SCENE 47:僕の全力で智奈さんを守ると誓います

といった会話の後の週末。我が家のリビングに……蓮がいる。


「蓮くん、お肉食べなさい」

「蓮くん、ビールは?って、まだ飲めないんだっけ?」

「はい。誕生日2月なんで」

「そうだった、そうだった」


わたしの右隣に蓮が、テーブルを挟んで向かいにお父さんとお母さんが座っている。二人とも上機嫌で、お母さんはすき焼きのお肉を蓮のお皿にばっかり入れてるし、お父さんは好きな銘柄のビールをそれはそれは美味しそうに飲んでいる。

ちなみにA5松坂牛も一番しぼりプレミアムセットも蓮の手土産だ。蓮のセレクト、抜かりない……。


「なんかひさしぶりよね〜。うちでご飯食べるの」

「一人暮らし始めてからだよね。仕事、忙しいんだろうけど……公貴さん寂しがってるんじゃないかい?」


お父さんの口から蓮のお父さんの名前が出てハッとする。

そうだよ。うちに来る前に、自分のお家に寄るべきだったんじゃ?


思わず横を見ると、蓮はやや硬い表情で首を横に振ると口を開いた。


「実家にはあらためて顔出すんで。今日は……お二人にご挨拶に来たというか」


蓮がそう言うと、お父さんは動揺したのか、ビールの入ったグラスをゴトンと落とした。


「ああっ!」

「いやだ! 継生さんってば」


テーブルに広がりかけたビールをお母さんが台拭きでサッと拭う。


「あっ、ごめん。あ、いや、いいんだよ。もう、だいぶ前から智奈と君は結婚するんだろうなって思ってたから……でも、まあ、少し早くないか?」


「ち、違うってば、お父さん!」思わず立ち上がって訂正する。

「つ、つき合い始めたって、報告だから!」


「えっ? んっ?」

「あらっ? そうなの?」


お母さんまで聞き返して来たのには驚いた。


「あなたたち、もう、とっくに付き合っているのかと……」


えぇーっ⁈

どこをどう見たら、そんなふうに見えるわけ?


「だから、このあいだ、病院まで付き添ってくれた男の子と会った時はちょっと驚いちゃった。……学校のお友だちだって言うし」

「えっ? そうなの? 奈々ちゃん。蓮くんじゃなかったの?」

「そんなわけないでしょ? 蓮くんは長野行ってたんだから」


「もぉ、勝手に喋らないでよ」


話がだんだん違う方向へずれていきそうで焦るわたしの手を蓮が握った。テーブルの下で。


蓮を見ると「いいから」と目で合図される。


「今日は付き合っていますという挨拶と、あらためて謝罪したくて」

「謝罪?」


お父さんがキョトンとした表情で聞き返すと、蓮は立ち上がって頭を下げた。


「僕のせいで智奈…さんが怪我したり、撮られたり、追い回される事態になったので」

「いや、それは蓮くんのせいでは――」

「今後も絶対に起こらないとは言えませんが……その時は僕の全力で智奈さんを守ると誓います」


わたしだけじゃなくて、お父さんもお母さんも赤くなった。

蓮ったら……すごく嬉しいけど、よく照れもせず、そんなこと言えるね。


「だから、交際を認めてください」


と言ってから、ようやく頭を上げた。

あ……蓮は蓮で緊張してたみたい。口元が僅かに震えていた。

ありがとう。ちゃんと挨拶してくれて。


「み、認めるも何も、ね? 奈々さん」


慣れないことに焦りまくってお母さんに意見を仰ぐ、お父さん。

でも……あれ? お姉ちゃんのときがあったじゃん。瑛士さんが挨拶に来た時はどうしてたの?


「そうそう。蓮くんのことはわたしたちよく知ってるから、今さら、ね?」


お母さんの方は早くも落ち着きを取り戻している。


「あ、でも」


えっ? 何、何⁈ お父さん。


「あの、噂になったアイドルの子とは……結局何だったの?」


えっ⁈ 今さら、聞く? それを聞く?


「本当に、なんでもないんです。ただ、今思えば僕の対応も悪かったと反省はしています」


蓮、即答。というか、まだ緊張状態続いてる?

顔が硬いし、なんか記者に答えるような口調になってるよ。


「やめてよ、お父さん。マスコミじゃないんだから。わたしが納得してるからいいじゃない」

「そうよぉ。大体、みぃやんはもう別の人と結婚したんだから」

「えっ? 奈々さん、そうなの?」

「継生さん、情報が古いわぁ。今月はじめくらいに発表が――」


お母さんがお父さんに美夜さんのことだけじゃなくて、最近の芸能ニュースを話し始めたので「もう座って」と蓮の腕をつかむ。


「うん」と蓮も少し肩の力を抜いて、席についた。


「食べよう? お肉、すっごく美味しいね。さすが松坂牛!」


卵液につけて口に入れるとお肉がとろける。……幸せ。


「ははっ、智奈、鼻の上、卵ついちゃってる」

「えっ? うそ。どこ?」はねちゃってた?

「これ」


蓮の指がわたしの鼻の頭をスッと拭うと、そのまま舐めた!

んで、蓮ってばニコニコしてるの⁉︎


嫌な予感がして、前の両親ふたりを見ると……固まっていた。

うわ〜っ、たまらなく恥ずかしい‼︎






「智奈ちゃん、蓮から試写会の招待状もらった?」


しばらく平穏な日々が続いていたある日、蓮を送ってきた鷹司さんから様子を伺うように尋ねられた。ちなみに蓮はシャワーを浴びている。


「試写会?」


今度の映画のことだろうか。

問い返すとほうじ茶を飲む鷹司さんの眉間に皺が寄った。


「あっ、熱かったですか?」

「ううん、違う。お茶は美味しいよ。そうじゃなくて、これなんだけど」


鷹司さんが足元の彼のカバンから何かを取り出し、ダイニングテーブルの上に置く。


二つ折りのカードだ。黒に金のエンボスで“Invitation”とまんま刻まれていた。

見ていいよと言うように鷹司さんがうなづいたので、手に取って開く。


映画『ブラッディナイト 〜惨劇の館〜』プレミア試写会 招待状

 【日程】10月17日(日) 17:45開場 18:00開映

 【場所】SOHOシネマズ六本木 SCREEN3

 【登壇】江角真由香、今橋亨、深山蓮、玉城麗奈/世水敬監督


「これ……」


日にちがわたしの誕生日だ。


「やっぱり、蓮からもらってない?」


仕事だって言ってた。たしかに仕事だけど……。


「聞いてないです……全く」教えてくれたっていいのに。


「あちゃ〜、何かそんな予感はしてたけど」


鷹司さんがさらに渋い顔でそう言った直後


「ああっ!」


浴室から出てきた蓮が叫んで、ものすごい勢いで招待状を奪い取った。


「あのねぇ、蓮。隠し通せることじゃないのわかるでしょ? 子供みたいなことして」


その勢いにわたしが唖然としていると、鷹司さんが笑いを噛み殺すように言った。

たしかに蓮は招待状を両手で覆い隠すように持っている。どうしたの?


「だって……試写見たら、さらに酷くて……智奈、たぶん、ドン引きするから」


言いながら、蓮が沈み込むようにしゃがんでしまった。


「えっ? 酷いって、演技が?」まさか、蓮が?


「いやいやいや、違う違う違う。おれは、凄いと思ったよ! 圧倒された! 絶対に蓮の代表作になると思う!」


蓮と対照的に鷹司さんが椅子から立って力説する。


「あっ、でも予備知識なく見た方がいい、絶対」


えっ? いったい、なんなの? 鷹司さん。


「蓮?」

「うぅ……」


何をそんなに嫌がるのだろう。

鷹司さんは褒めてるのに。


「蓮……これ貰わなくても、わたし、いずれ観に行くよ?」


うん。なんか、ますます見たくなった。

というか、蓮の作品は必ず見るって決めてるし。

たとえラブシーンがあっても……避けないで見るし。


「だよねぇ、智奈ちゃん。だったら招待で見てもらった方がいいだろ。ほら」


と背中から近づいた鷹司さんが蓮の手から招待状を奪い返すと、わたしに手渡した。


「はあぁー」って蓮、そんな絶望的な顔しなくても。


「蓮、それとも智奈ちゃんに誇れないような仕事したって言うの? 違うだろ?」


鷹司さんが急に真面目な表情になり、蓮に問いかける。

問われた蓮は両手で顔を覆ってはいたけど、首を横に振った。


「それは……ない。キツかったけど、全力でやった」


手を外してキッパリそう言った蓮の目つきが打って変わって鋭くて、ゾクッとした。


「早く、見たーい!」思わず声に出していた。


しかも誕生日に見られるなんて、最高じゃない?





鷹司さんが帰ったあと一緒に晩御飯を食べて、帰ろうとしたわたしに蓮はふたたび問いかけてきた。


「智奈。本当に……見る?」


ええ⁉︎ また不安そうにしてる?

どうしたら信じてもらえるんだろう。


「あのね、何度も言ってるよね? どんな蓮も好きだって」


玄関先で少し爪先立ちで蓮の顔に手を伸ばすと、目を合わせた。

滅多になくわたしから触れたからか、蓮の目が大きく開く。


「智奈、もう一回言って?」

「えっ? 何を?」

「“好き”って」


あっ、そ、そういえば言ってたかも。

でもあれは蓮に安心してもらうためであって、あらためて求められると……。


ボボボボって頬に熱が集まる。


「ほら、智奈」


あ、なんか蓮が面白がりだした。

そんな態度取るなら……


えいっ、わたしからキスした。軽くね。


「……うそ」


でも蓮が驚いてそう呟いたのも一瞬で。


「智奈が悪いんだからね」


と言われた直後、サッと抱き上げられて仕返しされた。

それも足の力が抜けちゃいそうな……甘いキスだった。

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