SCENE 46:ご挨拶したいから

「で? 本当に一緒に寝ただけなの?」


9月の2週目、ひさしぶりの大学。呆れ顔で依ちゃんに聞かれて、恥ずかしくて思わず俯く。

昼休み。ご飯を食べたあと、わたしが持ってきたブラウニーをつまみながら話していた。


詳細に……ではないけど、あのあと本当に泊まって一緒に寝たことは寝た。

一応、依ちゃんには今までご心配をおかけしたから上手くいってますという報告と、じつは、むしろこっちなんだけど、そういう経験は依ちゃんの方がたぶん先輩なので、ご教授いただきたいというのもある。


「う、うん。一緒に……くっついて寝ただけ」


蓮にねだられて、たしかにわたしも離れがたかったので、家に電話してみた。

「友だちの家に泊まる」と思わず嘘をついたけど、お母さんは少しの沈黙のあと「いいわよ。今度ご挨拶したいから、連れて来てね」と言ったので、ドキッとした。微妙にバレてる気がする。相手は蓮なのも……わかってたり?


「うーわー。ナイわ」依ちゃんがさらに目を細めて首を振った。


「ナイの? やっぱ、ありえない?」彼女として。


「てゆうか、蓮くんの忍耐力に感心するよ」


でも、そうは言うけど……わたしの忍耐力も褒めて欲しい。

あのあとソファでまた例の体勢で一緒に動物番組とかアクション映画を見て、夕ご飯に宅配ピザを食べて……お風呂入る以外はほとんど蓮の腕の中だった。


だから蓮と一緒にベッドに入るときには慣れたというか、なんなら少しうざいと思い始めてたから緊張もしないと思ってたんだけど……それでも抱き枕みたいに背中から蓮に抱きしめられてるとさすがに眠れるはずもなく……とにかく話し続けた気がする。


わたしだけがどうでもいい話を一生懸命話していて、背中で蓮が「うん」とか「それで?」って相槌を打つたびにうなじのあたりに唇が触れる感じがするのでそれがくすぐったくて――


「何じゃ、それ⁉︎ 何じゃ、それ⁉︎」


依ちゃんが遮るようにわたしの口を塞ぐと、同じことを2回言った。


「も、もう、いいわ。何にもしてなくても……十分エロいし!」

「ご、ごめん。……でもそうしてたら蓮が先に寝ちゃったんだよ?」


だんだん蓮の返事が小さくなって腕の力が抜けたのに気づくと、そっと抜け出した。

蓮の端正な寝顔をしばらく眺めていたら、わたしも寝ちゃったけど。


「なるほど。……先に寝たと」依ちゃんが遠くを見るような目でうなづいた。


「その、べつにね、嫌ではないの。蓮のこと好きだし」

「わかるよ。最初は緊張するよね」

「あと……身体に自信ないし」


凹凸がないというか、くびれもなくて、大根足だし……たぶん、がっかりされる。


「身体って」依ちゃんがわたしの言葉に吹き出した。

「えーっ?」


笑うなんてひどい。

そう目で訴えると、依ちゃんはわたしの両肩に手を置いて言う。


「白井美夜みたいなアイドルや、ほかにも仕事で圧倒的にきれいな女に出会うのに、あえて、ちーちゃんがいいって言ってるんだよ? そこは自信持ちなよ」


「そ、そうか。……そうだよね」なんかそこで自信持つのも悲しい気もするけど。


体操でもしようかな。せめてくびれは作りたい。


「それより蓮くん、また仕事始まったんでしょ? 大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「来月のちーちゃんの誕生日。予定入ってるかだけでも聞いてみたら?」

「あ〜っ!」忘れてた。


「まあ彼のことだから、なんとしてもスケジュール空けてくれそうな気はするけどね」





一週間のオフの間、蓮には「ずっとここにいてもいいよ」と言われたけど、わたしもさすがに大学の選択の登録とかやることはあったし、何よりそんな爛れた感じになるのは良くないかなと思って、翌日の昼には帰った。蓮は「智奈の好きはやっぱり僕より足りないな」ってむくれてたけど。


本人はあれからなんと渋谷へ買い物に出たりとか、宮永くんや同じクラスだった友だちと会っていたらしい。


「全然、気づかれなかった。だから今度、外でデートしよ?」


あっけらかんと言われたけど、そういうものなのかな。それより高校の友だちと会ったと聞いて「よかった!」と伝えると「智奈……僕のことボッチだと思ってる?」と苦笑いされた。


休みが明けると、蓮はさっそく映画のアフレコ、ネット配信番組の収録、雑誌の取材などなど細かいお仕事が毎日入っていて、なかなかに忙しそうだった。でも長野に行く前より元気そうに見える。


やっぱり映画は精神的にキツい役だったのだろう。すごく気になるけど、蓮はその話になるとナーバスな表情で言いにくそうにするから、もう映画を見るまでは聞かないと決めた。


それより依ちゃんの言うとおり、予定を聞かないと。

そこでお泊まりした日以来、一週間ぶりに蓮の部屋を訪ねた。マスコミ関係の人がいないか気になったけど、とりあえずマンション入口にはいなくてホッとする。


仕事から帰ってきた蓮とお母さんお手製チキンカレーを一緒に食べて、蓮がお風呂から上がったタイミングで聞いてみた。


「あっ……ごめん。その日は仕事だ」


わたしの誕生日とは言わず、10月17日は空いているか聞いたら即答された。

ウッ……そうだよね。去年もプレゼントはくれたけど、我が家のお祝いには来られなかったし。


でも、つきあってから初めての誕生日は……やっぱり一緒にお祝いして欲しかったな。

や、べつに、いつもの家族とのお祝いが嫌というわけではないんだけど……。


「智奈、ごめんね? あらためて別の日にちゃんとお祝いするから」


頭に手を置かれた拍子に、ボディーソープのグリーンライムの香りがふわっと香る。

お風呂上がりの蓮の破壊力ったら!


「誕生日って気づいてたの?」

「智奈、僕をばかにしてる? そんな大事な日忘れるわけないでしょ!」


あ、その言葉だけで、もういいかも。


「ふふっ」

「何? 智奈」


気づかずニヤニヤしてたみたい。蓮が少し驚いてる。


「ううん、いいの。仕事なら仕方ないよね。プレゼント楽しみにしてる」


子供の頃から毎年欠かさずくれるものは、いつもわたしが欲しがってたものだ。

好きなキャラクターのキーホルダー、少し高級なノートや色鉛筆。高校生になってからは、映画のDVDとか。

去年は画材をもらった。コピックマーカーの36色セットだ。あとでネットで金額見てびっくりしたけど。


あっ、まるで催促するような言い方しちゃった。


「あー、うん。ちゃんと考えてるよ」って、なんで蓮が赤くなるの?


「あの……さ、智奈」

「何?」

「今度、ひさしぶりに智奈の家に行ってもいい?」


べつにいいけど、なんでそんな遠慮がちに聞くんだろう。

それにソファーの上に正座で、わたしの方に向き直り。

なんで、かしこまって……る?


「できれば継生さんと奈々さんが揃ってる日がいい」

「いいけど。お父さんは帰ってくる時間がまちまちだから、前もって聞いた方がいいかも」


でもきっと蓮が来るって言えば、お父さんも融通つけて帰ってくると思う。


「うん。前もって聞いて? ご挨拶したいから」

「ご挨拶?」

「智奈と付き合い始めたって」

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