第38話 大丈夫

「ここに、音葉が……」


 律は灯から教えてもらった、音葉の知り合いだという人からの目撃場所に到着した。

 そこは、古くから数多くの舞台が上演されてきた演劇場。現在は建物の耐震工事をする為に、立ち入り禁止となっている筈だ。

 室内とは考えにくく、外かと思い、3人で手分けして捜すが、彼女らしき姿は見当たらない。

 またガセの情報を掴まされたと、気落ちした時であった。


「──ッ。これは、音葉の」

「律、何か感じたの? って、ちょっと何処行くの。建物内は立ち入り禁止だよー」


 唯斗の言葉を振り切り、律は真っ先に演劇場の入り口に向かって、走り出した。


(間違いない。これは、音葉の魔力オーラ。そこにッ。そこにいるの。音葉──)


 律は生まれた時から共にいた、微かに感じる魔力を追いかけ、ロビーを通り過ぎる。

 そして、最も彼女の魔力を感じた中劇場の扉を勢いよく開けた。


「久しぶり。律──」


 正面にある舞台に立つ彼女とは、距離はだいぶ離れていた。しかし、ハッキリと聞こえたその声と、撫子色の髪、躑躅色の瞳を持つ姿こそ、神倉音葉──そのものであった。

 彼女と道を違えることになってしまってから、1年も経たずに再会出来たことに、律の鼓動は歓喜し、早くなる。

 律は彼女に近付こうと、階段を降りていく。


「お姉ちゃん……」

「んー。どうしたの、律。もしかして、暫く会ってなかったから、寂しくなっちゃった? ほんと、律はお姉ちゃんのことが大好きなんだから」


 音葉は満面の笑みで両手を広げて、舞台の中心に立つ。


「もう安心して。これからは、お姉ちゃんと、ずっーと一緒だよ」


 その言葉を聞いて、ふと律は歩みを止めた。


「どうしたの、律。早く、こっちに来てよ」


 音葉は首を傾げながら、律のことを見つめている。


「──違う。お姉ちゃんは、そんなことは言わない」


 そうだ。音葉は大切な家族であり、姉である。だがしかし、困った時には、いつだって魔法少女として、助けに来てくれて、私を守ってくれた。

 両親が元戦闘特化型魔法使いである私達姉妹は、よく分かっている。最前線に立ち続けることに、どれだけの覚悟と実力が必要なのかを。

 だから、音葉は容易く、ずっと一緒にいるなんて言葉は言わない。

 私達が立つのは、医療現場である前に、常に危険が隣り合わせの戦地なのだから。


 律は疑いをかけるような目付きで、彼女を真っ直ぐに見据える。

 すると、舞台に立っている音葉カノジョは突如、大きな声で笑い出した。律が呆然とする中、彼女は、ひとしきり笑い終わると、その声を変えた。


「あーあ。もう、バレちゃったんだ。もっと遊んでいたかったのにな。残念」


 そう言った彼女は、つまらなそうな顔をしながら、後ろ手にする。

 すると、数ヶ月前、屋敷で見た光景と同じように、彼女の体からボロボロと覆っていた魔力が落ちていく。

 大人顔負けの言動からは予想がつかない幼い顔面、地面まで届きそうな程な黒の長髪。そして、幼女の華奢な体を覆う白のワンピース。

 声だけは判断しかねていたものが、彼女の姿を見て、確信に変わった。

 

「やっと、あえたね。愛しの魔法少女ちゃん」


 全てが狂い出した、あの日から。夢にまで見た幼女──夜行ヤコウ同盟盟主、鈴宮イトがそこに立っていた。

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