第9話一ケ月無料体験ができるっていうサブスクサービスで、結局抜けるの忘れて三ケ月経っちゃうの完璧に狙ってますよねこれ

 ことの顛末の話をすると、白井蓮と遠藤千咲の二人は付き合うことになった。ただし条件付きである。

「まずは一ケ月おためしで……って、そんなサブスクライブみたいな付き合い方ってありなの? 僕みたいなおじさんにはよくわからない価値観だなぁ」


 ランチとはいえメガロマニアの一食は二三〇〇〜二六〇〇円ほど。今週に入って五日間通ってくれている千咲の懐事情を心配に思った店長の譲治の質問からこの話題が始まった。


「蒼井先生はどう思います?」

「新しい時代って感じですね。とても面白いお話です」

 小さく笑みを浮かべながら、蒼井カレンは食後のコーヒーを飲んでいた。


「事実は小説より奇なり、とはこのような感じでしょうか」

「おっ! もしかして新作のテーマが浮かびましたか?」

「新作はまだですが。今、とても、捗っています」

 手元にあるメモ帳にボールペンで何かをひたすらに書き込んでいた。

 蒼井カレンはメガロマニアに週に一回のペースで訪れる常連客だ。丸縁の眼鏡と、肩甲骨まで伸びるミルクティ色の髪が特徴的な女性。職業は小説家であり、店長の安堂譲二はそのファンであったりする。


 千咲はすでに退店し、仕事に戻った。

 昼の営業は一五時で店閉まいなのにゲストが残っているのは、譲二の独断によるものだ。最初こそ蓮も就業時間外に客がいるということに戸惑っていたが、カレンの人柄や譲二の気楽な性格からか、いつの間にか順応していた。


「彼女さんが土日休み、蓮くんが日月休みの帰りが遅いから実質二人が会えるのは日曜日だけ。それで一ケ月お試しお付き合いって、要するに四日しか十分に時間が取れないわけでしょ? それってなんかズルくない?」

「まぁ、嘘はついてないですし。お互いの生活リズムが合わないだけですよ」

「それで上手く躱したつもりが、彼女さんランチに通うようになられたんですね?」

「おそらく……」

「はははっ、積極的な彼女さんだね」

「まさかそんな強硬策に出るとは思いもしませんでした」


 目を細めながら蓮は食洗器から取り出したナイフとフォークを無心に掴み取る。熱がこもった食器は手で直に握るとやけどをするほどだが、水滴が乾いてシミが残る前にとっとと終わらせなければいけない。白いトーションで複数本掴み取ると、布のバイアスを生かして手早く拭き上げていった。


 譲二は夜の仕込みをしていた。

 こねた生地をぷちぷちと一口大にちぎって並べていた。まるで機械かのように正確で手早く行われるそれを、カレンは遠目に見つめながら蓮に対して一つ質問を投げかけた。

 

「そんなに好きでいてくれるのなら、一ケ月と言わず、本当に付き合ってしまえばいいんじゃないですか?」

 なんのひねりもない率直な意見に対し、蓮は歯切れが悪そうに答える。


「まぁ、俺は今アルバイトですし。金ないし。何もしてあげられないですから」

「大丈夫ですよ。甲斐性なしでもそれなりに女性の扱い方が上手ければ、玉の輿として生きていくことが出来ますよ?」

「先生、現代ではそれをヒモというんです」

「ふふふ。そうとも言いますね。でも、それ自体に何か悪いことでも? 人付き合いで大切なのはお互いが真に幸せであるかどうかで。そうであれば、どのような形でも美談だと思いませんか?」


「カッコ悪いとは思いますが、俺は相手と対等でありたいです。彼女には彼女の人生があって、その時間を奪うだけの価値が俺にあるとは思えません」


 磨いた後の銀食器たちは薄暗い店の中の照明が反射させる。その中にいくつか輝きの薄いものを見つけると、再度手に取って力強く磨いた。

 それでも長年使った食器達だ。どれだけ強く磨いても、蓄積された傷たちが反射を邪魔しているようだ。それがわかると、蓮も諦めて磨くことを止めて、次の食器に手を伸ばした。


「じゃあ、なぜお試し期間を?」

「……押しに負けました。なかなか引き下がらなかったもので」

「ふふふ。白井さんはノーと言えない人なんですね。あ、お茶のお代わりいただけますか?」

「白井くん注いであげて」

「はい」


 一度作業の手を止めて、蓮は紅茶の入った瓶ことの顛末の話をすると、白井蓮と遠藤千咲の二人は付き合うことになった。ただし条件付きである。

「まずは一ケ月おためしで……って、そんなサブスクライブみたいな付き合い方ってありなの? 僕みたいなおじさんにはよくわからない価値観だなぁ」


 ランチとはいえメガロマニアの一食は二三〇〇〜二六〇〇円ほど。今週に入って五日間通ってくれている千咲の懐事情を心配に思った店長の譲治の質問からこの話題が始まった。


「蒼井先生はどう思います?」

「新しい時代って感じですね。とても面白いお話です」

 小さく笑みを浮かべながら、蒼井カレンは食後のコーヒーを飲んでいた。


「事実は小説より奇なり、とはこのような感じでしょうか」

「おっ! もしかして新作のテーマが浮かびましたか?」

「新作はまだですが。今、とても、捗っています」

 手元にあるメモ帳にボールペンで何かをひたすらに書き込んでいた。

 蒼井カレンはメガロマニアに週に一回のペースで訪れる常連客だ。丸縁の眼鏡と、肩甲骨まで伸びるミルクティ色の髪が特徴的な女性。職業は小説家であり、店長の安堂譲二はそのファンであったりする。


 千咲はすでに退店し、仕事に戻った。

 昼の営業は一五時で店閉まいなのにゲストが残っているのは、譲二の独断によるものだ。最初こそ蓮も就業時間外に客がいるということに戸惑っていたが、カレンの人柄や譲二の気楽な性格からか、いつの間にか順応していた。


「彼女さんが土日休み、蓮くんが日月休みの帰りが遅いから実質二人が会えるのは日曜日だけ。それで一ケ月お試しお付き合いって、要するに四日しか十分に時間が取れないわけでしょ? それってなんかズルくない?」

「まぁ、嘘はついてないですし。お互いの生活リズムが合わないだけですよ」

「それで上手く躱したつもりが、彼女さんランチに通うようになられたんですね?」

「おそらく……」

「はははっ、積極的な彼女さんだね」

「まさかそんな強硬策に出るとは思いもしませんでした」


 目を細めながら蓮は食洗器から取り出したナイフとフォークを無心に掴み取る。熱がこもった食器は手で直に握るとやけどをするほどだが、水滴が乾いてシミが残る前にとっとと終わらせなければいけない。白いトーションで複数本掴み取ると、布のバイアスを生かして手早く拭き上げていった。


 譲二は夜の仕込みをしていた。

 こねた生地をぷちぷちと一口大にちぎって並べていた。まるで機械かのように正確で手早く行われるそれを、カレンは遠目に見つめながら蓮に対して一つ質問を投げかけた。

 

「そんなに好きでいてくれるのなら、一ケ月と言わず、本当に付き合ってしまえばいいんじゃないですか?」

 なんのひねりもない率直な意見に対し、蓮は歯切れが悪そうに答える。


「まぁ、俺は今アルバイトですし。金ないし。何もしてあげられないですから」

「大丈夫ですよ。甲斐性なしでもそれなりに女性の扱い方が上手ければ、玉の輿として生きていくことが出来ますよ?」

「先生、現代ではそれをヒモというんです」

「ふふふ。そうとも言いますね。でも、それ自体に何か悪いことでも? 人付き合いで大切なのはお互いが真に幸せであるかどうかで。そうであれば、どのような形でも美談だと思いませんか?」


「カッコ悪いとは思いますが、俺は相手と対等でありたいです。彼女には彼女の人生があって、その時間を奪うだけの価値が俺にあるとは思えません」


 磨いた後の銀食器たちは薄暗い店の中の照明が反射させる。その中にいくつか輝きの薄いものを見つけると、再度手に取って力強く磨いた。

 それでも長年使った食器達だ。どれだけ強く磨いても、蓄積された傷たちが反射を邪魔しているようだ。それがわかると、蓮も諦めて磨くことを止めて、次の食器に手を伸ばした。


「じゃあ、なぜお試し期間を?」

「……押しに負けました。なかなか引き下がらなかったもので」

「ふふふ。白井さんはノーと言えない人なんですね。あ、お茶のお代わりいただけますか?」

「白井くん注いであげて」

「はい」


 一度作業の手を止めて、蓮は紅茶の入ったピッチャーをもってコップに継ぎ足した。

 ちょうど一杯分の残量だった。大きく角度をつけて最後まで注ぎ切る。それを見てカレンは「これを飲み終わったら帰りますね」と言ったのだった。

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先輩!30歳になってもお互い独身だったら結婚しましょう、と言いましたがやっぱり待てないので今から恋人を始めましょう! 春木千明 @harukichiharu

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