お后さまの召使い

暦海

第1話 ここはどこ?

「――ねえねえ、前から聞いてるけど伊織いおり先生ってほんとに彼女いないの?」

「うん、前から言ってるけどほんとにいないよ」

「じゃあさ、立候補して良い? あたし」

「あっ、ずるいよ陽菜ひな! 先生、だったら私も!」

「いやいや、藤本ふじもとさんも早川はやかわさんも、僕なんかよりもっと素敵な人がお似合いだよ」

「またまたぁ、先生ったら謙遜しちゃって!」



 京都府内の公立高、平陽へいよう高校――その校舎三階に在する、二年四組の教室にて。

 ある平日のこと。

 放課後、教壇にて教え子の女子生徒とそんなやり取りを交わす。基本コミュ障で、尚かつ歳の差もあり距離感が掴めない僕にこうして気さくに話し掛けてくれるのは本当に有り難い。そして、彼女達のようにコミュ力が高い人は本当に羨ましいと改めて……いや、この言い方は良くないかな。きっと、彼女達にも積み重ねて来たものがあるのだろうし。



「ところでさ、先生ってほんと綺麗だよね。化粧品、とかも使ってる感じないし……と言うか、化粧品使ってもこんな綺麗にならないよね」

「ほんとだよね。男性なのに、って言ったら偏見っぽくなっちゃうけど……でも、女性でも見たことないよ、こんな綺麗な人。普段、どんなケアしてるの?」

「……綺麗、だなんてそんな……でも、ありがとう二人とも。そうだね、何かしてると言うか……うん、健康的な生活は心がけてるかな」



 その後、僕をじっと見つめそう告げてくれる藤本さんと早川さん。綺麗だなんて、僕には過分にして勿体ないお言葉だけど――もしも僕の行動の中で美容に何かしらの貢献要素があるとしたら、それはきっと日々意識している健康的な生活の他なくて。





「…………これ、かな?」



 それから、一時間ほど経て。

 そう、ポツリと零す。そんな僕がいるのは、校舎の一階に在する図書室。理由は、二日後の授業のための資料を探すため。……まあ、本来ならもっと早くに準備出来たら良かったんだけど……その、言い訳ながらわりと忙しくて。


 ともあれ、目的の資料――平安時代の文化についての書籍を見つけることに成功。まあ、もちろんその関連の本はこれだけじゃないんだけど……どうしてか、このタイトル……と言うか、この本自体に直観的にこれだと思えて。それに、上手く言えないけど……どうしてか、この本からはどうにも抗いがたい魔力のような……うん、何を言ってるんだろうね僕は。もしかして、わりと疲れてるのかな?


 ともあれ、準備を終えたら今日はゆっくり休むことを決意しつつそっと本に手を添える。そして、決して傷めぬようそっと引き抜き――



 ――――パッ。



「…………へっ?」







「……ここ、は……」



 そう、ポツリと呟く。そんな僕の視界には、雲一つない青い空。そして、背中側には柔らかな――恐らくは、砂の感触。……えっと、どゆこと? 僕はただ、本を取ろうとして……それで、急にパッと辺り一帯が光に包まれて……うん、どゆこと?


 ともあれ、大いに困惑しつつもゆっくりと身体を起こす。すると、映ったのは息を呑むほどに彩り豊かで広大な庭園。そして、心地良く鼓膜を揺らす小鳥の囀りや虫の鳴き声。そんな、さながら桃源郷のような世界に僕はただただ茫然と……いや、まあ行ったことないけども、桃源郷。


 だけど、驚くべきはそこだけでなく――ぐるりと視線を移すと、庭園を囲うように映るは遠目からでも分かる鴻大こうだいで荘厳な数多の建物。そして、その中でも一際目を引く朱を基調とした鮮やかな建物――その左右には、それぞれ見事に咲き誇る橘と桜……ひょっとして、ここは――



「…………へっ?」



 卒然、微かに届く短い声。ハッと振り返ると、そこには――



「…………あの、貴方は……?」



 薄桃色を基調とした、見るも優雅な衣装を纏う一人の少女――そんな彼女が、僕をじっと見ながら茫然と佇んでいて。



 しばし、茫然とする二人。眼前には、10代半ばとおぼしき清麗な少女。背中まで伸びる艷やかな黒髪に、吸い込まれそうなほどに深く澄んだ瞳、そして陶器のように透き通る肌。それはまるで、この世のものとは思えな……いや、それはともあれ――


「……あっ、その、僕は決して怪しい者ではなく――」


 そう、慌てて口にする。……まあ、説得力皆無であることは重々承知だけども……それでも、今僕に出来るのはとにかく潔白を証明することだけで――



「……随分と」

「……へっ?」

「……随分と、不思議な服装をなさっていますね。いったい、どちらから来られたのでしょう?」

「……へっ? あっ、その……」


 すると、僕の弁解を気にした様子もなくそう問い掛ける少女。そんな彼女の言葉を受け、自身の身体へ目を向ける――こちらは図書室の時そのままの、仕事用の黒のスーツへ。……えっと、これが不思議? まあ、この雅な場にはそぐわない気もするけど……でも、不思議な服装とはいったい――


 ……いや、そんなことより今は返事だ。でも、どちらからと言うのが正解なのか――



「……ところで、初見から感じてはいましだが……随分と、綺麗なお顔をしていらっしゃいますね」

「…………へっ? あっ、ありがとうございます……」


 そんな具合に頭を悩ませていると、不意に届いたのは思いも寄らない称賛のお言葉。それも、キラキラと無邪気に目を輝かせて。……いや、貴女の方がお綺麗だと思いますが、それはともあれ――



「――ともあれ、貴方もそのように察せられますが、私の方も思いも寄らない状況に大変困惑しております。なので――是非とも、詳しくお話を聞かせていただけますか?」

「……へっ? あ、はい……」


 すると、柔和に微笑みそう問い掛ける少女。そんな彼女に、たどたどしく答え頷く僕。えっと、何はともあれ……うん、ひとまず助かった、のかな?


 




 

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