終結

第41話 ヴァーミリオンの謎

 航星暦265年。アグライア27歳(17歳)


 前世で起きたラムダファージの大襲来は今世では発生しなかった。わたくしたちの警戒は無事に終わった。


 この一年間、マニューバはミハイル政府を飛び越えてエバンスの逮捕を試みたが、あと一歩及ばなかった。


 しかし、ウィズダム計画の担い手で地球に拠点を構えていたランパウに対して、ジャンプシップでストライカーを派遣し、これを掌握することに成功した。


 ウィズダム計画とは、エバンスが実行していた対ヒューマン反抗プランだった。


 ランパウの地球局はエバンスの目論見とは別に、ゴルディロックス産のアイテムを地球に売り込むために活動していたが、コネも営業ノウハウもなかったため、未だ本格創業はしていなかったそうだ。


 マニューバはこの地球局に撤収の指示を送り、販売したアイテムを回収させた上で帰還させた。


 少しでも抵抗があるなら、ゴルディロックスの搭載戦艦オリオンが地球に向かうことになっている。


  

 ◇◆◇

  


 わたくしとグラース技師はNPCの鑑識室にいる。


 作業台にはアバターロボット・ゲッコーが横たわっている。ゲッコーはボディや制服、腕章も元通りにしてある。もちろん自爆装置は無い。


 グラースはマニューバでフレデリック・エバンスについての調査を行い、その後久しぶりにNPCへ戻ってきた。


「ミハイル・マフィアの首領フレデリック・エバンスは、マニューバから逃亡したヘルマン・ヴァルトをかくまい、その技術力を利用することを企てた。そして248年に回帰転生プロジェクトを実行し、当時の全新生児たちに転生先用マーキングを施したのだ」と、グラースは説明した。


「起点日ですわね」と言いながら、私はアンティークポットから紅茶を注いだ。


「その後、エバンスは脳にヴァルトが開発した転生用Sデバイス・mk3をインプラントしたのだ」とグラースは言い、私から熱いカップを受け取った。


「二重インプラントは危険な行為だ。死の可能性もあるギャンブルだったが、彼は生き延びた。ただし、元からあったデバイスは破損したのだろう。それ以来、彼からはヒューマンへの信仰心が失われ、より攻撃的になった」


「そして、ウィズダム計画が始まったのでありますわね」


「そうだ。エバンスはヒューマンと対抗できる戦力を生み出そうとした。だが、どれほど私兵を集めても、ヒューマンには太刀打ちできない。制御装置のないロボットの開発を試みたが、すべて失敗に終わった」


 私は紅茶を飲みながら、グラースが持ち帰ったデータをMENUで閲覧した。「その後およそ十年間は、マフィアの勢力拡大に専念していただけのようですわね」


「そして四年前、ウィズダム計画を主導していたヴァルトは、mk3の量産化に成功し、さらに洗脳用として強化した新デバイスマークファイブmk5を開発した。彼はこのmk5を使って大規模なインプラント・テロを企てたものの未遂に終わり、その後姿を消した」


 グラースはそう言って、紅茶を一口飲んだ。


 もっとも、ヴァルトの失踪は、この私の仕業ではありますけれども。


「エバンスが地球の情報を入手したのはその翌年だ。ウィズダム計画は、失踪したヴァルトに代わってミシュートカから引き抜かれたランパウが主導することになった」と、グラースは説明する。


 グラースはゲッコーを指差した。「地球の存在を知ったエバンスは、ランパウにこう命じたのだ『地球人をロボットの頭脳として使え』と。地球人にはヒューマン信仰がないからな。そこでランパウは、四人種それぞれに酷似したアバターロボットと、星間遠隔操作機ヴァーミリオンを開発したのだ」


 グラースは卓上のヴァーミリオンを手に取り確認した。この赤いヴァーミリオンは、ランパウからの押収品の中から一つ頂いたものだ。


「ヴァーミリオンの基本構造は一般的なVRマシンだ。インプラントデバイスを介して脳にアクセスし、サーバーと接続する。ただし、二つの重要な違いがある。マニューバから調達した超空間通信を使用している点と、制御するアバターが実在している点だ」


「それは違いますわ」と、私は人差し指を振った。「地球人にはインプラントデバイスがございませんもの。ランパウはインプラントデバイスなしでVRを実現する技術を持っていたのですから。きっとそれを使ったのでしょう」


「いや、それが違わないのだよ」と、グラースはニヤリと笑う。


「地球人がヴァーミリオンを被った場合、ヴァーミリオンはその対象者の脳をマーキングする。するとミハイル側にあるSデバイスが、対象者の脳にワープしてインプラントする。これで地球人の脳と直接、情報のやり取りが出来るようになるのだ」


「……そんな……それじゃあ、ヴァーミリオンを使った人は皆デバイスがインプラントされていますの? いえ、それよりも、まさかそのSデバイスって……」


「ランパウにはSデバイスを作る技術がなかった。だから、ヴァルトが作ったmk3の量産バージョンであるマークフォーmk4のストックを流用したのだよ」


「では、わたくしの頭にあるSデバイスはmk3ではなくて、そのmk4でありますのね? ですからエバンスの記憶が無い……」


「そうだ、転生マーキング範囲が地球まで届いたと考えるよりもずっと単純だったわけだ」


「最初の転生のトリガーを引いたのはヴァーミリオンだったのでありますの?」


「そうだ、初期型ヴァーミリオンに組み込まれた超空間通信ユニットが設計より多くのラムダエネルギーを放出していた事がわかった。その影響下でショック死したことにより、mk4の転生プログラムが起動したのだろう」


 チーム・ゴーストで初期型を使っていたのは私だけ。だから転生したのも私だけだったのでしょう。


 しばらくして、机に置いたMENU端末がアラームを表示した。


「ヴァーミリオンとゲッコーのペアリングができたようだな。動作チェックしておくか?」


「大丈夫でしょう」と、わたくしは二つを大きなリュックに詰めて担いだ。「では、グラース。行ってきますわ」


「自分の使命を忘れるなよ。そのおかげで地球に行けるのだからな」と言って、グラースは私を送り出してくれた。

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