第16話 「カップルごっこ」

 映画を観終えたあと、昼ごはんを食べようとなり駅前のファストフード店に入った。


 休日の昼間とあって、店内はなかなか賑わっていた。

 中高生のグループ、家族連れ、カップル。

 そんな中、先輩と俺は、窓際の2人席に座っていた。


「ふ~、ポップコーンじゃ物足りなかったわ~!」


 そう言って頼んだのは、チーズバーガーとポテトとシェイク。

 糖分&塩分全開なラインナップだ。


「少年、食べなよ~。はい、ポテトあげる!」


「あ、ありがとうございます……」


「でさ~、さっきの映画、やっぱあのシーンが一番怖かったわけよ!」


「あれですか? 最後の鏡のやつ」


「そうそう! 鏡で後ろ振り返ったらうっすら見えてるやつ!あれ、反則だよね〜〜〜! あたし、ああいうのマジで無理!」


「なんで無理なのにホラー映画にしたんすか」


「ええ〜なんでなんだろうねぇ、私も分からないやぁあはは〜」


 笑いながらポテトをかじる先輩。

 映画館でビビって俺の腕つかんだことは、ちゃっかりなかったことにされている気がする。


 ……まぁ、それはそれで助かる。

 あれ、正直ドキドキがホラー超えてたから。


「……って、ん?」


 その時。

 背後から小さな声が聞こえてきた。


「え、ちょっと待って……あれ白河先輩じゃない?」


「マジで!?うそ……彼氏? あの子誰? 見たことなくない?」


 一瞬で、空気が変わる。


 先輩もすぐに気づいたようで、ポテトを止めた。

 少しだけ視線を下げ、口元に手を当てながら、俺の方に顔を寄せる。


 口パクで「ごめん」、続けて「演じよっか?」。


「……え?」


 どういうことだ……?

 小声で返してみたが、もう先輩は“スイッチオン”だった。


「ねぇ〜、はるく〜ん!」


 急にあだ名呼び!?

 ちょっと待ってそれは早すぎる――


「はい、あ〜んして〜?」


「っ……えぇ!?」


「ほらほら!いっつもみたいに私にあーんさせてよぉ、はい!あ〜ん」


 わけも分からないまま、俺はポテトを口に突っ込まれた。

 見られてる。あの後ろの女子たち、明らかにこっち凝視してる。

 うーん、考えるにバカップル演技をすることで、こんなこと千春先輩はするはずがない!だから違う!って思わせる戦法だろうか。

 まぁそんなとこだと思うから俺が今できることはそれに乗るしかない。

 にしても……


(これは恥ずかしすぎる……!)

 

 いきなりあだ名で呼ばれてドキッとしたかと思えばポテトをあ〜んされる。

 だが、それはまだ序章だった。


「あ〜もう、はるくん、ほんと〜に好きっ!」


先輩が、わざとらしく、でもどこか自然に、俺に向かってそう叫んだ。


……店内、静まる。

いや、そこまで全体じゃないけど、少なくともあの女子グループのテーブルは完全に黙った。


 俺は言葉を失って、ポテトを咀嚼することすら忘れて固まっていた。

 ふと我を取り戻して、


「ちーちゃん、お、俺も好きだよ〜?」


 そう言った。


「「………………」」


(後ろからの視線が痛い……!?さっきまで普通の休日だったのに……!)


「え、なにあれ……白河先輩、あんなキャラだったっけ?」


「意外とああいうの、ノリでやっちゃうタイプなのかも……」


「てか、彼氏の子、リアクション死んでない? ガチじゃない?」


 そんなひそひそ声が、耳に痛いほど届く。

 千春先輩じゃなかったのかな、見間違えか、そんな結論に至ったようで2人組は自分の食に戻った。


 そんな二人に対して俺の前の席の人は超満足そうだった。


「ふ〜〜、演技終わり! 疲れた~!」


 先輩はドリンクを一口飲んで、椅子にぐったりもたれた。


「……ちょっと、やりすぎじゃないですか」


「え〜?でも誤魔化せたっぽくない?“そっかそっか、ただのリア充か”って思わせとけばそれ以上踏み込んでこないでしょ?」


「まあ……結果的にはそうかもしれませんけど……」


「でもさぁ、ちょっとはドキドキした?」


「……は?」


「ふふふっ、陽真くん、めっちゃ顔真っ赤だったし~!」


「そ、それは……反則的な攻撃だったからで……」


「ふーん?じゃあ、次はもっとナチュラルに攻めるべきかな~」


「やめてください、本気で心臓に悪いです……あと勝手にちーちゃんて呼んでごめんなさい……」


 なんだか謎に乗ってしまった結果変な風に先輩のことを呼んでしまった。それは謝っとかないと……そう思ったが、


「全然!むしろ呼んでくれてなんか嬉しかったぞ〜」


 そう言い頭を撫でられる。


「な、なんですか……!」


「いいじゃん、さっきのカップルごっこの延長だよ!」


 ドリンクのストローを噛みながら笑う先輩。

 ほんとこの人は、ペースを握るのが上手い。

 こっちは完全に翻弄されっぱなしだ。


 でも、嫌じゃなかった。


 不思議な安心感がある。

 どれだけふざけても、茶化されても、どこか本気じゃないことが分かる。

 だけど――本気じゃないはずなのに、時々、本気みたいに感じる瞬間があって。


「……ほんとに、恋人っぽかったな」


 それは心の中だけで呟いた。

 口に出す勇気は、まだない。


 でも、たぶん今だけは――一瞬“慰め係”じゃなくて、“それっぽい相手”になれた気がした。


「ねえねえ、少年」


「はい……」


「なかなか役者じゃん? 次回作、楽しみにしてるからねっ!」


 そう言って、ウインクをかました先輩の笑顔が、妙にまぶしく見えた。

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