第2話 お后さまの召使い
「――さて、遅ばせながら自己紹介を。私は
「……お后さま、なのですね……あっ、僕は
「遠崎伊織さん、ですね。ふふっ、それでは宜しくお願いしますね、伊織」
「……あっ、はい!」
それから、ほどなくして。
そう、可笑しそうに微笑み告げる清麗な少女。……お后さま、だったんだ。でも、よくよく見ればそんな雰囲気も……いや、僕なんかに何が分かるのかという話だけども。……ただ、それはともあれ……うん、ドキッとするね。その可憐な笑顔から
ともあれ、今いるのは桧木の香りが仄かに漂う雅な和の部屋――つい今しがた仰ったように、帝さまのお后たるやんごとなき月夜さまのお部屋。そして、お察しかもしれないけどここは
「ところで、伊織。貴方は、現在どのような官職を担っているのでしょう?」
「あっ、いえ官職などとたいそうなものでは! ……その、ただの一介の古典教師でして」
「古典教師!? なんと、貴方は古典をお教えになっているのですか!?」
「……へっ? は、はい、一応。……その、最近は源氏物語の須磨を部分を――」
「……須磨、ですか? すみません、それは第何帖のお話でしょう?」
「えっと、確か12じょ――」
「12!? まだ5帖までしか出ていませんが!?
すると、ハッと目を丸くし言い放つ月夜さま。源氏物語が、まだ5帖――僕としても、ちょっとどころではない衝撃の発言。なので、驚くには驚いたけど……それでも、それ以上にふっと腑に落ちる感覚もあって。
……うん、やっぱり。まあ、薄々そうかなと思ってはいたけど……ただ、あまりにも現実味がない
……だけど、現実味のない
「――それでは、そろそろご事情を話していただけませんか? 貴方が、突如こちらに訪れることになったご事情を」
すると、改まった様子でそう問い掛ける月夜さま。僕としても、答え合わせをする上で恰好の問い。穏やかに微笑み答えを待つ彼女をじっと見つめつつ、僕は徐に口を開いて――
「……なるほど、そういうことですか。……うん、どゆこと?」
「……まあ、そうなりますよね」
それから、しばらくして。
たどたどしい僕の説明に、きょとんと首を傾げ尋ねる月夜さま。……まあ、そうなりますよね。正直、僕自身何を言ってるのかほぼ分かっちゃいないし。
「……ですが、どういう原理か貴方が
「……ですが、月夜さま。ひょっとすると、僕が嘘をついている可能性も」
「いえそれはないでしょう。だとしたら、貴方の話してくださった緻密で壮大な内容を
「……なるほど、それはご尤も」
すると、ややあってそう口にする月夜さま。話の流れで源氏物語は既に完結しているというお話をしたら、本当ですかこの先はどうなるのですかと頻りに聞こうとする月夜さま。ネタバレになっちゃうのもどうかとは思ったけど、ご本人が熱望なさっているのに僕の方で駄目だと決めつけるのもどうかと思い話すことに。幸い、それが決め手となり僕が未来から来た人間であることは信じていただけたようで……ふぅ、良かった。
「……さて、細かなご事情は依然把握できていないものの……ともあれ、貴方が目下行く宛もなく途方に暮れていることは理解しました」
「……はい、恥ずかしながら」
「……いや、恥ずかしくはないと思いますが……ともあれ、このまま見捨ててしまうのは流石にお気の毒というもの……なので、然るべき職務を与え
「……っ!? 本当ですか!?」
「ええ、もちろん。きっと、これも何かのご縁でしょうし」
「ありがとうございます、月夜さま!」
すると、ほどなくそう仰ってくださる月夜さま。そんな彼女に、僕は深々と頭を下げ感謝を告げる。……なんと、なんと寛容な御方なのだろう。生まれ変わってもまたお会いしたい。
「……さて、そうと決まればどうしましょう。やはり、こちらでも古典についての教鞭を……あっ」
その後、そっと
「――先ほども申しましたが、頗る端麗な容姿をなさっていらっしゃいますよね、伊織は。それも、男性というよりは中性的――なので、上手く装えば女性ということで何ら問題なさそうです」
「…………ん?」
そんな期待の
すると、そんな心中を知ってか知らずか何とも楽しそうに僕を見つめる月夜さま。そして、パッと花の咲くような笑顔で告げた。
「――はい、決まりました。貴方には、女房として私に仕えていただきます」
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