第38話 タイムゲート
航星暦264年。アグライア26歳(16歳)。
ある日、グラース技師が
「お前、元の時代の地球に戻りたいと言っていたな?」と、唐突に聞いてきた。
「もちろん、戻りたいですけど、今更なんですの? 超時空ワープでも思いついたのでしょうか?」
「そう。私はタイムマシンのことについて、調べていたのだよ」と言って、グラースは空中に資料を表示した。「だが、時空に穴を開けるにはかなりのエネルギーが必要だ」
私は幼少のころ、ランパウの所に行ったことを思い出した。「そう言えば、タイムマシンを作るには、異次元突入加速機が全長一万メートルもの大きさになると聞きましたわ」
「なんだ、知っているのか……その大規模な施設を使っても、作れるのは半径わずか一センチのタイムゲートだけだ。そのタイムゲートを作るにはゴルディロックスのドライブワープ一回分のラムダエネルギーが必要という試算が出ている」
と言って、グラースは咳払いを一つする。
「ゴルディロックスは一回分のドライブワープ用のラムダエネルギーを得るためだけでも、二十年もの間、巨大ラムダジェネレーターを稼働させなければならない。しかも、どの研究者も、タイムゲートでどれほど離れた時間をつなげられるのか、そしてそれをどのくらいの期間維持できるのかまでは検証できていないのだ」
「でも実際にランパウは時間跳躍をしているはずですわ。過去の地球と此処を行き来しているはずなんです」と反論する。
「確かに行き来するのはランパウだが、タイムゲートを作ったのはマニューバだ。そこしか考えられない」
「そういえば、ランパウはマニューバとも取引していたはずですわ」
「つまり、マニューバがゴルディロックスのどこか——おそらくメインキール——にタイムゲート発生施設を建造したと考えられるが、エネルギー源はゴルディロックスの貯蔵ラムダエネルギーを利用することになる。貯蔵ラムダエネルギーはドライブワープ二回分あるはず。はたして、その半分を流用できるだろうか?」
「何度かにわたって行き来しているとしたら、それでもエネルギーが足りなさそうですが」
「ゲートを維持するだけならエネルギーはそんなに掛からないかも知れないな」
「要するに、ゴルディロックスそのものを使ったタイムゲートがどこかにあると言うことですのね」
「さて、もう一度聞くが、お前は過去に戻りたいかね? それともタイムゲートを閉じるべきだと思うかね?」とグラースは私に尋ねる。
「帰りたいですわ。どうしても、帰りたいですわ」
「私はランパウの連中を全員地球から連れ戻して、タイムゲートを閉じたいね。千年前の世界を荒らしたくはない」そう言ってグラースは自分の眉間を揉んだ。「さて、どうであれ、タイムゲートを見つけなくてはならない」
「どうやってですの?」
「マニューバの誰かに接触する必要がある。だが、私が下請け時代に契約していたマニューバ連中とは会いたくない。そもそもあいつらは役立たずだ」
「わたくしは前世でマニューバの一等航宙士に会ったことがありますわ」
「メサイアに会ったのか!? どうやって!」と、グラースは驚く。
「そんなに偉い人なのでしょうか?」
「まあ、実質トップの人間だな。彼より上は蘇生の当てもないコールドスリープをしていたり、ホルマリン漬けになっていたりしている、で、どうやって会ったんだ?」
「前世の子供の頃に、絵を描いて公表していたのですわ。それを前世のメサイアがいたく気に入っていまして、わたくしに特別アイテムみたいなものを下さいましたわ」
「……なにか、弱みとかを見せることは無かったか?」グラースは身を前に乗り出して聞いてきた。
「前回の第十二次ドライブワープで誤差が二光年半もあったことを気にかけていましたわ」
「ドライブワープで二光年以上の誤差? 確かに大きいな。詳しくはわからないが、誤差は百分の一光年に納まる位でないとならんと思うのだが」とグラースは軽く腕を組んで考える。
「しかし、結局はドライブワープの後に周囲を観察して、見つけためぼしい恒星系に近づくために数光年程度のアプローチワープをするから、騒ぐほど取り返しがつかない誤差じゃないと思うぞ」
「でも前世のメサイアはその二光年半のずれが何を意味するかわかれば再び会うと言っていました」
「二光年半か……」
「メサイアは『第十二次ドライブワープは従来のとは違う特殊なワープ』と言っていたのですが……」
「その特殊なワープとはどんなワープかね?」
「『千年計画の前倒しが出来る』と言っていましたわ」
「そういうことか!」と言って、グラースは指をパチンと鳴らした。「低コストワープができるようになったのではないか? 使うエネルギーが少なくなれば、ドライブワープ毎の滞在年数が短くなる。そして余剰エネルギーができたとしたら、タイムゲートと話が繋がる」
「と言うことはやっぱり、船内にタイムゲートがあるということなのですね?」
しかしグラースは天井を見上げて言った。「まだ二光年半の意味は解明できていない。単純だけれど重要な手がかりのように思えるのだが……」
「メサイアに会って、もっと情報を得ましょう」
「どういうことだ?」グラースは身を乗り出した。
「二光年半というヒントを出したのは前世のメサイアですわ。今のメサイアにその数値を告げれば、きっと動揺するはずです」
「なるほど。だが、どうやってメサイアに会えばいい? 今からお前が絵を描いて魅了するというのか?」
「いえ、もっといい方法がありますわ」と言って、ポケットパーツから一枚のカードを取り出す。「ついにこれを使う時が来ましたですの」
それは一枚の紙にラミネート加工が施してある物で、そこにマトリックス状の模様が描かれている。
「この模様はQRコードと言う物ですわ。前世のメサイアからもらったもので、彼に会うためのコードが書かれていますの。この世界でも通用する可能性があると思いますわ」
「そのカードは前世から持ってきたのか?」と、グラースはそのカードをしげしげと眺める。
「まさか! ここで作った物ですわ。この模様を覚えていましたので、ドットを点描で再現しましたの」
◇◆◇
私とグラースは小型のラムダ自動車に乗って、ファイナル・インターセクションへ向かった。
メインキールに入る検問でQRコードを見せると、無条件で通してもらえた。それに続く検問も同様だった。
ファイナル・インターセクションからブリッジボトムへ車を走らせ、駐車場に停めて玄関に入る。そこにいる受付の無人格ロボにQRコードを見せた。
そして、「メサイア一等航宙士にお目通りをお願いしたいですわ」と、その受付ロボに言った。
『ご用件は何でしょうか?』と、受付ロボが優しい声で尋ねてきた。
「十七年前に行われた特別なドライブワープでの二光年半の誤差についてお伺いしたいですわ」
『しばらくお待ちください』と受付ロボは言って一瞬沈黙したが、すぐに『面会を執り行います。ご案内します』と告げた。
受付ロボが浮かび上がり、エレベーターホールへと案内を始めた。
「さて、奴はさぞ慌てているだろうな」と、グラースは意地悪な笑みを浮かべた。
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