第6章

第37話 きっと大丈夫

 12月下旬。律は冷たい手を擦りながら、公園のベンチに座っていると、遠くから聞き慣れた声が聴こえた。

 

「あれ? 律〜、そんな所で何してるの〜」

「……唯斗」


 ポツリと呟いた後、濡れた地面をサクサクと歩いて近付いてきたのは、トウキョウ魔法統制局の同僚である唯斗と凪であった。

 唯斗は右側に座ると、律の膝上に置かれている電源が付いたままのスマートフォンを覗き見る。


「ん? コンウィズで何か調べてたの?」


 律のスマートフォンに表示されていたのは、世界No.1シェア率を誇るソーシャル・ネットワーキング・サービス『Connect With』。通称『コンウィズ』だ。気軽に文章や動画の投稿が出来るるので、若者を中心に利用されており、宣伝効果も見込めることから、多くの企業が広報アカウントを持っている。

 そんなコンウィズが表示された画面の上部にある検索欄には文字が入力されており、調べた形跡が残っていた。

 律が端末を手に取ると、唯斗は気になって、文字を読み取ろうとして、じっと目を凝らす。


「もしかして、お姉さんのこと調べてたの?」

「……はい」

「じゃあ、最近、定時ぴったりで帰ってた理由っって──」

「姉を捜していたんです。ここ、数ヶ月は全然情報が集まってなくて。それで、久しぶりにSNSで姉について検索したら、見かけたという投稿が幾つかあったので、無謀ではありますが、虱潰しらみつぶしに行ってて」


 律は震える指先で検索欄に触れる。次の候補には、『神倉音葉 行方』『音葉 見た』『オトハ いた』などと表示されていた。

 唯斗は悲しそうに眉を下げて、顔を歪める。


「ずっと捜してたんだね。ごめん。気付けなくて」

「いいんです。これは私の問題ですし、1人で勝手にやってたことなので」


 律は苦笑いをしながら、端末を握り締めて、俯く。その時、鋭い声が響いた。


「──そうじゃねぇだろ」


 顔を上げると、立ったままであった凪が、見下すような鋭い目付きで、こちらを見ていた。


「確かに、プライベートなことかもしれねぇけど。今はもう、お前だけの問題じゃねぇんだよ」


 凪は、やっと律の左側に座り、先程よりも穏やかになった視線を律に向ける。


「それこそ、不知火しらぬい総統制官だったら、国の将来に関わる重要案件だとか言うかもしれないが、俺らは同じ仕事をする同僚で、仲間だ。後、唯斗の言葉を借りるなら……友達なんだろ。だったら、共有させろ。少なくとも、コイツよりは役に立つ」

「ちょっと、コイツってボクのことだよね。その言い方は酷くなーい」


 唯斗がプクゥと両頬を膨らませる。その変わらぬ2人のじゃれ合いを見て、律の表情は崩れた。


「……ふふっ」


 律は声に出して、2人のやり取りに思わず笑ってしまった。

 唯斗は「あっ。やっと笑ってくれた」とニコニコしながら、律を見る。一方で凪も、安心したように少しだけ口角を上げた。

 律は両目に浮かんでいた涙を指の第一関節と第二関節の間で拭き取り、彼等に言った。


「ありがとう、ございます。実は、もう無理なんじゃないかって落ち込んで、苦しくなってたんです。けど、少しだけ、元気になれました。これからも頑張って捜し続けます……なので、唯斗。凪。私に力を貸してください。お願いします」


 律はベンチから立ち上がり、くるりと彼等がいる方向に振り返ると、膝とおでこがくっつきそうな勢いで、頭を下げた。

 少しして、地面に靴が擦れる音がした。2人は立ち上がり、律に声を掛ける。


「最初から、そのつもりだったけど? でも、改めて。大切な友達の為ならば、喜んで協力させてもらうよ。これからも宜しくね。律」

「はい。宜しくお願いします」


 差し出された手をギュッと握ると、それに続いて、もう1つの手が伸びてきた。


「……宜しく」


 ぶっきらぼうに告げられた言葉と共に、律はその手を握る。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


 律は左手で唯斗、右手で凪と握手を交わしながら、すっかり緊張の解けた表情で、2人を交互に見た。

 暫く余韻に浸るようにそうしていると、ベンチに置きっぱなしにしていた律のスマートフォンが細かく震えて、着信を知らせる。


「あ、ごめんなさい。電話が……」


 律は2人の手を離して、ベンチに駆け寄る。すると、そこに表示されていたのは、珍しい名前であった。


「あれ、灯さん……はい、もしもし。えぇ、律ですけど。どうしたんですか」


 通話先の灯は、何故か息を荒くしていて、聞き取りずらい。律は「何があったかは分かりませんけど、落ち着いてください」と冷静に言う。

 すると、彼女は声を荒げながら、言った。


『こんなの落ち着いていられるか! 一大事だ、律。神倉音葉が見つかった』


 彼女からの言葉を聞いた瞬間、律は片手で持っていたスマートフォンを地面に落とした。

 幸いにも背面から着地した端末は、液晶は割れずに通話画面を映している。


「え、どうしたの。律? スマホ、落としたよ」

『唯斗、其方そなたも居るのか」

「えっ、はい。律、ちょっとスマホ借りるね。はい。ここに居ます。凪も一緒です」


 唯斗は、しゃがんで律のスマートフォンを拾い上げると、凪にも聞こえるように、手慣れた様子でスピーカーモードに切り替える。

 そして灯は、律に言ったことを、そのまま彼等にも告げると、唯斗は静かに問い詰めた。


「……え。それ、本当なんですか」

『あぁ。今回は間違いない。元々、音葉の知り合いだった奴からの情報だ。それも今日は、総務部宛てに他にも幾つか目撃情報が来ている』

「で、目撃場所は?」


 凪は呆然とする2人の代わりに、情報を冷静に聞き出す。その後も数回、会話のやり取りをして、彼は通話を切った。

 律は口を開けたまま、絶句していた。


(音葉……音葉が生きてる、お姉ちゃんが生きてる、本当に? 本当だ、いる、生きてる、生きているんだ……)


 姉のことで、頭がいっぱいになり、支離滅裂な言葉が律の脳内を埋め尽くしていく。

 その様子を見た凪は、まず、ぼーっとしていた唯斗の頬を引っ張り、現実へと引き戻す。痛い痛いと言っているのを放って置いて、次に律の方を見る。

 凪は、自身が持っていた端末を元の主へと押し付けるようにして、渡す。だが、ゆっくりとそれを見て、受け取ろうとする両手は、寒さと言うよりも色んな感情が混ざり合い、大きな震えになっていた。

 その様子に唇を噛んだ凪は、未だ持っていた端末を無理矢理唯斗に押し付けると、彼は律を抱きしめた。


「……なぎ、さ」


 律は色んな意味で、ショートしそうな脳内で、途切れ途切れに彼の名前を呼ぶ。

 凪は律の背中まで両手を回し、強く抱擁する。そして、律の耳元で囁くように言った。


「大丈夫だ。なんて、簡単には言えない状況なのは、分かってる。でも、今、隣に居てやれるのは、俺達しかいないんだ。それと同じで、音葉さんの隣に居るべきなのは、律。お前だろ。だから……迎えに行くぞ」


 凪は回していた両手を離し、ポンッと律の肩に手を置いた。


「俺と、唯斗。で、律。3人で、な?」


 今まで見たことない自信満々な笑顔を浮かべた凪を見て、律は、やっと現実に帰ってきた。

 そして、思い出したかのようにポツリと呟く。


「……そうですね。皆んなで行きましょう。音葉の元へ」


 そのように言った律の表情は、すっかり正気を取り戻し、積もりに積もった音葉への想いと、イトに対するヤル気に満ちていた。

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