第12話 ゲームの時間(後編)

 現在の時刻は、夜の21時。


 僕とひーちゃんは、協力モードでタッグを組み、カートゲームのコースを駆け抜けていた。


 「たけくん、私、防御アイテム出たよ。 たけくんの後ろにつくから、他のプレイヤーからの攻撃、ちゃんとガードするね」


 「ありがと。じゃあ、僕は思い切って前を走らせてもらうよ」


 協力モードとは、2人1組で合計8組が競い合うレース形式で、出現するアイテムを使い、味方を援護したり、敵からの妨害を防いだりしながら、一緒にゴールを目指すモードである。

 ソロモードとは違い、どちらか一方が攻撃を受けて減速すると、ペアのもう一方も巻き添えを食ってスピードが落ちる仕組みになっている。

 だからこそ、味方との連携が勝負の鍵を握るのだ。


 僕とひーちゃんは、それぞれが引き当てたアイテムに応じてうまく役割分担しながら走り続け、今のところ見事に首位をキープしていた。


 そして、コントローラーを握る手には集中しながらも、僕たちの間では自然と、近況の話題が弾む。


 「ひーちゃん、先週、メールで“仕事忙しい”って言ってたけど、あっちじゃゲームとかやる時間あるの?」


 「うーん……一応、やれてるっちゃやれてるかなぁ。でもさ、朝から夜までギッチリ予定詰まってるから……移動中の車とか飛行機の中とか、あとは寝る前の30分くらいしか自由な時間がないんだよね」


 ひーちゃんは、コースのカーブを軽快に曲がりながら、少し苦笑い混じりに答えた。


 「だから最近は、短時間でサクッと遊べるミニアクション系ばっかりやってるかな?」


 「あーね。確かに、長編ストーリー系のゲームって、ある程度まとまった時間ないとやるの、キツイよね。ああいうのは、何時間もぶっ通しでプレイしてこそ楽しいとこあるし」


 「そうなの!だがら、やりたいのにできてないゲームが、もう山のように積み上がってて……。このままだと“積みゲー”の山、一生崩せない気がするよ」


 ひーちゃんは、少し笑いながらそう言ってため息をつく。

 その声には、ゲームを心から楽しみたいという想いと、忙しすぎる毎日への切なさが滲んでいた。


 僕はそんなひーちゃんに苦笑いを浮かべながら、前から気になっていたゲーム関連の話題をふと思い出し、訊ねてみた。


 「そういえば、ひーちゃん。新しいゲーム機の抽選、応募した?」


 ――あれは、ちょうど一年前のことだった。

 ゲーム業界を代表する大手メーカー、夢堂が、10年ぶりに次世代ゲーム機の存在を発表したのだ。

 そのニュースは瞬く間に世界中に広まり、ゲーマーたちは歓喜の渦に包まれた。

 以降、みんながその新型機の続報を、心待ちにしていた。


 そして、つい2週間前。

 ついに詳細なスペックや対応ソフト、独自のインターフェースといった情報が公式に公開されたのだ。

 革新的な新機能の数々に、世界中のゲーマーたちは沸き立ち、SNSでも連日大きな話題となった。


 その中でも、特に注目を集めたのが「事前予約は抽選制になる」という告知だった。

 つまり、発売日に本体を手に入れるには、まず抽選に応募して当選しなければならない、というわけだ。


 次世代機の人気は凄まじく、発売後すぐに店頭で買える見込みはほぼゼロに等しい。

 下手をすると、半年以上は入荷待ちか、あるいは高額転売品に頼るしかないとすら言われている。

 だからこそ、発売当日に確実に手に入れたいなら、抽選への応募は“絶対条件”だった。


 僕は情報公開の何日か後に応募を済ませた。

 確か今日が、その当落の発表日なのだが、まだ当落の通知はきていなかった。


 そして、生粋のゲーマーであるひーちゃんも、当然応募しているだろうと思って、軽い気持ちで話を振ったのだけれど――


 僕の問いかけに、ひーちゃんの体がピタリと硬直した。

 そして、表情が曇り、目にかすかな影を落とす。


 「抽選。……うん、抽選ね」


 「ど、どうしたの? 抽選で、何かトラブルでもあったの?」


 明らかに様子のおかしくなったひーちゃんに、戸惑いつつも訊いてみる。


 すると次の瞬間、レース中にもかかわらず、ひーちゃんはバッと僕の方に顔を向けて、今にも泣き出しそうな瞳で訴えてきた。


 「それが聞いてよ!たけくん。私、応募しようとしたの!したんだけど、応募条件満たしてないって言われて、参加できなかったんだよ!?」


 「あー……」


 思い当たる節があった。


 今回の抽選には、転売対策として特別な応募条件が設けられていた。

 それは、“現行のゲーム機で累計プレイ時間が100時間以上あること”――というものだったのだ。


 僕は自然とその条件を満たしていたから、深く考えもせずに応募していたけれど――

 ひーちゃんは、どうやら仕事の忙しさで、条件をクリアできなかったらしい。


 「確かに私、忙しくて、沢山はプレイできてなかったよ? でもさ! もし時間があったんだったら、絶対もっとプレイしてたもん! 100時間なんて、とっくに越えてたはずなの! 転売対策っていうのは分かってるよ? それがすごくいいアイデアだってことも分かってる。でもさ、でもっ……! 私だって、応募したかったのに……! 新しいゲーム機、欲しかったのにーー!!」


 子どものように感情をあらわにして捲し立てるひーちゃんを、僕は苦笑しながら、そっと宥めた。


 「……まぁまぁ、仕方ないよ」


 普段、“女優・星月 光”しか知らない人たちが今のひーちゃんを見たら、きっと目を丸くするだろう。

 泣きそうな目で声を震わせながら、新型ゲーム機への熱い想いをぶつけてくるこの姿は、洗練されたスター女優のイメージとは、まるでかけ離れている。


 でも、僕にとっては――こんな風になる

ひーちゃんは、すごく馴染み深い光景だった。


 ひーちゃんは、どうしようもなく悔しいことがあったときや、胸に押し込めていた思いがこぼれそうになったとき――こうして、感情を一気に爆発させてしまうのだ。


 女優として忙しく過ごしてきたこの四年間にも、何度かこんなふうに、電話越しに涙交じりで訴えてきたことがあった。

 そのたびに、僕は今日と同じように、落ち着くまで、宥めてきたのだ。


 「そもそも! 転売ヤーとかいう、変な生命体がいるのが全部悪いのっ!! なんで私が、そのせいで買えないの!? 私、ゲーム大好きなのに!! 絶対、売ったりなんてしないのにーー!!」


 怒りにまかせて、子どものように叫ぶ“感情爆発モード”のひーちゃん。

 この姿は、素の彼女の中でも、かなりレアなものだ。


 当然、こんな姿を誰にでも見せているわけじゃない。むしろ、こんな風に感情をさらけ出せる相手は、ごくわずかしかいない。


 ひーちゃんは、女優になる前――まだ学生だった頃から、どこか人と距離を置くような子だった。

 常に冷静で、一歩引いたところから周囲を見つめていて。感情をむやみに表に出すことは、ほとんどなかった。


 それは、今の「星月 光」としての洗練された空気とは少し違っていたけれど――根っこの部分では、何も変わっていない。

 彼女は昔からずっと、自分の本音を簡単に明かすことができない、繊細な心を持った子だったのだ。


 だからこそ、心の底から素直な気持ちをさらけ出せるのは、本当に安心できる、信頼できる相手の前だけ。

 僕や、彼女の両親のような――子どものころから、ずっと隣にいた人たちの前だけで、ひーちゃんは今の様に感情を爆発させるのだ。


 当然、今みたいに感情が高ぶったひーちゃんの扱い方は、僕にとっては慣れたものだ。


 ――こういうときは、余計なことを言わずに、聞き役に徹するに限る。


 「うん。そうだね。ひーちゃんは、悪くないよ」


 「だよね!?」


 僕の一言に、ひーちゃんは勢いよく身を乗り出してくる。


 ひーちゃんは一度スイッチが入ると、子どものように、堰を切ったみたいに不満や愚痴をまくし立てる。

 でも、その熱が冷めるのも早い。

 基本的には、言いたいことを全部吐き出してしまえば、何事もなかったかのように、すっと元に戻るのだ。


 だから僕は、下手に意見を挟んだりせず、ただ相槌を打ちながら受け止める。

 それが、いちばんいいのだ。


 「確かに、もし抽選に当たったとしても、私、そんなに遊ぶ時間ないよ? 朝から晩まで仕事で埋まってるし、どうせ積みゲーになるのは目に見えてる……。だけど! だけどそれでも!! ゲームが好きって気持ちは、本物なんだよ!? 他の人よりプレイ時間は少ないかもしれないけど、それでも私は……私だって、新しいゲーム機、欲しかったの!! 当たらないまでも、せめて、応募はしたかったのに!!」


 感情の波が、また一段と大きくなる。


 「うん。知ってるよ、ひーちゃん。

 ひーちゃんがどれだけゲームを好きか、ちゃんと知ってる。たとえ今はあまり遊べなくても――“欲しい”って思う気持ちは、全然おかしくないし、悪いことなんか、ひとつもないよ」


 「そうだよね!?う〜〜!!」


 ひーちゃんは、悔しそうにコントローラーを持つ手を震えさせながら、唸った。


 ひーちゃんは一気に感情を爆発させるタイプではあるけれど、ここまで悔しさをあらわにするのは、かなり珍しい。

 本当に、心の底から欲しかったんだろう。

 そして、それを口に出す機会も相手もなかったぶん、今ようやく思いきり言えたのかもしれない。


 と、そんな風に思いつつも、僕はちょっとだけ申し訳ない気持ちになりながら、意識をひーちゃんからひーちゃんが操作しているカートに移す。


 なぜなら――これだけ感情を爆発させながらも、ひーちゃんのプレイはまったく乱れていなかったからだ。


 むしろ、まるで操作している手だけが別人格のように、完璧な走りを続けている。

 ときどきこっちを向いて喋ったり、感情を荒らげたりしているのに、アイテムの使いどころも、コーナリングも、ミスひとつない。


 僕はひーちゃんの話に相槌を打ちつつも、しっかりレースに集中しないと協力プレイである事を忘れていそうな彼女のスピードに置いていかれてしまうのだ。


 これだけ気持ちがゲーム機の抽選の話に向かっているのに、プレイスキルは落ちるどころか、下手をすれば先程以上に冴え渡っている。

 まったく、器用すぎるにもほどがある。


 そんな僕の苦労もよそに、ひーちゃんはまだまだ喋り足りない様子だった。


 「確か、たけくんは応募したんだよね? ……ねえ、まさか私を置いて、先に当選したりしてないよね?」


 普段のひーちゃんなら、こんな子どもじみたことは絶対に言わない。

 でも、今は“感情爆発モード”真っ最中だ。

 ちょっとくらい理不尽になるのも、ご愛嬌だろう。


 僕は、ひーちゃんの地雷を踏まないよう、言葉を慎重に選びながら返す。


 「うん、応募はしたけど……当たるかどうかは、僕にも分からないよ。なにせ世界中のみんなが欲しがってるゲームだからね。よっぽど運が良くないと無理だと思う」


 「ホントに?」


 「本当本当。だって、あれ、調べたら国内だけで約三百万人が応募してたんだよ? 

 しかも、企業の想定を大幅に超えてて、公式が謝罪してたくらいだし。それに、僕ってこういう抽選とか、昔から当たった試しがないんだ。だから、今回も、多分ダメだと思う」


 「そっか。……うん。たけくんが当たらないなら、私も許す!」


 ひーちゃんは、ふっと頬を膨らませたあと、そう言って頷いた。


 許すも何も、僕は何一つ悪いことはしていないのだが、まあ、これで機嫌が直るならオールOKだろう。


 実際、僕自身も抽選にはそこまで期待していなかった。

 最初からダメ元だったし、落選しても精神的なダメージはゼロに等しい。


 だから、僕の中では――


 (うん、僕が落ちる事で、ひーちゃんの機嫌が戻るなら、それでいいや)


 そう思っていた。


 ……いや、ほんとうにそれでいいのか?


 まあ、今はひーちゃんの気持ちを安定させるのが最優先だ。細かいことは後で考えよう。


 実際、ひーちゃんはどんどん普段の調子を取り戻してきていた。

 僕は、今回もなんとかひーちゃんの感情爆発モードをやり過ごせたことに、ほっと胸を撫で下ろした。


 ――しかし、安心するにはまだ早かった。


 ピロン!


 不意に、僕のスマホが短く鳴る。


 「ん? たけくん、なんか着信が来たよ?」


 「ホントだ。……まぁ、たいしたことじゃないでしょ。きっとニュースの通知とかだよ。一応、確認するけど」


 僕は、ゲーム真っ最中で、手が離せない為、音声AIに着信を読ませる事にする。


 「へい、SIRU。今着た着信内容を読み上げて。」


 僕の声帯に反応して、音声AIが起動する。


 『かしこまりました。では読み上げます。』


 そう言って、AIが読み上げた内容が――


 《夢堂からのご連絡》


 《おめでとうございます!

 武様は新ゲーム機の事前予約抽選に当選いたしました!!ゲーム機の購入方法につきましては、追ってご連絡いたします。今後とも、我が社をよろしくお願いいたします》



 「「……」」


 静寂が、場を支配する。


 その静寂の中、場違いなほど陽気なBGMだけが、カードゲームのスピーカーから流れ続けていた。

 けれど、僕の気分はそれにまるで追いつかない。

 むしろ、本来なら飛び上がって喜ぶはずの当選メールを目にして、じわりと冷や汗が滲んでくる。


 ――無理もない。

 だって、たった今、「当たるわけないよ」なんて断言したばかりなのに――この結果だ。


 僕はおそるおそる、隣に座るひーちゃんへ顔を向けた。


 ……すると。


 「わぁ、おめでとう! たけくん、ゲーム機当たったんだね!」


 ひーちゃんは満面の笑みを浮かべ、心から祝福してくれるような声で言った。


 「あの、ひーちゃん? え、怒らないの?」


 「なんで怒るの? たけくん、何も悪いことしてないじゃん?」


 「いや、まぁ、それは……そうだけど……」


 ――わからない。

 これは一体、どういうことだろう。


 僕は考える。


 ――きっと、さっきまであった〝感情爆発モード〟が、終わったんだろう。

 それ以外に説明のしようがない。


 ひーちゃんは、本当に驚くくらい感情のオンオフがハッキリしている。

 爆発しているときは、子供みたいで、理不尽になるけど、落ち着くと、まるで何もなかったかのように、優しい通常モードに戻るのだ。


 おそらく、当選通知を見る直前に、うまい具合に通常モードへ切り替わっていただろう。

 だからこそ、今こうして満面の笑みで祝福してくれているのだ。


 うん、きっとそうだ。

 そうに違いない。


 僕は、自分にそう言い聞かせながら考え込んでいると、不意に、ひーちゃんが声をかけてきた。


 「あ、たけくん。私、防御アイテムが出たから、たけくんの後ろについて、たけくんをガードするね!」


 「あ、ああ。うん。お願い……!」


 そうだった。

 僕たちは今、協力プレイ中だったのた。


 ひーちゃんが通常モードに戻ったことに、心底ホッとしながら、僕も改めてゲームに意識を向ける。

 せっかくなんだ。

 この楽しい時間を、思いっきり楽しもう。


 ――と、そう思った、その瞬間だった。


 ポイッ。


 「え?」


 後ろにいたひーちゃんが、防御アイテムを僕めがけて放り投げてきた。


 それは見事に命中し、僕のカートは急減速。

 つられて、タッグを組んでいるひーちゃんのカートもスピードが落ちる。


 「わ、ごめん! 間違って前に投げちゃった!」


 「あ、ああ。全然、大丈夫だよ……」


 苦笑しながら、なんとかそう返した。


 ひーちゃんにしては、珍しいミスだった。

 普段の彼女は、どんな状況でも冷静にアイテムを使いこなすゲーマーだ。

 その彼女が、防御アイテムを誤って前方に投げるなんて――正直、驚きだった。


 しかも、たまたま間違って投げたとはいえ、狙ってもなかなか当たらないエイム機能ゼロの防御アイテムが、よりによって僕に命中するとは……。

 すごい偶然もあったものだ。


 ――うん。偶然、偶然。


 幸い、僕たちはもともと独走していた。

 敵に距離を詰められはしたものの、追い抜かれることなく首位をキープできている。


 「また防御アイテムが出たよ! 私、このまま、たけくんの後ろをキープするね!」


 「了解、お願い!」


 ひーちゃんが、再び防御アイテムを引き当てた。

 今度こそ――今度こそ、僕の背後からしっかりガードしてくれるはずだ。


 そう信じて、僕は遅れを取り戻すべく、スピードを上げる。


 ――そのとき。


 ポイッ。


 「ひ、ひーちゃん……?」


 まただ。


 またしても、ひーちゃんは僕に向かって防御アイテムを投げつけ、きっちり命中させてきた。


 「あ、ごめん!私、また。一体どうしちゃったんだろう?次は気をつけるね!」


 ひーちゃんはそう言って屈託のない笑みを僕に浮かべた。

 僕は何故か、その笑みを怖いと思った。


 「う、うん。まぁ。ミスま誰にでもあるからね。2回連続で前に投げちゃう事もあるよ。」


 そう。

 ミスは誰にでもある。

 ひーちゃんだって人間なのだ。

 2回連続、間違って防御アイテムを前に投げてしまう事だってあるだろう。

 そして、その2回ともが、本来狙っても当てることができない、プレイヤー直撃になる事だってきっとある筈だ。多分。おそらく。


 僕たちは、二回連続でアイテムを当てられたことで、まだ追い抜かされこそしなかったものの、次にミスをすれば首位を取られる――そんなギリギリの差まで詰め寄られてしまっていた。


 そして、そんな緊迫した場面で――


 「あ、また防御アイテムが出たよ!」


 またしても、ひーちゃんに防御アイテムが出た。


 「それじゃあ私、またまた、たけくんの後ろにつくね?」


 「う、うん。お願い……。でも、今度は――」


 「もちろん分かってるよ! 今度はミスなんてしないから!」


 「そ、そっか。それじゃあ、任せるよ……」


 「任せて!」


 ひーちゃんは、元気よく宣言し、僕のすぐ背後にぴたりとついた。


 コースは大きな弧を描くカーブに入る。

 僕は慎重にドリフトを決めながら、細心の注意を払って走っていた、そのとき――


 ポイッ。


 ……もう、言わなくても分かるだろう。


 「あの、ひーさん?」


 「うん?」


 僕は恐る恐る、言葉を選びながら切り出す。


 「つかぬことをお伺いしますが……」


 「なに?」


 「もしかして、かなり怒ってます?」


 「……」


 「……」


 「そんなことないよ」


 「絶対ウソだ!! 今の間、何!? 絶対怒ってるじゃん!! 三連続で防御アイテムを前にいる相手に当てるなんて、狙わないとできないよ!? いや、狙っても普通できないよ!?」


 もはや、確信犯だった。


 特に、最後のカーブでの一撃なんて、水平に投げたくらいじゃ到底当たらない。

 相手の動きやライン取りを完璧に読みきったうえで、計算づくで投げなければ命中するわけがないのだ。


 そして、そんな、ひーちゃんの三連撃による自爆で、僕たちはついに抜かされ、首位から転落してしまった。


 そんな無念をにじませながら僕が言葉を絞り出すと――ひーちゃんはついに、貼り付けていた笑顔をかなぐり捨てた。


 「そうだよ! ウソだよ!! わざと当てたんだよ!! 私を裏切って当選なんかしたたけくんを、懲らしめるためにね!!」


 ひーちゃんは、目に涙を浮かべながら僕に叫んだ。


 やっぱり、あの笑顔は全部作り物だったらしい。

 さすがトップ女優――

 腹底を微塵も見せない完璧な笑みだった。

 しかし、今はそんなことに感心している場合ではない。


 ひーちゃんの感情は、落ち着きかけていたところから、完全に〝感情爆発モード〟へと逆戻りしてしまったのだ。

 どうやら、通知が来た時点ではまだギリギリ通常モードに戻れていなかったらしく――

 間一髪、アウトだったらしい。


 「別に裏切ったわけじゃないよ! 仕方ないじゃん! 僕だって、まさか当たるなんて思ってなかったんだから!」


 「何で、たけくん当たるの!? あれだけ確率が低いとか、ゲーム運が無いとか言って、当たらないムーブかました直後に当選とか、完全に私への当て付けじゃん!! 嘲笑ってるじゃん!!」


 「誤解だよ! 偶然なんだって!!」


 「偶然でも何でも、当てたたけくんが悪いの!! しっかり報いを受けて!!というか、八つ当たりさせて!!!」


 「そんな理不尽な!!」


 こうして僕は、味方であるはずのひーちゃんに延々と攻撃を浴びせられ――

 途中までの首位は何だったのか、最終的には堂々の最下位でゴールインすることとなったのだった。

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