手がかりを追って①
昼間の城下町は騒がしい。
城下町というのは、君主が構える街ということもあり、人の往来も多く、盛況になるものだ。大通り脇の果物屋には新鮮な果物が並び、酒場も昼間だというのに賑わっている。
そこを“狼”の騎士が歩いていた。
狼を模したヘルムを被った騎士、オーディールはイラついていた。
それと言うのも、城下町の捜査の途中、ずっと横について回る隣の人物に原因の一つがある。
スケラ大公に事情があるものを手伝いにつけると言われ、現場に現れたのが、喋るたびに一生懸命汗が飛んでいるようなエフェクトが出そうな、か弱そうな女性だった。
大きな丸メガネをかけ、純朴そうな顔立ち。その黒髪は二つのおさげで纏めている。ひょっとするとメガネを外し、髪型を変えれば、美人なのではないかとも思わなくもないが、いま纏っている雰囲気はなんと言うか、一言で言えば、芋、だ。
胸に抱いている鞄には溢れ出しそうなほど、と言うか実際に何かの紙が飛び出るほどに詰め込まれていた。資料、だろうか。
「何故にスケラ大公はこのような者を連れて行け、と」
「失礼ですね。私はこれでもミミングウェイ公爵家の者と言ったはずですよ」
「はぁ……」
オーディールのため息には『だから、なんなのだ』というぼやきが見え隠れしていた。
丸見えだった。
そして、沈黙が二人の間に横たわる。
二人は、スケラ大公に出会わせられてからというもの、ずっとこの調子だった。
『はじめまして、ミミングウェイ公爵家のものです。リリィ・ミミングウェイと申します。よろしくお願いします』
『……カフィー・オーディール。王国騎士団の、団長だ』
王国騎士団の訓練場に出向いてきたあちらと出会って、簡易的な自己紹介を済ませて以来、特に話さない。ただついてくるだけ。
人見知りをするのか、自己紹介以降向こうから話を振ってこない。別れ際に『また明日もよろしくお願いします』と頭を下げられ、出会い頭に『本日もよろしくお願いします』と頭を下げられる。それぐらいの事務的な会話だけだった。
数日、共にいるというのに、ただ現場を回るのについてくるだけだった。もしかすると、邪魔しないように口を挟んでこないのかもしれないし、もしかすると、年上の無愛想な顔をヘルムで隠した男が怖いのかもしれない。だが、それにしたってだ。
ならば、オーディールから話しかければいいのかもしれないが、あいにくと、オーディールは年下のお嬢さんに話すことなど、特に何もなかった。この男、武術以外は門外漢である。
お互い、距離感を測りかねていた。
進展はなかった。同伴者との関係性も、捜査も。
いや後者はあっても、困るのだ。
捜査に進展があれば、それはつまり殺人者と相対するということを意味するのであって、その場合、隣にいるこの脆弱な存在を守らなければならない。
自分を護衛につけたいというからには、要人なのだろうというのはオーディールも分かっていたけれど、にしたって、公爵令嬢という全く連続殺人事件の捜査には連れていくべきではない身分のもの。これでは、子守を言いつけられたようなもので。
どう考えても足手纏いだった。
そこで出たのがさっきのボヤキだった。自己紹介以来の定型句以外での初の会話がこれである。
バッドコミュニケーションもいいところだった。
だが、それで構わないともオーディールは思っていた。
もう数日も付き合ってやったのだし。
それになにより。
「……生憎だが、俺は貴族というものがいけすかない」
オーディールは露骨に不機嫌を出す。それは半分本音半分親切心でもあった。
お嬢さんが、殺人事件の捜査に出張るなんて、よしなさい。
一応、年下の女性ということもあり、オーディールには珍しく気を遣っていた。優しく諭すよりも、自ら嫌われた方がおそらく早い。
そもそも優しく諭すなんてこともできない。この男(以下略
「どうしてです」
けれど、不機嫌の部分しか伝わらないし、それで諦めるということもない。
このお嬢さん、公爵令嬢のくせに腹芸が自分以上にできないのらしいとオーディールは心の内で嘆息した。
「いらんことばかりするからだ」
お前も含めて。
オーディールは不機嫌を隠さず、続ける。
「確かに、スケラ大公のように真っ当な治世を敷き、民のために尽力する貴族もいようものだが、無駄に着飾り、ブクブクと太っては、政略争いに直走り、こうして俺は城下町を捜査していたりするわけだ」
そして、肩をすくめて見せる。
「偏見がすぎると思いますが」
ミミングウェイ嬢は静かに不服を申し立てるが、今更、政界で長年戦ってきた騎士が、お嬢さん一人の不満の言葉で変わることはない。
「そうか、俺は王国騎士団の者として色々見てきたがな」
偏見と言われるには、具体例が多すぎた。
オーディールは公爵や大公すらも裁き得る王国騎士団の団長として、影から数々の政争を眺めてきたのだった。血みどろの、足の引っ張り合いだ。
「では、私がその偏見を払拭してみせましょう」
「ほぅ?」
売り言葉に買い言葉、気が弱そうなこの女性にしてはやけに強気に言い返してくるものだから、オーディールは少し感心した。
意外と、気丈な奴なのかもしれないな。
そして、思いの外、よく喋る。もしかすると、向こうも取っ掛かりを求めていたのかもしれない。
「私、失せ物探しが得意なんですよ。ですから、貴方の役に立った暁には、貴族への偏見を改めていただけると嬉しいです」
「まぁ、考えてやらんでもないが……」
それはあくまでお前一人に対しては、という言葉をオーディールは呑み込んだ。
少なくとも、スケラ大公は何か意図を持って、このお嬢さんをよこしたのだ。ならば、やる気になってくれるのは都合がいいし、それがきっとこのお嬢さんの役割なのだろう、と。
ステレオタイプなものの見方にはなるが、目の前のお嬢さんは大きな眼鏡をかけていたり、書類の詰まった鞄を持っていたり、頭は回りそうではある。
それに確かミミングウェイの一族と言えば、知に精通する名家だったな、とオーディールは記憶していた。
「とは言っても、実は、私もスケラ大公も犯人のあたりはとっくについているんです」
「何?」
予想外の言葉に、オーディールはヘルムの下で眉を吊り上げる。
「なぜそんな大事なことをすぐ言わない」
「まだ状況証拠しかないので」
「なんでもいいから話せ」
スケラ大公もそうだが、こいつらは、あれか、確証がないからと結論を言わないで匂わせ続ける、うざい名探偵かなにかなのか? と、オーディールは苛立ちを募らせていた。以前、とある白獅子の探偵に、『名探偵っていうものは結論は話さないものさ』と言われたことがあったのだ。
これまで数日現場を彷徨いていたのが、無駄になった。
もっとも、推定無罪で憶測を振り翳さないのは、良識があり、優しく理性的であり遵法精神に富むという美徳ではあることは法の守護者であるオーディールもよくよく分かってはいるのだが、実際、側にいるとクソめんどくさいものなのだ。
協力者にぐらい、しっかり考えを話せ。
「長くなってしまうんですが……」
「いい、聞いてやる」
この期に及んで、言い淀むミミングウェイ嬢に苛つきながら、オーディールは辛抱強く促す。
「それにはまず私の身の上話もしなければならないんですが……」
「分かった、そこの宿に一旦部屋を借りよう」
確かに、ミミングウェイ嬢は公爵令嬢の身であるから、聞かれてはまずい話もあるのかもしれない。ちょうど、大通りのすぐそこに酒場があった。酒場の上は大体宿屋も兼任している。
オーディールは宿屋を指差した。
「え、でも──」
「いいから!」
それでも、及び腰のミミングウェイ嬢にピシャリと言いつける。
多分、目の前のこいつは嫌な奴じゃないということを、オーディールには分かっていた。出会い頭、別れ際に、きちんと礼と挨拶を欠かさない奴なのだから。多分、今の『え、でも──』も、金など気にしているのだろう。だが──、遠慮にするにしたって、加減を考えろ!
オーディールは、ミミングウェイ嬢を有無を言わさず、宿に引っ張っていった。
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