パート5: 『鑑定』スキルの限界

洞窟の中は、湿っぽくてカビ臭かった。

壁からは水滴が滴り落ち、足元はぬかるんでいる。

配信画面のコメントは相変わらずだ。『まだやってんの?』『早く戦闘しろよ雑魚』……うるさい。無視だ、無視。


しばらく進むと、道の先から「グルル……」という低い唸り声が聞こえた。


いた。ゴブリンだ。

緑色の肌、尖った耳、手には粗末な棍棒を持っている。一体だけ。


「よし……」


俺は腰の剣を抜き、慎重に構えた。

緊張で心臓が少し速くなる。相手は雑魚だと分かっていても、油断すれば怪我をするのはこっちだ。


(……一応、鑑定してみるか)


期待はしていない。どうせいつもの情報しか出ないだろう。

俺はゴブリンに意識を集中し、スキルを発動した。


『鑑定』


視界に半透明のウィンドウがポップアップする。


【ゴブリン】

レベル:2

HP:30/30

MP:5/5

スキル:棍棒殴り

特性:臆病


「……ほらな」


やっぱりこれだけだ。

レベルとHP、簡単なスキル情報。こんなもの、戦闘の役にはほとんど立たない。

弱点? 行動パターン? そんな情報はどこにもない。


「ほんっと、使えないスキルだな!」


俺は内心で毒づきながら、ゴブリンに向かって駆け出した。


「とりゃあっ!」


剣を振り下ろす。

ゴブリンは「ギャッ!」と奇声を上げて棍棒で受け止めた。

鈍い衝撃が腕に伝わる。重い!


「グルアァ!」


ゴブリンが棍棒を振り回してきた。

慌てて身をかわす。危ない!


「くそっ!」


Fランクの俺は、Fランク相当のゴブリン相手にも苦戦する。

情けないけど、これが現実だ。

数回の斬り合いの末、なんとかゴブリンの脇腹に剣を突き立てることができた。


「ギィ……」


ゴブリンは短い悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……。い、一体目……」


息が切れる。額には汗が滲んでいた。

本当に疲れる。これで残り9体か……先が思いやられるな。


倒れたゴブリンが落とした汚い棍棒が、足元に転がっていた。


「邪魔だな……」


俺は何気なく、その棍棒を蹴飛ばした。

ゴロン、と音を立てて壁際に転がる。


……ん?

待てよ。

さっきの鑑定は、相手が『生物』だったから、あの程度の情報しか出なかったんじゃないか?

もし、これが『物』だったら……?


ほんの気まぐれだった。

俺は壁際の棍棒に近づき、もう一度『鑑定』スキルを使ってみた。

どうせ何も変わらないだろう、と高を括りながら。


【粗末な棍棒】

材質:不明な木材

耐久度:15/30 (低下)

特殊効果:なし

備考:柄の部分に微細なひび割れあり。強い衝撃を与えると破損する可能性が高い。


「……え?」


俺は思わず目を見開いた。

ひび割れ? 耐久度低下? 破損の可能性?


さっきゴブリンを鑑定した時には、こんな詳しい情報は一切表示されなかった。

これは……なんだ?


俺は棍棒を拾い上げ、まじまじと見つめた。

確かに、言われてみれば柄の部分に小さな亀裂が入っているような……。


「……鑑定スキルって、物に対してはちょっと詳しいのか?」


偶然か? それとも……。

俺の頭の中に、小さな疑問符が浮かんだ。

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