第8話

 アロウス王国との国境付近に建てられた軍事施設。普段は国境を見張る役割を持ち、非常時は軍事拠点となる建物。これまでほとんど利用がなかったのか、埃っぽい空気にさびれた雰囲気。急いで整理したのか乱雑に配置されたテーブルや椅子が余計に緊迫した空気を招いているように感じられる。

 プランに駐屯する兵士の上層部と帝国本軍から派遣された佐官含めた軍人が一堂に会する。その目的は国境付近に展開された敵対国――ランド共和国の対応についてである。


「状況に変化はありません。依然としてランドの軍は国境に居座っております。アロウスに確認の連絡を入れていますが反応は無しです」


 駐屯兵の一人が現況を報告する。帝都に届いていた内容と乖離はなく、ここ数日間で膠着した状況が続いている。 

 プランの駐屯兵よりも多い軍隊を配置するランド共和国。攻めるわけでもなく、何か要求をしてくることもない。帝国に対するプレッシャーが目的なのか、他にも何か理由があるのか。沈黙と不干渉を貫くアロウス王国や周辺国の思惑は何なのだろうか。


「痺れを切らした帝国側が攻めて来るのを待っているのか?」


「……大義名分を得てからの反撃か? 共和国が攻撃をしてきたらプランはもたないぞ」


「いや、戦いが勃発すれば大きな戦争になる。最早プランだけの問題ではない」


 大義名分という理由なら既に成り立っていると言える。そもそも先に攻撃を仕掛けたのは帝国側なのだ。シードの一部が独断専行しサウンド要塞を落としたのは事実であるが、ランド共和国からすればそんなことは関係ない。

 共和国の守りの要。百年落ちなかった軍事的拠点、共和国の象徴の一つでもあった鉄壁の守りがたった二人の帝国兵に落とされた。この事実は大陸中に広まっている。面子が潰された程度の言葉で片付けられる問題ではなかった。


「何故攻めてこない?」


「帝国との全面戦争は避けたいのかもしれないな」


「サウンド要塞の代わりにこのプランを犠牲にすると? 話にならん」


 平和的解決の為に共和国軍側に派遣した使者は相手にされることなく追いやられてしまった。まさに取り付く島がない。交渉は不可能で要求もない。今プランは蛇に絞め殺されるのを待つような状態に近い。やられる前にやるのか、もがき苦しむべきか選択が強いられる。――この状況を共和国は狙っているのか。


「こんなことになったのは帝国本軍のせいじゃないか」


 駐屯兵の一人が呟くように言葉を漏らす。誰もが思っていたこと。誰も口にしなかったこと。一種のタブーを口にしてしまう。一度口から離れた言葉はなかったことに出来るはずもなく。


「お、お前ら本軍のせいでこのプランはお終いだ」


 お終い。その言葉の意味を理解出来ぬ者はいないだろう。


「帝国から見ても取るに足らない僻地なんだからな。口では大事そうに言っても、奴らが攻めてくれば切り捨てるんだろ……それが帝国のやり方だ」


 強さは正義。弱者には罰を。それがガリオン帝国の根底にある。戦い無様に敗れるような地方都市に皇帝が手を差し伸べるなどあり得ない。そのまま事を収めるのか、プランを口実に共和国と戦うのか。どちらにしても敗れたプランに皇帝が関心を示すことはないだろう。


「攻め込まれて蹂躙されて共和国に支配される。それがプランの未来なんだろ!」


「落ち着くんだ。そうならない為に我々が派遣されている」


 帝国本軍からプランに赴いた佐官スレイト。緊迫する国境付近の問題を解決する為にここにいるのだと、恐慌状態に近い駐屯兵を宥めるように説明する。


「仮にプランを落とすことが目的なら既に動いているはずだ。そうなっていないのなら……共和国としても帝国との衝突は避けたいと考えるのが筋だ」


「使者は追い返されたんだ。前線では両軍が睨み合ってる。矛盾してるじゃないか!」


「その矛盾を解消する為の話し合いがこの場だと私は認識している」


 本軍と地方部隊、帝都の軍人とプランの駐屯兵の話し合いは一向に平行線のまま。本来対話が必要な相手は他にいる。にも関わらず纏まらないのは置かれた状況と立場が異なるからなのかもしれない。


「どうせ負けるならこちらから仕掛けるべきだ!」


「そうだ! 帝都で踏ん反り返ってる奴らなんて信用出来るか!」


「絶氷を連れて来いよ! 奴は竜を使役出来るって話だ。それでサウンド要塞をぶっ壊したって」


 恐怖からくる自暴自棄により興奮する駐屯兵達。階級を無視した言動など言語道断。規律を重んじる軍人からすればあり得ない態度。だがこのまま何もしなければ待つのは破滅のみ。ならば特攻すべきだと。


「待つんだ! こちらから手を出せばそれこそ相手の思う壺になる」


「うるせえ! ヤバくなれば逃げ出す癖に偉そうなこと言うなよ!」


「俺達の命は俺達が好きに使う。戦い散るならそれも帝国人の生き様だ!」


 スレイトの声は駐屯兵達には届かない。これが本軍と地方部隊との距離感なのか。名門貴族で大佐のスレイトを以ってしても影響力は限られてしまう現実を歯痒く思う。

 一触即発の空気。これでは共和国へ仕掛ける前に帝国軍同士で戦いが勃発してしまう。何としてでもそれだけは避けなければと思うスレイト。だが燃え上がる炎は消せそうにない。何故かこの場に連れて来られた魔研の者達など顔を青くしている。


(……魔法科学研究所? そもそも彼らは何故連れて来られた?)


 サウンド要塞陥落。共和国の侵攻。魔法科学研究所。全ての要因を招いた件の人物は思いの外大人しかった。ある種不気味なくらいに……。


「いいな、恐怖で慌てふためく様子は」


 鈴を鳴らしたような笑い声が響く。声色とは真逆の残虐性を秘めた声が。この場にいる者が口を閉じ、見入ってしまう程の不思議な魅力に惹きつけられる。


「勝てない戦い程無駄なことはない。やはり、勝たなければつまらない。そうだろう?」


 誰に対する問いかけなのか。その女性は全体を見渡しながら蠱惑的な笑みを浮かべる。


「勝つ為なら何でもやる。例え、窓際連中を使うことになったとしてもな」


 窓際連中。その言葉を知る全員がとある団体に目を向けられる。

 組織の都合上、全員でのプラン入りは出来なかった彼ら。雑用係にお荷物、帝国本軍の恥晒しだと蔑まれる非戦闘部隊。本来の目的は帝国の不得手とされる魔法科学分野を強化する為に組織した団体。その当初の目的も忘れ去られ、現在は面倒な者達を一纏めにする檻。


 一体鬼神は何をやらせようとしているのか。


「魔法科学の真髄とやらに期待しようじゃないか」




memo――帝国本軍と地方部隊の関係

本軍、地方部隊共に帝国軍に所属していることに変わりはない。どちらもガリオン帝国の剣となるのが本来の姿である。

役割を敢えて明確にするならば、本軍は帝都を拠点に活動する謂わばエリート軍人であり、皇帝の守護を命じられる者もいるくらいである。シードや魔法科学研究所も本軍に所属している。一方で地方部隊はその名の通り、地方に駐屯する軍隊である。生まれ故郷で軍人として働きたいという者がいれば、望まぬ配属に嫌気が差す者もいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る