勇者の岩

慰霊祭二日目は英雄の足跡を辿るのが通例だ。

多くの英雄が訪れたこの国には、彼らが残したものが多くある。

それらは今では観光スポット、そしてデートスポットとなっていた。

「これが勇者の岩…。」

「あぁ。勇者が魔王を倒すための旅の祈願を祈る水晶の岩だ。聖属性が込められた岩。元は過去の魔王…竜王の体の中にあった魔石だ。初代勇者。君の始祖が倒した二代目魔王。その中にあった魔石に聖属性の魔力を込めたのは君の始祖。原初の英雄、最初の守護者、天下無双の英傑…数ある伝説の中の1ページ目。ここだけは慰霊祭の時しか一般公開されない。通常見れるのは勇者と守護者のみだ。」

「お父様もここに来たんですか?」

「あぁ。俺と2人でな。触れてみろ。」

「いいんですか?」

「本当はダメだ。だが、守護者と勇者にのみ許されている。不老を持っている以上、君には権利がある。」

「わかりました。」

恐る恐る差し出される手に自分の手を重ね、岩に触れると聖属性の魔力が溢れだし、俺達を包み込んだ。


目映い光の中俺達は手を繋ぎながら落ちていく。

「え…な、なに!?」

「大丈夫だ。安心しろ。」

光の中落ちて、体が浮くような感覚。

落ちた先は草原だった。

「アイリス…。」 

「えっ?」

思わず呟いた名前。それは彼女ではなく、背中をこちらに向けて立つ白い少女。そのフードが風に靡いて捲れ、金色の髪が靡く。

「この子が…。」

姿がぶれる。振り返る彼女と目が合い、変わらない笑顔に胸が痛む。そして彼女は消えた。

「今の…は…。」

「聖女アイリス。ここは死者と会える場所。過去と向き合う場所。先に進むためにくる場所だ。」

「死者と会える場所…。」

「見ろ。」

景色が変わる。夕日を望む岡の上。太い剣を地面に差して立つ金髪の男。

「あれは…初代守護者?」

「あぁ。」

世界に初めて現れた守護者。

そして長い呪いの戦いの始まり。

「人の心の闇が産んだ魔族。人の心から闇が消えない限り消えることはない。」

「そんなの…。」

「そうだ。だから永久に終わらない。俺はお前にそんな目に遭ってほしくない。だからあえてここにつれてきた。」

「魔族は人間から産まれたのに人間を襲うのですか…?」

「心の闇…つまり悪意から産まれた存在だ。奴らは産まれたときから全てを恨んでいる。憎み、苦しめる生き方しか知らない。今もどこかで悪意から産まれ落ちている。人族だけじゃない。全てを壊したいのさ。」

「そんな…。」

アイリスが悲しそうに目を伏せる。

「魔族は世界の異物。世界を闇に落とす火種。そんなものを産み出した責任は、それを産み出した種族へと向けられた。不老のスキルは魔族を全て殺す存在への呪いの首輪だ。忌まわしき存在を産み出した責任を取れ。世界は守護者へ向けてそう言っているんだ。」

移り変わる景色には勇者と不老の守護者が次々とうつる。

「貴方は一人で…?」

「そうだ。歯車でいい。そう…思っていたんだがな…。」

アイリスが潤んだ目で俺を見上げる。

(迷いは弱さを生む…。戦場では迷いを持つものから死んでいく。ただの装置であれば、迷わずに最善を選べる。それでも…誰かを愛して死ねるなら、幸せな人生といえるのかもしれない。)

「お前は俺の死ぬ理由になるかもな。」

「いいえ。私は貴方の生きる理由になります。」

左の薬指、正確にはその指輪から光が溢れる。

「これは…。」

アイリスは真っ直ぐに過去の英雄たちへと視線を向ける。

「私がこの世界の憎しみを終わらせます。」

「それは…不可能だ。」

「いいえ!私は諦めません!方法なんてわからないけど…それでもこの悲しみの連鎖は必ず終わらせます!過去の英雄たちの歴史を悲しみだけだったで終わらせたくありません!」

指輪の輝きは、本気の覚悟を示す光だ。

「だから…貴方は私と共に生きて…!私と共に世界を変えるんです!私が貴方に生きる理由をあげます!貴方は装置じゃない…私の夫、そして剣として生きてください!」

その真っ直ぐな目に、英雄の光を見る。無意識に口角が上がっていることに気付く。

「良いだろう…。」

聖剣を持つ左手を真っ直ぐにアイリスに向ける。

俺の指輪からも光が溢れる。

「誓おう。お前の理想のためにこの剣を使う。これより俺は、お前の剣だ。」

左手が重なり、指輪がその姿を変える。

恋だけが絆ではない。同じ理想、志しも指輪を育てる理由になる。

永遠に戦う。その誓いは今生の生き方を指し示す光となる。

「私は…永遠に語られる英雄になります。夢を語り、理想を語り、そしてこの世界に希望の光を灯してみせる。」

「ならば、それを支える騎士となろう。」

「はい。まだ卵ですが、必ず貴方に見合う英雄となります。」

「ふっ。お前は既に英雄だ。ここは英雄を生む場所。誓いと生きざまが英雄を英雄とする。お前の誓いを世界は聞き届けた。」

光がおさまる。俺達の指輪は少し装いを変えている。

「これって…。」

「永遠の指輪だ。新たな英雄の誕生。それを世界が認めて祝った。その証だ。」

「なら貴方も心から誓ってくれたんですね。」

その言葉に頷く。

「当然だ。俺は今よりお前の騎士。好きに使うといい。」

「なんか求めていたのと違いますが…恋という意味でもいつか貴方をおとしますからね!?」

「はは。そうだな。その時は子孫でも作るとしよう。」

「そ、それはとっても楽しみです…。」

勢いはどこへやら、モゴモゴというアイリスに苦笑しながら過去の英雄へと視線を向ける。

俺の前には聖女アイリスの姿がある。

やはり俺の前に現れるのは彼女だ。

(次こそ…しがらみなど捨てて好きな人たちと共に生きる。そして今度こそ、この剣が届く範囲は守りきってみせる。)

心の中でそう呟くと彼女は笑って姿を消した。

それは最後に見た痛みに耐えつつ無理矢理作った微笑みではなく、心からの笑顔だった。

(幻想…いや、この岩には魂の欠片が残っている。つまりは本物だ…。ならば、俺は今度こそ…。)

握られた手を握り返す。すると世界がボヤけだす。過去と会えるのは、過去との決別、出会いが必要なもののみ。その資格を失ったらしい。

故にもう彼女に会うことはない。自然と涙が頬を伝う。過去との決別。隣にいる子と出会ってから急速に動く時計の針。

機械をやめて一人の騎士として生きるのは、新鮮で楽しみだと思いながら目を閉じた。


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