第2話・地上

静まり返った空間の中、虫の化物の死骸が辺り一帯に無残に散らばっている。

逃げ出そうとした個体、逆上して破れかぶれの突撃を仕掛けてきた個体、その全部を倒し切った。


その間の俺は無傷。傷一つ付けられることなく死骸の中心に立っていた。

目覚めた直後ながらだるさはない、疲労だってそんなに感じていない。

動こうと思えばまだまだ動ける、そう言い切れるだけの活力が内にはまだ燻っている。


だが、今のところはそれじゃない。


「…困った」


戦闘を終え、一段落着いた所で己の状況を鑑みる余裕が出来た。

だからこそ考えた後に俺は一つの問題を自覚する。


「何も分からん」


どうやら俺は、自身の過去も己の名前も何もかもを忘れてしまっているらしい。








―――つい先程踵落としで潰した最後の1匹へと視線を落とす。

見事なまでの脳天直撃、結果頭は爆発四散。我ながら驚異的な威力だ。

戦闘を終えて改めて思うのは己の戦闘技能、躊躇なく動けるこの感覚は少々気持ち悪い。


「……まあ、これはこれでいいさ。今は」


己の名前も何も思い出せない状況下でどうしたものかと思ったが、俺自身の記憶はともかくこの身体に染み付いて覚えているものはあるらしい。


それが今この状況下で役に立つもので良かった。

でなければ今頃この化物共の腹の中だっただろうから。


ともかく当面の脅威は退けた訳だが、次はどうしようか。

少なくとも此処に留まる選択肢は論外だ。


「俺、こんな所でずっと寝てたのか……我ながらよく無事だったよな」


壁の穴は恐らくこいつらがやったのだろう。

戦闘の余波で他にも幾らか破壊された箇所もあるが、それ以前から機能が落ちていたであろう諸設備も多い。


カプセル以外にも何等かの計測機器の様なものがある。

そして周囲には俺が眠っていたカプセルと同型の物も幾つか設置されていたのだが、どれもが既に原型を留めていない。破壊されて長らく放置してある様な状態だった。


「まともに動いていたのは俺が入ってたカプセルだけだったんだろうな…」


まあ、それも今となっては見るも無残だが。

主に破壊したのは俺だけど仕方がない、緊急事態であった訳だし。


………ふむ、他には特に見るべき箇所はないな。


じゃあ、そろそろ此処から出るとしよう。

出口は化物共が作った壁の穴しか見当たらないから、此処から出てみようと思う。

…何でここは扉がなかったんだろうな?










壁の穴から外に踏み出せば、かつては栄華を誇っていたであろう巨大な廃墟が広がっていた。


「はえー………なっがい塔が一杯……」


天まで届かんとする建造物がところかしこにある。

半ばで折れて倒壊したであろう塔も、それでもなお長大であったであろう物も。

コンクリートで固められた大地はどこまでも広がっていた。

自然なんて、まるで皆無な光景だ。


「……ふむ、コンクリートねぇ…」


膝を着き、地面に触れる。砕けた一かけらを手に取れば、それはあっさりと崩れた。

自然と口から出てきた単語……コンクリートって何だ?…ああ、分かる。知識としてあるのか、俺の中に。


「なるほど、既視感あると思ったら」


恐らく俺の――眠りに着く前の俺にとっては馴染みのある街並みだったのかもしれない。

そんな街並みがここまで荒れ果てるまでになってると言う事は、俺は一体どれだけの年月をカプセルの中で眠っていたのだろう。


この光景が遥か未来の姿だと言うのなら、俺は何故、こんなタイミングで目覚めてしまったのか。


荒れ果てた光景も相まって不安が溢れそうになる。

何をすればいいのか、どこに向かえばいいのか分からない、そんな見通しの立たない状況がプレッシャーとなって俺に重圧を掛けてくる様に思えた。


けど……下を俯きそうになった時、不意に思い出す。


「……意味あるものであらん事を」


目覚める間際に聴こえた女性の声。

その言葉を口ずさんでみれば、無意識に笑みを浮かべてしまう。


当然、誰かなんて知らない。もしくは憶えていないだけなのだろうが。

俺にとって、きっとこの声の主は特別な人だった。それだけは断言出来る。


でなければ、こんなに暖かい気持ちにはならない筈だから。


「………落ち込むには早いか」


そうだ、落ち込むのも悩むのも、まだまだ後でいいだろう。

俺には足がある。俺の意思が折れない限り、この身体でどこまでも歩いていける筈だ。


ならば目的を見つける為に…今は無計画に、無鉄砲に進んでみようじゃないか。


それに実はそこまで心配もしていない。

なんせ俺は虫の化物を圧倒できる程の身体能力がある。

それを十全に振るう為の戦闘技能も身体が憶えている。


化物があの虫の様な奴等だけとは限らないが、少なくとも等身大の敵相手なら遅れを取る気はない。


そう、等身大の相手なら、未知の敵だろうとやりようは―――。



「………ん?」



振動?地面が……揺れてる?

地面だけじゃない、周りの建造物にも揺れが伝わっている。


これは…何だ、足音か……いや、違う。

常に一定で……にしたって大き過ぎる揺れだ。

それにこれは、徐々に近付いている………?



「っ!?」



俺の真横の建造物が、ぶち抜かれた。

破片を散らしながら、二つの巨影が現れる。




「あれは―――!!」



一方は黒い甲殻に覆われた4対の足を持つ巨大な虫。

どことなく俺が戦った虫の化物と類似した形状を持つが大きさが違い過ぎた。

恐らくは10m近い巨体なのだろう、まるで俺が赤子のように思わせるサイズ差だった。


等身大なら…などと言っていた先の発言は撤回しないといけないかもしれない。

やはりこんな世界だ、俺の常識から逸脱した存在がいない訳がないじゃない。


とはいえ、今俺が意識するべきはこの虫ではなかった。


何故なら黒い巨大虫は既に虫の息だった。

あちこちの外殻は割れ、そこから血が溢れ出し、今この瞬間も巨大虫はその首をもう一体の巨影に握り潰されんとしていたからだ。


まるで女性を思わせる雰囲気を持った異様に細い四肢の巨人。

全身を覆う濃紺の装甲、しかし関節部から覗かせる機械的なパーツから、この巨人は明らかに生身のソレではない事を示している。




「ロボット……アームズギアか…!?」




その出現は余りにも衝撃的で、俺はまた身に覚えのない単語をポロリと吐いていた。


関わった記憶はそれでも一向に戻ってこないが、知識だけは蘇る。

どういった存在なのか、どういった物なのか。

まるで脳内で本棚を漁っている様だ。


つまり、俺が今知り得た事とは。



あれこそが人類種拡張用インターフェイス・アームズギア。



過去の文明が作った鋼の器。

人間という種が持つ限界を超える為に作られた最強の人型機械である。

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