第4話 名前も知らない家族たち

 ――また、意識が戻ってきた。


 瞼の裏に、ぬくもりがある。

 頬には柔らかな枕の感触、鼻先をくすぐるのは、木と布とスープの名残りのような、優しい匂い。目を開けると、そこには変わらぬ木造の天井がある。


 夢では、なかった。

 さっき見た絵も、あの家族の姿も――全部、現実だった。


 「(やっぱり……私は、あの子に……この身体に、なってしまったんだろうか)」


 自分の手を見つめながら、ふとそう思う。

 でも、なぜ?どうして? 理由を探しても、頭は何も答えてはくれなかった。

 問いは宙に溶けて、代わりに静けさだけが返ってくる。


 そのとき、カチャリ、と扉の開く音がした。


 振り向くと、そこにはエプロン姿の“お母さんらしき女性”が立っていた。

 そのすぐ後ろ、そっと背中に隠れるようにして小さな男の子がついている。あの、弟らしき子。


 「今日はね、ここでみんなで食べることにしたの!」


 そう言って、お母さんらしき人がにこやかに部屋へ入ってきた。


 「一人だと寂しいし食欲も湧いてこないでしょう?これはティムが考えた案なのよ?ねえ、ティム!」


 名を呼ばれたティムは、照れたように頬を赤らめ、小さくうなずいた。


 その直後、後ろから元気な声が飛び込んできた。


 「ほら、二人とも机とか用意するんだから、どいたどいたー!」


 その声の主は、“姉らしき女の子”だった。

 栗色の綺麗な髪、大きな瞳。母に似た整った顔立ちに、きりっとした印象のある少女。

 手には背の低い、木製の食卓を抱えていて、ひょいっと軽々と部屋に持ち込んできた。


 「わっ、セラ姉ちゃん!僕が手伝うって言ったじゃん!」


 ティムが慌てて声を上げる。


 セラと呼ばれた姉はふふんと笑いながら、「ティムがモタモタしてるからよ!お腹空くじゃない!」といいつつ、ちゃっちゃと机を部屋の真ん中に設置した。


 その姿に焦ったティムは、キッチンへ駆け出していく。


 「じゃあ僕、お皿持ってくる!」

 

 「ちょっと、ティム!家の中では走らないでよ!」


 "お母さんらしき女性"が、その後ろ姿を追うように言葉を投げかける。声はあくまで穏やかで、叱るというより、あたたかく見守るような響きだった。


 わいわいとした空気の中で、部屋の隅、ベッドのすぐ脇に、小さな食卓が整えられていく。

 そこにはほんのり湯気の立つスープとパンが並べられていた。


 やがて三人はそろって手を合わせ、目を閉じる。


「『アシェリラ様』の恵みに感謝し、この命を受け取ります。」


 声は静かに、けれど深い祈りを含んでいた。

 アンも、見よう見まねでそっと手を合わせ、目を閉じる。


 目を開けると、お母さんらしき女性が食事を取り分けながら、ふと優しい声で尋ねてきた。


「アンはきっと、いろいろと覚えてないのよね。……私たちのこと、覚えてる?」


 その問いに、アンはしばらく迷って、ゆっくりと――ほんの少しだけ、首を横に振った。

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