第7話
国境都市プラン。帝国の首都から離れた地方都市の部類に入る街である。国境沿いに位置するものの軍事的要衝となる地域でもなく、交通や物流などの拠点でもない。人口も程々。良く言えば穏やかな空気が流れ、悪く言えば辺鄙な街。それがプランである。――そんなプランには平常時とは違う異質な緊張感が漂っていた。
「これがプラン? 前に来た時と全然違う……」
濃いクマが目立つキエロがボソボソと目の前の光景に対する感想を述べる。街を歩いているのは住民達だけではなく帝国兵の姿もあった。というよりも兵士の方が多いくらいである。
「な、なんか殺伐としてんな……。プランって要衝地じゃないっすよね?」
「その認識ですね。……彼ら駐屯兵が抱く緊張感が街や住民に伝播しているのでしょう」
本来なら休日の兵士もいるのだろう。状況的におそらくは無理矢理駆り出されている。彼らが浮かべる表情には疲れも見えていた。
スニックが言うようにプランは要衝地ではなく、緊張感が漂う軍事拠点でもない。
これまでとは異なり、他国との戦いに無縁であった日常が反転した現実。兵士に伸し掛かる重圧と不安は並大抵のものではないだろう。
「気の毒っすね、なんか……楽な配置のはずだったのに」
「気の毒? 気の毒なのは私達だよッ!」
周囲の視線も気にせず急に大声を出すエマ。近くでその声を浴びたキエロがビクッと驚き、恨めしそうな目で自らの上司を見る。クマの影響もあるのか中々に迫力があるがエマは気にすることなく続ける。
「何で私達がこんな所にいるのさッ⁉︎ ここって戦場の最前線じゃない!」
プランに来るまでほとんど口を開かなかったエマが堰を切ったように感情を吐き出す。興奮しているのか目は血走っていた。
「……何でって、上からの指示じゃないんすか?」
「スニック! 君は上に死ねって言われたら死ぬのか⁉︎ はいはいイエスマンじゃ、あっという間に死んじゃうよ!」
「……その理論でいくと所長もイエスマン」
スニックが引きキエロが的確にツッコむ。そもそもニクラス以下部下達は直接指示を受けた訳ではない。発端は上司で所長のエマがプランに向かうと言ってきたからである。――震えながら魔法科学研究所は一連托生だと連呼していたのだ。
「当然だろうッ⁉︎ あの鬼神にプランに来いと言われて無視したら事実上の処刑じゃない!」
「はぁ? 俺達巻き込まれたんすか⁉︎」
「帰る……私関係ない」
「ハハハハッ! シードは
何が道連れでざまあ見ろなのかは分からないが勝ち誇ったように笑うエマ。何事かと周囲の住民や兵士が見てくるが気にせず騒ぐ所長。好き勝手喚いているようにも映るが目元には涙が浮かぶ。相当怖いのだろう。
「まぁ落ち着きましょう。我々魔研の役割は何も戦闘ではないでしょうから。いつも通り魔道具関連の仕事に、必要に応じて事務方業務。要は後方支援です」
「…………上に捨て駒にされたらどうする? 鬼神が出てきたら逆らえないよ」
「皮肉かもしれませんが、我々では壁にすらなれませんよ。無能な味方を戦場に置くほど愚かでもないでしょう。彼らは頭も切れる」
不安に不満だらけであったエマの表情が少し明るくなる。そうだ、その通りだとうんうん頷く様子はお調子者にしか見えない。これが帝国本軍一人のポストだと市民が知ったら何を思うのか。
「さすがは副所長だ。よく分かってるじゃないか」
「恐縮です……」
バンバンニクラスの肩を叩くエマ。
感情の起伏が激しい女性とその関係者。魔法科学研究所の彼らを避けるように人の流れが出来る。控えめに言っても目立っていた。身内であるはずの駐屯兵達からは軽蔑の眼差しを受ける。帝国本軍の肥溜めがと敵意丸出しの批判を浴びてしまう。
「私達何しに来たの?」
「俺、もうこの仕事辞めようかな」
基本的に魔法科学研究所の扱いは何処に行っても雑である。事務方寄りの非戦闘部隊。武力を誉れとする帝国では力こそが正義であり人権なのだ。
帝国本軍に所属する軍人はエリート中のエリート。プランの駐屯兵のような彼らとは明確な差がある。これが真っ当な軍人ならまだ扱いも違ったのだろうが、残念ながら彼らは事務方の中でも更に印象が悪い。お荷物部署として有名なのである。
「ん? どうしたんだいマシロ? ずっと黙って」
「……いえ、独特な空気だなと思って」
研究員最年少のマシロが口を開く。今から約二年前に軍入りを果たしたマシロ。戦闘経験は皆無とのことであったが拓逸した魔力のコントロール技術が評価されたことに加え、当人が魔法科学研究所への配属を希望したことから現在へ至る。魔術師の道も候補の一つであったが、それなら先ずは帝国士官学院で魔法を学ぶことから。――その提案をマシロは迷わず蹴ってしまう。軍からの推薦を無碍にした世間知らずの少年。それが彼のイメージとして定着した。
「う〜ん、これが戦争、いや戦闘地での空気なんだろうねぇ。私達には縁もゆかりもないから確かに戸惑うよね……そんな経験願い下げだけど」
「帝国が狙われるなんて中々ないっすからね」
「軍事大国の特権?」
「そうですね……そんな経験ないですよね。……誰も」
魔法科学研究所の職員達は軍内でもある意味特殊な立ち位置となるが、所属するメンバーもまた色物が多い。副所長のニクラスは貴族の出であり、キエロは帝国有数の商会関係者を親に持つ。親といえばスニックの父親は佐官の一人であり、将クラスの身内を持つ研究員もいるのだ。
戦闘能力は低いが無碍に扱えばまた問題になる。色々な思惑が絡み合い、その妥協点としての役割もあるのが魔研の者達なのだ。マシロもまた色物扱いされた内の一人である。
「ガリオン帝国の庇護下にある国民が受ける恩恵は大きい。だからこそ、今回のような事態には慣れてないのです」
大陸有数の軍事国家ガリオン帝国。攻めることはあっても窮地に立たされることは歴史を顧みても少ない。国境付近に他国の部隊が集結するなど誰も予想しなかっただろう。今回の進軍にはランド共和国以外の国も絡んだとされているが、そのようなことは想定外だった。
「強い国。軍事だけで成り上がれる時代は終わりつつあるのかもしれません」
強さが誉れとされる帝国。力は正義であり権利と秩序をもたらす。実力があれば、魔法の才能があれば何処までも上を目指せる。仮に平民出であったとしても関係ない。――逆を言えば力のない貴族は能無し扱いである。家柄が良いほど受ける期待と果たすべき責任は大きい。無力で無能な貴族程邪魔な存在となるのだ。
「……やっぱりサウンド要塞を落としたのが引き金?」
「国際社会からの孤立を招いたことは間違いないでしょう」
「⁉︎ コラッ! シッーー! シードが来てるんだよ? 聞こえたらどうするのさ⁉︎ はい、この話は終わり!」
強引に話を打ち切るエマ。周囲をキョロキョロと見渡しながら騒ぐ姿は却って注目を浴びてしまう。無論、話の内容が付近の者達に聞こえることはないし、誰も聞き耳を立ててはいない。変な人物が騒いでいるな程度の感想しかない。
魔研のメンバーは招集場所である国境付近に位置する軍の拠点へ向かう。
「……僕達のことは誰も助けてくれなかったのにね」
最後尾を歩くマシロの声は乾いた風に掻き消されてしまう。
memo――鬼神
帝国軍の特殊戦闘部隊に所属するエージェント。歴代最年少での軍入りと同時にシードになった天才。
武器を持たず体術で敵を薙ぎ払う戦闘狂。類稀な戦闘技術に神官顔負けの回復魔法で永遠と戦い続けることから鬼神の二つ名が付いた。見た目だけなら絶世の美女だがその本質は暴力そのものである。
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