城館攻略戦⑦

「……父も兄妹たちも、みなコルネリウスの者です」


 そして、マーニ様は自らの思いを語りだす。

 ゆっくり、ゆっくり自らも噛み締めるように。


「コルネリウスに生まれた者は、みな覚悟してきたと僕は聞きました」


 マーニ様は、私の方へ視線を走らせる。

 私が頷くと、マーニ様も頷いてくださる。

 私はコルネリウスのことを教えてと、マーニ様から申された際、いろいろな話をしたのですが、そのことを話すようでした。


「王位を捨て、国の責務を捨てたその血族なのだから国に殺されようとそれは仕方のないことだ、と。ボゴテンシスもアマビリスも咎人なのだと」


 だから、伯爵が口にした、コルネリウスの者は他の公爵どもと違って横暴を振るうことはなかったという話ですが。

 それは当然なのです。

 コルネリウスにはこの国に負い目があるのですから。

 公爵と言っても、名ばかりの、公爵なのですから。

 だから、コルネリウスの者はアマビリスの血族しか、従者につけることはないのだし、普段の生活も、アマビリスの者とだけ過ごすのです。

 マーニ様は、続ける。


「兄は、僕にコルネリウスの責任なんて負わなくていい、と、度々言っていました。そして、父は病弱な僕にハティをつけてくれて、僕が一番外に出ないから一番生き残る可能性が高いとハティに僕を託して、そして、結局、僕以外みんな亡くなっていきました」


 そう、ソール様ではなく、末のマーニ様に私がつけられた理由。それはマーニ様の体が病弱が故なのでした。最後に生き残るのは、病死しない限り確実にマーニ様で、マーニ様しか生き残らなかった場合、抗う術がマーニ様には必要でしたから。

 マーニ様のお父君はそうなることを最初から予期していたのです。


「父も兄も、他のみなも運命を受け入れていた。ならば、その誇りをどうして穢せるものか! お前たちの私利私欲と一緒くたにするな! コルネリウスの者を侮辱するな! 兄は、そんなことは望まない! 少なくとも、僕に血みどろの政争などしなくていいと言ってくれた兄は、絶対に、だ!」


 確かに、マーニ様は私から教わるまで色んなことを知らなかった。

 けれど、知らないからと言って何も分からないわけじゃない。

 そこには、確かに家族の絆があったのです。

 マーニ様は、一度大きく息を吸い込んで、一層語気を強めた。


「復讐よりも、この国の方が大事に決まっているだろう!!」


 マーニ様の細い体のどこから、そんな大きな声が出るのかと驚くほど、それは館中に響き渡りました。それは鎧の男リチャードの、最期に世界を呪う慟哭よりも、きっと。

 マーニ様の意思は、はっきりした。

 ここまででしょう。


「……命乞いをしたいのであれば、革命など諦めると言うべきだったのですよ。愚か者ですね」


 言いながら、マーニ様の意思を受け、私はマーニ様の前に立ち、剣を抜き放ち構える。

 勿論、伯爵に向けて。


「擦り寄った王の末裔に、国への謀叛を咎められ処断される。過ぎた野心を持つ者にとっては、おあつらえな末路でしょう」


 首に剣を当てると、さっきまでしおらしくしていた伯爵は目に見えて慌て出す。


「ま、待て──」


 この期に及んでまだ命乞いをするか、と呆れを漏らす私に代わって、マーニ様が口を開いた。


「貴方達は、ハティにずっと刺客を差し向け続けていましたね。どれだけの人が死ななければならなかったと思ってるんです? 今だって、沢山の人に貴方は守られて、沢山の人が死んでいった」

「それは、お前達が殺したからだろう!?」


 もう、マーニ様にすら敬語を使わない。この男は思い通りにならないとなるや否や、敬意すら払わないのだ。

 馬脚が完全に現れていた。

 結局、この男のマーニ様への敬意などその程度のものだったのだろう。


「そうですね、この場ではそうかもしれません。ですが、口火を切ったのは貴方達が先です。僕は貴方を許しません。ハティ、お願い」

「ええ、喜んで」


 元より、そのつもりでした。

 私は、マーニ様の剣ですし、何より、こんな戦いとっとと終わらせるに限るのですから。


「た、頼む。命だけは……」


 まだ命乞いを続ける伯爵に、往生際の悪いと呆れながらも、せっかくだからとずっと心の端で気になっていたことを問いかけてみる。


「その言葉を貴方は公爵に言われた際、トドメを刺さないのですか?」

「それは……」


 伯爵は口籠る。

 でしょうね。それ自体が答えでした。


「であるのなら、残念ですが諦めてください」


 キッパリと言い放つと、伯爵は両肘両膝をついて、項垂れる。


「ああ……」


 その嘆きは、もう言葉にもなっておりませんでした。

 もう命乞いの言葉も尽きましたか。


「地獄の底で従者達に詫びなさい」


 その言葉を皮切りに、私は無造作に剣を振った。

 赤い花が咲いて。

 ゴロゴロと頭が血の轍を絨毯に残しながら館の廊下を転がって、壁にぶつかって、そして止まった。

 私は、「ふぅ」と息を吐いて、剣の血を払い、鞘に収めた。

 戦いより、この男の妄言に付き合う方が疲れてしまった。

 ともかく、これで終わった。

 ハインリヒ・フォン・ゼッケンシュタイン伯爵の絶命をもって、現存する革命派の殲滅が完了したのです。残党もいるでしょうが、それは残しておいた方が、公爵との交渉もできるでしょうから。

 私はマーニ様に向き直り、ひざまづく。


「これで革命の芽は摘めたかと」

「そっか。ありがとうハティ。ずっと一人で戦わせてしまった」


 マーニ様は申し訳なさそうにしてくださるが、間違いなくこの戦いで、マーニ様はその役割をしっかり果たしてくださっていた。

 主君でありながら、共に戦地に出向き、指揮で私をサポートし、そして、此度の戦いでは自ら決定打を打ってくださった。これ以上を望むべくもないだろう。


「いいえ、貴方様の大義をお手伝いすることができたこと、これ以上ない誉れだと思っております」


 そして、見上げるマーニ様の顔は戦いが終わったというのに、浮かない顔をしていて。


「これで国民たちは明日からも変わらぬ平和を享受できる。これでよかったよね。沢山の人を殺してしまったけれど……」


 マーニ様は襟元をギュッと掴んでは、転がっていった伯爵の頭を見つめている。

 やはり、マーニ様は心お優しい。

 あんな男でもきっと、死んだからには、その死を悼む気持ちがあるのだ。

 ですが、今は、そんな顔をしてしまう慈悲深いマーニ様を守り切ることができた、それだけで私はよかったのです。

 こんな、宝物のような人を絶対に踏み躙らせたりなどしない。

 私は、そんな想いを込めて、マーニ様の問いに頷きました。


「ええ」


 マーニ様は一度目を閉じ、深く息を吸うと、何かを自分の中で区切りをつけたことができたのか、頷くと目を見開きました。

 そして短く一言。


「帰ろう」


 私は、立ち上がってマーニ様の手を引き先導して歩き、私とマーニ様は死体が散らばる死屍累々の館を後にしたのです。

 こうして、私とマーニ様の戦いは、一端の終幕を迎えたのでした。

 

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 ──


 馬を走らせ、夜の冷たい空気を切り裂き、駆けていく。

 月がとても綺麗な夜でした。

 マーニ様を腕の中に収めながら後ろから手綱を握っていると、マーニ様の体の薄さをよく実感してしまう。この吹けば、折れてしまいそうなか弱き命を自分は守り切ることができたのだ、と。

 革命を無事に食い止めることができたのだ、と。

 革命派がいなければ、公爵どもと交渉をすることも叶うかもしれない。まだ予断はできないですが、一先ずの休息は得ることができそうでした。

 そう、この時の私は安堵していたのです。

 ですが、私はまだ知らなかった。

 私とマーニ様の戦いはここからが本番だったのです。

 

  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 どうしてこうなった。

 俺は、スケラ大公から捜査を任されて以来というもの、思うように動けずにいた。

 それというのも、話を聞く刑吏がどいつもこいつも『何も知りません』と口を割らない。

 その場を受け持っている、刑吏だ。何も知らないわけもないだろうに。

 仮にもその地域の秩序を守るための刑吏だろうが! ふざけてんのか!

 それに加えて、スケラ大公に託された『手伝い』だ。

 これでは、危険を冒して踏み入った調査ができない。

 恨みますぞ、スケラ大公!

 捜査の間、俺は雁字搦めになってしまった思いだった。

 だが、俺の思いの外、事態は急転直下の動きを見せることになる。

 スケラ大公……、貴方はこの事態をどこまで読めていたんだ?

 

 ──

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