうであった。
あの爺様……っ!
つい、オーディールはキレそうにもなるが、公務中であることをすんでで思い出して、踏みとどまった。
元凶はといえば、隣で満足そうにしている。
「まあでも、あのへたっぴなダンスのおかげさまで、ダンスにはもう誘われなさそうです」
心なしか、声も明るい。
確かに、先程、チラチラとこちらを伺っていた男どもは掃けているのだが……。
「お前はいいのかそれで……」
仮にも公爵令嬢だろうに。
体面とかそういうのを気にしなさすぎだろう。このお嬢さんは。
オーディールは、呆れを漏らした。
けれど、ミミングウェイ嬢はしれっと言ってのける。
「オーディールさんと踊れたらいいですよ」
不器用な男が故に。
オーディールには、その言葉の真意が分かりかねた。
何度も言うが。この男、武術以外は全くの門外漢である。
「? それどういう意味──」
だ? と、言おうとして。
けれど、その疑問を投げかけられる前に、ミミングウェイ嬢はオーディールの肩を叩き、ある方向を指差した。
「あ、見てください。あの方達すごい綺麗」
見てみれば、確かに、仮面舞踏会のダンスフロアに一際目を引く二人がいた。曲に合わせて、息の合った振りが決まっていて、一つ一つの所作に至るまで洗練されている。
それは、見るものの目を奪った。
けれど、オーディールは違和感にすぐに気づく。
「ん? あれを踊っているのは男同士か?」
そう、踊っているのはどちらも男同士だった。片方は獣人だろうか尻尾と立った耳が見受けられる。そちらの体格のいい方がエスコートし、そしてエスコートされる小柄な男性の方も慣れているのか、ごく自然にエスコートに身を任していた。
「みたいですね、どちらもタキシードで。息ピッタリですよ。仮面から溢れる長い銀髪もすごく綺麗……」
「銀髪……だと?」
確かに、目を凝らせば、踊る獣人の束ねられたその髪は銀髪だった。
さっきとは違う趣旨の嫌な予感に、オーディールは、携えている剣に手をかけた。
銀髪……、最近も目にした。月の化身のような銀の狼。奴も確か髪が長かった。そして、いま視線の先で踊っているのも獣人。
嫌な予感が、確信に変わる。
そして、曲が終わる。
曲のフィナーレに相応しいポーズをしっかりと取って微動だにしない男同士で踊っていた二人に、会場中の視線が集まっていた。
会場がどよめきに包まれる。
会場の客達も招かれざる客に勘づいたのか。
どよめきの中、意中の二人はおもむろに仮面に手をかけた。
「なんだ!?」
「あ、あれは……」
そして、それは正体を表した。
視線が集まる中、颯爽と仮面を投げ捨て脚光にその素顔を晒したのは──。
絶世の美しさを誇る長髪の銀狼と、金髪巻毛そばかす、そしてサファイアのような瞳の未だあどけなさを残す青年。
オーディールとつい先日相対したばかりの二人。
マーニ・コルネリウス、とその護衛騎士ハティ。因縁の二人だった。
「銀狼と王子!」
オーディールはその二人の姿が視界に入った瞬間、仮面を剥ぎ取り投げ捨て駆け出していた。ミミングウェイ嬢が心細そうに「あ……」と声を出していたことに気づいていたが、今は一緒にはいてやれない。
「だから、仮面舞踏会などやめろといったんだ!」
オーディールは怒号を上げながら剣を抜き放ち、スケラ大公を庇うように前に躍り出た。
剣を向けながら、敵を睨みつける。
これ以上、お前達の好きにはさせない。
オーディールは、こうして再び銀狼と王子の二人と対峙することとあいなった。
この国の全ての運命が、この仮面舞踏会をその舞台に、フィナーレに向けて収束し始めていた。
────────
────
──
まさか、仮面舞踏会にあの二人がやってくるとは……!
こんな事態になるとは、夢にも思わなかった。
他の警備の者は何をやってる!? いくら仮面舞踏会で仮面をかぶっているとは言え、何者かの手引きがなければ──、アンタか!? スケラ大公!!
もしもこの会場にあの二人を招くことができる、そして、動機があるとすれば、スケラ大公ぐらいなものだった。
スケラ大公!!
アンタは、この仮面舞踏会であの二人に何をさせるつもりなんだ!?
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
僕は、今朝、夢を見た。
父や、母、兄達、姉、妹、ハティのお父様。
亡くなっていった僕の大切な人たち。
みんなが頷いて、肩を抱いて、背を押してくれた。
それは、僕がしようと思っていることを、肯定してくれるようでもあって、応援してくれているようでもあって。
もしかすると、これは僕の頭が見たい光景を見せているだけなのかもしれない。
それでもいい。
今日という全てにケリをつけるこの日に、この夢を見たことはきっと運命だった。
今日だけは、ただのマーニ・コルネリウスではなく、コルネリウスの現当主マーニ・コルネリウスとして。
一族の誇りに懸けて。
僕──私はいま秘密のヴェールを脱ぎ捨て歴史の表舞台に立つのだ。
──
────
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