第15話 「なぜかホラー映画を見ることになった」

「よし、それじゃあ私が今日は少年を外の世界へ連れ出すためのデートプランを考えてきたから!」


 そう言ってニコッと笑う千春先輩。

 デ、デートプラン?

 俺がその言葉に戸惑っていると千春先輩は気づいたのかニヤッとして、


「少年、いまデートプランって言葉にビクってしただろ?」


 そう言って面白そうに言う千春先輩。


「ま、まぁ……」


「やけに素直じゃん……まぁ行こっか!」


 そう言って歩き出す先輩。

 俺はその背中を追いかけた。




 

 ******




 着いたのはショッピングモール、最初に映画館へと向かった。

 どういう風の吹き回しなのかホラー映画を見ることになった。

 いやなんでだ。これが俺を外の世界へ連れ出すための……?

 まぁいい、千春先輩ってたまに掴めない時がある、今はその時なのだろう。

 気付けば上映開始まであと20分程。


「少年、ポップコーンは塩派?キャラメル派?」


「えっと……塩、ですかね」


「うーん、甘いのいこっか! 今日はデートだから!」


「えっ」


「嘘だけど~?」


 サラッと言ってサラッと否定する。

 この人はほんと、こっちの心拍数をいちいち乱してくる。


 先輩が買ったのは、キャラメルポップコーンと、炭酸系のドリンク。


 俺たちはロビーのベンチに腰をかけて、それをつまみながら映画の話を始めた。


「ホラー映画、久しぶりかも」


「……マジですか。苦手って言ってませんでした?」


「言ったっけ?」


「いや、だって……」


「ふふ、実はちょっとだけ怖いけどね。でも、隣に誰かいれば大丈夫かなって思って?」


 先輩はそう言って、いたずらっぽくウインクした。


(え、そういうの、ズルくないっすか……)


 冗談にしては威力が強すぎる。

 俺は完全にペースを持っていかれていた。


「ま、少年が情けない顔してくれると逆に落ち着くかもね~」


「……ほんとに観たいんですか?」


「うーん、まあ、ちょっとは? でも一緒に観るなら何でもいいやって感じ!」


 さらっと爆弾を投げるな、この人は。

 ……いやまじでなんでホラー映画にしたんだ。





 ******




 


 映画が始まると、最初の数分は静かだった。


 でも、徐々に不穏なBGMが流れ始め、

 不自然に静まり返った空気の中、画面の中で“何か”が動く。


「っ……!」


 隣から、微かに息を呑む音がした。

 千春先輩が、俺の腕をぎゅっと掴んできた。


(うお……!?)


 不意打ちすぎて心臓がバクつく。

 けど、本人は意外と平然とした顔をしていた。


(いや……これはあれか、無意識か)


 こっちはいろんな意味でドキドキしてるというのに、先輩はその後も淡々とポップコーンをつまんでいた。


 一方の俺は、ストーリーよりも隣が気になって仕方がない。


 映像が揺れ、暗転し、画面の奥から「ドン!」と音が鳴る。

 思わず肩をすくめて目を伏せる。


「ぷっ」


(えっ)


 視線を感じて横を見れば、先輩が口元を抑えて笑っていた。

 周りにあまり人がいないということもあり小声で喋りかけてきた。


(ねぇ、少年、今のビビリ方ヤバかったね。肩めっちゃ跳ねてた! あは……!)


(ちょ、まじでやめてください……!)


(いや~、少年のビビリ芸、最高でした!)


(芸じゃないです……)


 俺がホラーよりもダメージを食らっていたのは間違いなくこの人のせいだった。

 

 そして映画はいつしか終わった。

 今は映画館から出て2人並んで感想を言い合っている。


「いやー、あの幽霊の演出、地味に効いたね~」


「それより、ポップコーン食べすぎじゃないですか?」


「しょうがないよ、緊張を紛らわすためには糖分必須だもん。それにさ~」


「はい?」


「なんだかんだ、誰かと一緒に観ると楽しいね。怖いけど、笑えるし、ドキドキもするし」


 先輩はそう言って、笑った。


 その笑顔が、いつものふざけたやつじゃなくて。

 どこか、“ちゃんと楽しんでくれた”感じがして。


「……俺も、楽しかったです」


「でしょ?」


「でも、あの距離……普通じゃない気がしたっすよ」


「ん? なになに、少年の告白かな?」


「ち、ちがいます!」


「ふふ、冗談だってば~」


 またからかわれてるのに、今回はちょっとだけ嬉しかった。


 映画の中の演出よりも、

 隣で笑ってる先輩の声の方が、俺にはよっぽど心臓に悪かった。


 それでも――また、観に行きたいと思った。


 次は、ホラーじゃないやつで。


 

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