月王子は夢を見る②
「兄様……」
いつの間にか、夢から覚めていた。
夢から覚めた僕は手を伸ばした状態で泣いていた。
夢から覚めれば、まだ未明で。夢の中とは違う、小さな簡素な作りの部屋だ。ベッドやクローゼット、サイドテーブル、必要最低限の家具しかない。あんなにあった本も今はベッド脇のサイドテーブルの上に、二、三冊戯曲集が残るばかり。──どれも兄様が買ってくれたものだ。暗がりで、身を縮めて、鼻を啜る。
本当に惨めな奴だなと我ながら思った。
僕は、あんなにも大事にしてくれていた家族が背負っているものを何一つとして知らなかったのだ。こんなにも情けないことが他にあるだろうか。ただただ一方的に守られて、その事を知らず、感謝することもできず、兄様は殺された。兄様だけじゃない。兄様の下の兄、そして、姉、妹。父と母、ハティのお父様。
みんな僕の知らぬ間に手からこぼれ落ちていってしまった。
そうこうして僕が膝を抱えたままクヨクヨしていると、コンコンと寝室の扉をノックされる。
「どうかなされましたか」
そして、柔らかな声音。
ハティだ。
きっと僕が夢を見ているうちにうなされているか、大きな声を上げたりして、気づいて様子を見にきてくれたのだろう。
僕は、目を乱暴に拭い、ベッドを抜け出した。
泣いている場合などではない、僕にはやらねばならないことがあった。
自室の扉を開けると、水差しの盆を持った銀狼の騎士──ハティがそこには立っていた。
「ハティ、おはよう」
「おはようございます、マーニ様」
挨拶を交わす。
なんてことはないやりとりのようでいて、その実、ハティは心配の表情を浮かべていた。ハティは部屋に入ると、そのままサイドテーブルの本の脇に水差しの盆を置いた。
「どうしました? うなされていたようでしたが……」
やっぱり、ハティは僕を心配しに来てくれたのらしい。窓から差し込む、未明のまだ薄暗い朝になる前のぼんやりとした外の明かりを受けながら、コポコポと水差しから水を注ぐ銀狼のハティはやはり絵になるな、と思う。光り輝いて見えるのだ。少しの光でも、己が何かで、増幅する何かをこの銀の騎士は持っているのだ。
まるで、月のように。
僕は、自分だけの忠臣に頷いた。
「うん……、兄様のことを夢で見て」
「ああ、そうでしたか」
水を注ぎ終えたハティは顔を曇らせながら、僕を抱きしめて、あやすように背中を叩いてくれる。
けれど、僕はハティの胸に手をついて、抱きしめてくれる庇護者から、ゆっくりと身を離した。
だって、僕は、今は、コルネリウスの当主、唯一遺った生き残りなのだから。いつまでも甘えてはいられない。
そう、このままではいられないのだ。
「ハティ、お願いがある」
僕は、意思を込めて、けれど、静かに口に出す。
ハティも、僕の真剣さが伝わったのか、僕を労る庇護者の顔から僕に仕える騎士へと、その表情を変えた。
「はい、なんなりと」
「コルネリウスのことを教えて」
僕はコルネリウスの者として、沢山のことを知る必要があった。
少しでも知ってしまったのならば、もう知らないままではいられない。
無知は最大の罪なのだから。
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────
──
ハティは僕にいろんな話をしてくれた。
コーレリア初代王──ボゴテンシスはどのようにしてこの国を興したのか。
コルネリウスの家のその略歴、そして、なぜボゴテンシスが王権を捨て去ったのか。
ハティが、そして、その銀狼の一族がなぜ僕たちコルネリウスの者に忠誠を誓い、付き添い続けてくれるか。僕たちコルネリウスはなぜ銀狼しか従者につけないのか。
なぜ父が他の兄妹ではなく僕にハティをつけてくれたのか。
僕は今更になって知るべきことを知ることができたのだった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
俺はこの国を守るために、決して、揺らいではいけない。
この国を王と共に起こした神祖アマビリスに誓って。
──
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