第11話. : 嵐の前の情報整理



クロノスの喧騒が嘘のように静かな、ギルドの一角にある談話室。カイとリリィは、借り受けたその個室で、ようやく一息ついていた。「忘れられた工房」からの命からがらの脱出は、二人を心身ともに消耗させていた。テーブルの上には、気分を落ち着かせるための温かい飲み物(リリィがどこからか調達してきた、カフェインの代わりに微弱な回復効果があるという薬草茶)が置かれている。


「……改めて整理しましょう。工房で分かったこと」

カイは手元のメモ帳(ゲーム内の機能だ)に書き留めた情報を確認しながら、口火を切った。


「まず、オートマタ・サーカスが作っているのは『境界位相変調器』。名前と、設計図の断片から推測するに、ブリード現象…現実と仮想の境界を意図的に歪め、加速させるための装置、と考えて間違いないでしょう」

「うん。しかも、クロノス・コアと同期させようとしていた。もし完成したら、ゲーム世界どころか、現実にもっと大規模な影響が出るかもしれない。それこそ、世界を作り変えるレベルでね」


リリィも深刻な表情で頷く。


「次に、彼らがクロノタイト結晶を使っていること。そして、そのために高レベルの機工師を『被験体』として利用していること。日誌には『代わりの部品はいくらでもある』とありました。彼らにとって、プレイヤーは使い捨ての道具でしかない……」


カイの声には、怒りと嫌悪感が滲む。


「許せない話だね。拉致された人たち、助け出せないのかな……」

「現状では難しいでしょう。工房の警備は厳重でしたし、下手に手を出せば、彼らの命も危うくなるかもしれない」


「そして、『指揮者』と呼ばれるリーダーの存在。全ての計画を指示している黒幕……。そいつを特定しない限り、根本的な解決にはならないでしょうね」

「だね。あと、気になるのは日誌にあった『境界融解は想定以上に進行。我々の実験の影響か、コア自体の変調か?』って部分。もしかしたら、ブリード現象は、あいつらのせいだけじゃないのかもしれない」

「クロノス・コア自体にも、何か異変が起きている……? 灯守も『クロノス・コアは見かけ通りの存在ではない』と言っていました。全てが繋がっている気がします」


最後に、灯守の存在。彼(あるいは彼女)はオートマタ・サーカスの計画を把握し、それを妨害しようとしているらしい。そして、カイたちに情報を与え、導こうとしている。だが、その目的は依然として謎に包まれている。


「……情報量は増えたけど、謎も深まった感じだね」


リリィはため息をついた。


「それに、一番の問題は、あいつらに顔を見られた(あるいは侵入の痕跡を残した)可能性があること」

「はい。工房から脱出する際、かなり派手にやり合いましたから。僕たちのことを調べている可能性は高いです」

「となると、しばらくは目立った行動は控えた方がよさそうだね。下手に動いて尻尾を掴まれたら、今度こそ逃げられないかも」

「同感です。アバターの外見も、少し変えておいた方がいいかもしれません。装備を変えるとか、一時的に変装アイテムを使うとか……」

「そうだね。私も、ちょっとした『隠れ家』はいくつか用意できるし、情報網を使ってあいつらの動きを警戒しておくよ」


リリィは頼もしく言う。彼女の言う「情報網」や「隠れ家」が何なのか、カイは気になったが、今は尋ねる時ではないだろう。彼女が持つ、ただのプレイヤーではない側面が、今は頼もしかった。


カイは現実世界に戻ってから、健二にも連絡を入れた。工房での出来事の詳細は伏せつつ、オートマタ・サーカスが非常に危険な存在であり、自分たちが彼らにマークされた可能性があることを伝えた。


『マジかよカイ! おいおい、それってゲームの中だけの話じゃねえんじゃ……大丈夫なのか!?』


健二の声は、いつもの軽薄さとは違い、真剣な心配の色を帯びていた。


『ああ、なんとか大丈夫だ。でも、しばらくは迂闊に動けない。健二も、あまり俺たちのことを他の奴に話さないでくれ』

『わ、分かってるよ! くそ、俺にもっと何かできれば……そうだ、現実の方で何か動きはないか、ニュースとかネットとか、もっと注意して見ておくよ! 原因不明のシステム障害とか、変な目撃情報とか、最近ちょっと増えてる気がするんだよな……警察とか、政府の機関とかも動いてないか……』


健二も、事態の異常さを肌で感じ始めているようだった。彼の現実世界からの情報が、今後の突破口になるかもしれない。カイは、友人の変化に少しだけ心強さを感じた。


再びエリュシオン・ゲートに戻り、カイはリリィと今後の具体的な方針を話し合った。


「直接的な行動が難しい以上、今は情報収集に徹するべきでしょう」


カイが提案する。


「賛成。焦って動いても、奴らの思う壺だ」


リリィも同意する。


「具体的には?」

「いくつか考えられます。一つは、『指揮者』の正体を探ること。オートマタ・サーカスのメンバーの行動パターンや、過去の発言などから、何か手がかりが見つかるかもしれません」

「なるほど。二つ目は?」

「『灯守』への接触です。彼(彼女)が何者で、何を目的としているのかを知りたい。こちらからコンタクトを取る方法を探るか、あるいは次の接触を待つか……」

「怪しい奴だけど、敵じゃない……と信じたいところだね。三つ目は?」

「『闇市場』です。オートマタ・サーカスがクロノタイト結晶を入手しているルートを探れば、彼らの資金源や協力者が見えてくるかもしれません。ただ、これもかなり危険が伴います」

「そうだね。闇市場なんて、ロクな奴らがいないだろうし」リリィは肩をすくめた。「あとは、あの『境界位相変調器』そのものについて調べることかな。弱点とか、完成に必要な条件とかが分かれば、阻止する方法が見つかるかもしれない」


いくつもの調査項目が挙がったが、どれも一筋縄ではいかないだろう。


「……結局、地道に情報を集めて、チャンスを待つしかなさそうですね」


カイは結論づけた。


「まあ、そういうことだね。焦りは禁物。今は力を蓄える時ってことかな」


リリィは薬草茶を飲み干し、カップを置いた。


「よし、じゃあ、しばらくは『普通のプレイヤー』として過ごしますか。レベル上げしたり、生産スキル上げたり。目立たないようにね」

「そうですね。僕も、機工師としてのスキルをもっと上げて、いざという時に備えます」


二人は頷き合い、談話室を出た。クロノスの街は、相変わらず活気に満ちているように見える。だが、その水面下では、オートマタ・サーカスの計画が進行し、灯守が暗躍し、そして現実世界への侵蝕(ブリード)が静かに広がっているのかもしれない。


嵐の前の静けさ――カイは、そんな言葉を思い浮かべていた。次に大きな動きがある時、自分たちはそれに立ち向かえるだけの準備ができているだろうか。不安と決意を胸に、カイは雑踏の中へと歩き出した。




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あとがき

第11話、お読みいただきありがとうございます!

オートマタ・サーカスに警戒し、一時潜伏と情報収集期間に入ったカイとリリィ。健二も現実世界での動きを気にするようになり、物語は次の展開への助走期間に入ったと言えるかもしれませんね

しかし、水面下では様々な思惑が動いているはずです。この静けさがいつまで続くのか……?


それではまた次回!

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