第3章

追走劇を終えて①

 マーニ・コルネリウス邸宅。

 冷たい満月が見下ろす中、ハティとマーニ両名が脱兎の如く逃げ出した後も、カフィー・オーディール、リリィ・ミミングウェイは屋敷の庭に留まったままだった。壊れた門扉越しに小さくなっていくその背中を、狼を模したヘルムを被った騎士──オーディールは憎々しげに見つめていた。

 お嬢さんを連れたまま、追うわけにもいかない。それに何より、自分は足を痛めている。痛みは引いてきたが、まだ万全というわけではなかった。オーディールは銀狼の騎士ハティとの戦闘で一撃足にもらっていた。だから、一旦、この場で二人を追うのを諦めたのだ。

 そこまではいい。

 だが、問題なのはその前だった。

 あろうことか。同行者であるミミングウェイ公爵家、そのご令嬢が、容疑者と切り結ぼうとする自分の前に躍り出て、容疑者二人を庇い立てたのだった。

 オーディールは激昂していた。追っていたハティとマーニ容疑者二人を目の前のお嬢さんのせいで取り逃がしたのだ。


「山ほどあいつらに殺されてきてるんだぞ。このまま取り逃したらどうしてくれるつもりだ!」


 気づけば原因となったミミングウェイ嬢を屋敷の壁に追いやり、詰め寄っていた。胸ぐらを掴み上げ、壁に押しつける。

 それに対して、ミミングウェイ公爵家令嬢。リリィ・ミミングウェイは静かに応えた。


「先程も、言った通りです。彼らだって被害者でしょう」


 それは、静かでいながら意思のこもった声音で。

 オーディールがその胸ぐらを掴む力が緩んだ。そして、胸ぐらを掴んでいた手を離し、力なく垂らす。

 オーディールもその事実は分かっているのだ。あの二人が、他にそうするしか術はなかったことも。革命派の貴族に勝手に祭り上げられ、公爵共から目の敵にされ、自ら革命派の貴族を狩って回ったあの二人は、きっと国の全てが敵に回ってしまった心地だったのだろうと、いくら普段無愛想なオーディールでも推しはかることはできた。

 それでも。

 見逃すわけにはいかないのだ。

 オーディールは、今は亡き王の王国騎士団であるが故に。

 影の法の守護者であるが故に。

 幾分、トーンが落ち着いた声音で、諭すように問いかける。


「お前のその優しさが、以降の被害者を産むとしても、か」

「それは……」


 ミミングウェイ嬢は、今度は言い淀んだ。

 優しさのために法の守護者へも意見するお嬢さんは、今度は優しさのために言葉を濁らせた。


「ごめんなさい。考えが足りませんでした」


 そして、自らの非を認め、その高貴な出のはずの頭を素直に下げた。

 だが、オーディールも謝られたいわけではない。

 ミミングウェイ嬢が言っていることは、間違っているわけではない。お嬢さんの立場、抱えている事情からすれば、あの行動は至極妥当なもので、あくまで自分とは立場が対立しているのだと告げてやる必要があった。

 だが、オーディールに、武術以外全て門外漢なこの男に、簡潔にまとめられるだけの器用さなんてものはなかった。


「──いい。協力者であるお前を託された俺が弱かったのが悪い。俺も状況を甘く見て、街中では、取り回しが悪いと本来の得物を持ってこなかった。それに、庇うものがいる同士、条件は同じ、お前だけが悪いわけではない」


 その言葉にミミングウェイ嬢は顔を上げる。

 不器用な男は、それに気づかずなおも長い口上を続けた。


「それに、お前のような無辜の民草を守るのが我々王国騎士団だ。確かに、甚だ迷惑ではあるが──、お前の想いが間違っているわけではない。兵士ではない人間としては、お前は正しい。

 お前の善良さを守れずして何が騎士団だ。何が法だ。

 だから、反省はするな。そのままでいろ」


 そして、オーディールはミミングウェイ嬢の責任と瑕疵を引き受けた。

 さらに、口上は続く。


「それに、俺は足をやられていた。お前が止めなければ俺の方が負けていたかも知れない。だから、お前の判断は俺の命を救っていたのかもしれない。

 たられば、だけどな」

 

 痛めた方の足のつま先で具合を確かめるようにトントンと地面を突きながら、付け足す。

 そうして、大体、言いたいことを一方的に全て捲し立てると、そこでやっと気づく。ミミングウェイ嬢の、いま自分は責められていたはずだったのでは? とキョトンとしている姿が、不器用な男の目に入った。

 なんとも言えない空気が二人の間に流れ、気まずさから「コホン」とオーディールは咳払いをする。

 なぜ、自分はこんなにもこのお嬢さんを庇い立てたのだ。

 武術以外全て門外漢の男が故に、オーディールには、自分の抱いている感情に説明がつけられなかった。

 モヤモヤする。

 と、ともかく、言いたいことは全て言ったのだ。

 誤魔化すように、オーディールは頭を振りながら口を開いた。


「スケラ大公の下に、報告に一度戻ろう」

「は、はい!」


 その言葉に、呆気に取られていたミミングウェイ嬢も異論はなかった。

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