滅んだ世界で目覚めましては

カガヤ1484

第1話・目覚めた直後は害虫駆除

人肌のような温かさに包まれている感覚の中に俺はいた。


眠たい訳でもなく、けれど身体は動かない。瞼の一つだって動きやしない。


――――なんだろう、凄く落ち着く……。


もうこのまま動かなくてもいいんじゃないかと思う程の心地よさを前に折角明瞭であった俺の意識は微睡の中に沈もうとしている。


このまま沈み切って、そうなれば当分先まで起きないだろう…なんて、理由のない確信があった。

それはそれで、別にいい。楽に、気持ちよく過ごせるのなら悪い話な訳がないのだから。




だが、そんな夢心地の世界は唐突に終わる。




警報が鳴り響く。

硬い何かが砕ける破壊音が轟く。

そして俺自身を包み込んでいた安穏は潮が引くが如く急速に失せていく。


ここまで動かずとも違和感がなかった身体に力が入る様な感覚があった。


動かなかった全てが動こうとしている。


俺の身体は目覚めるべくして目覚めようとしている。




『―――どうか、願わせて欲しい』




それは頭の中に響く女性の声。

まるで、これからの門出を見送る為の激励の言葉。




『君の人生が、ほんの少しでも意味あるものであらん事を』




その声を、俺は知らない筈なのに。

なのに俺は、凄く悲しくて、何故か泣きそうになっていたんだ。


















破壊しつくされた地下空間にて、複数の唸り声が重なる。


人を思わせる肢体。だがその全身を黒い甲殻で覆われていた。

両腕は異様に長く、指先もまた異様に長い爪を伸ばしている。

そして赤い複眼は、ギョロギョロと常に動き続けていた。


まるで虫がそのまま人型になった様な、なおかつ苛烈な攻撃性を滲ませるその化物は、本能の赴くままに此処まで出向いていたのだ。


密閉された空間だったが壁を切り裂き道を作った。

何時までもなり響く五月蠅い音の発生源を苛立たし気に全て破壊した。

そして最後に目を向けたのは、空間の最奥に鎮座する1つの機械だ。


卵の様な球状を模したソレには中身があると察していた。


その中身を喰らう為に、化物共は出向いてきたのだ。


長らく自らの血肉となっていた人間はご無沙汰であり、餌が少ないが為に襲い掛かってくる飢餓感には化物とて耐えられない。


そんな時に、偶然にも感じ取った気配。

何故かこれまで感じ取れなかった人間の気配が、化物共を動かしたのだ。

元より考える知能などない、純粋なまでの食欲に導かれるが如く、ここに集ったのだから。


「――――――――っ!!」


とある1匹の化物が雄叫びを上げた。

目の前のカプセルに人間がいる、餌がある、もう我慢は限界だ。


その雄叫びが契機となり、化物達は一気呵成にカプセルへと迫った。

そもそも1人しかい人間、当然足りる訳がない。ならば早い物勝ちとなる。


我先にと、互いを押し退け、時には切り捨てながら1匹の化物がカプセルの目前へと辿り着いた。


思慮する間も惜しい。

そう言わんばかりに化物は手を伸ばした。

そのままカプセルをぶち抜き、無理矢理中身を引っ張り出し、そのまま貪ってやらんとした。


化物は右腕の爪先を向け構え、そのまま―――カプセルはぶち抜かれる。






内側から、ぶち抜かれる。






「――――!?」


化物の思考は状況を把握するよりも前に、その頭部を突き出された拳によって破壊された。


頭部を失った化物は、そのまま力無く倒れた。


そして。




「身の危険を感じたから思わず手を突き出したけど……」




その他の化物の動きは止まった。


同時に、カプセルの前面装甲が蹴り飛ばされた。

バチバチと火花を散らすカプセルから現れたのは黒いインナースーツで身を包んだ17,18くらいであろう年頃の人間の少年だった。


足元まで届く長い赤髪。

その長髪と幼い顔立ちが相まって少女の様にも見えるその存在は睨みつけるように周囲の化物を見渡した。


化物達は動かない。先頭にいた同胞が一瞬でやられたのだ。


ただの人間、餌ではないのは明らかだった。

幾ら知能が低かろうと、そのまま突っ込まんとする愚か者は―――いや、数匹はいた。


「―――――――――――――!!!!!!」


激情を吐き出さんばかりの雄叫びを上げた1匹の化物と、それに呼応して動く1匹と共に少年へと飛び掛かった。


左右同時から一気に引き裂かんと距離を詰めるが、少年もまた同時に動いた。


「おっと」


「――――――――――――――――!?」


化物が踏み込まんとするよりも早く、間合いは少年の側にあった。

少年は軽く地面を蹴ると、そのまま跳び、左右の化物の頭部を両手で掴んだ。


「悪いね」


なんて事のないように呟く。

しかし少年の動きは苛烈だ、そのまま化物の頭部を地面へと叩き付けたのだ。


砕ける地面、飛び散るのは床の破片と化物の血肉だ。

瞬く間に3匹の化物はその頭部を地面の染みへと変えてしまった。


「……っと、残りは4匹ってところかな」


両手に伝わる感触を確かめる様に指先を動かしながら少年は残りの化物を見遣る。


残った化物共は、後退る。

今となっては、既に飢餓や食欲などと言う考えは吹き飛んでいた。


逃げるべきだ。この人間は、普通ではない。


だが悲しいかな。

相対した時点で既に手遅れだっただろう。


少しでも敵意を見せた相手を少年は見逃すつもりはなかった。

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