第11話 ゲームの時間(前編)
現在時刻は20時45分。
「やっぱり、ひーちゃん上手いね。全然ミスしないじゃん」
「そう言いながら、たけくんもちゃんと後ろついてきてるじゃん」
僕とひーちゃんは、オンラインでカートゲームを楽しんでいた。
このカートゲームのルールはシンプルだ。アイテムを駆使しながら、16人でコースを3周して順位を競う――ただそれだけ。
モードにはチーム戦と個人戦があり、今プレイしているのは個人戦。つまり、僕以外の15人全員がライバルということになる。
そして現在、1位がひーちゃん、2位が僕。
それ以下の順位とは大きく差が開いていて、実質的に僕とひーちゃんの一騎打ちになっていた。
僕はなんとか抜かそうと必死に追いかけているけれど、ひーちゃんは一度もミスをしない。
それどころか、コースにあるすべてのショートカットを完璧に決めてくるから、距離を縮める隙すら無い状況であった。
でも、さっきひーちゃんが言った通り、引き離されてもいなかった。
なんとか、ひーちゃんのすぐ後ろに食らいつく事は出来ているのである。
「まぁね。ひーちゃんが海外に行ってからも、ちょこちょこやってたからさ。高校のときみたいなボロ負けはもうないよ」
実は、このカートゲームは、高校の頃にも、よくひーちゃんと一緒に遊んでいたのだ。
しかし、その当時はひーちゃんに全く勝つ事ができなかった。
悔しくて、勝つまで、ひーちゃんを突き合わせたのを今でもよく覚えている。
あれから四年半。
僕は地道に練習を重ね、ようやく今こうして、ひーちゃんに喰らいつけるくらいには成長できたのだ。
が――
「確かに、すごく上手になってる。でも、私も簡単には抜かされないよ?」
結局のところ、やっとのことでようやくギリギリ、四捨五入して五分の実力。
追いつくことはできても、追い抜くにはまだ届かない――そんな現実を、僕は今まさに思い知らされていた。
というか、
そもそもの話、僕はこの四年半、地道に、時間をかけてこのゲームの腕を磨いてきたのに対し、ひーちゃんはというと、ほとんどこのゲームを触っていないはずなのである。
なぜなら、ひーちゃんはひとつのゲームをやり込むというより、さまざまなジャンルを幅広く楽しむタイプだし、今は女優という多忙な仕事も抱えている。
だから、そもそもゲームに割ける時間なんて、それ程ない筈なのである。
だからこそ、いま画面の向こうで、まるで熟練者のように――いや、それ以上に洗練された動きで、コースの最適解とも言える走りを見せてくるひーちゃんが、僕には信じられなかった。
何年もかけて練習してきた僕より、殆どやっていないはずのひーちゃんの方が上手いなんて――
やっぱり、ひーちゃんのプレイスキルは天性のものなんだなと、僕は感嘆した。
そして僕は、最後まで必死に食らいついたけれど――
ひーちゃんは一度もミスを見せることなく、そのまま1位でゴールインしたのだった。
「はー。負けちゃったかー。やっぱ、ひーちゃんに勝つのは難しいなー」
僕はコントローラーを置きながら、ため息をついた。画面には、しっかり1位のひーちゃんの名前が輝いている。
「でも、けっこう接戦だったじゃん。アイテム次第じゃ、全然負けてたよ」
「そーかもだけど、欲しいアイテムって、欲しいときに限って出ないよね? さっきなんて、三回連続で防御アイテムしか出なかったんだよ」
僕がそうぼやくと、ひーちゃんは不思議そうな顔をして、首をかしげながら口を開き、
「え? でも、防御アイテム引けてたんだったら、それ、前に投げれるよね?それで私に当ててたら、たけくん勝ってたんじゃない?何でしなかったの?」
と、あっけらかんと、そんなことを口にした。
「いやいや、本来は相手に当てる仕様じゃない、エイム機能ゼロの防御アイテムだよ? それを走ってる相手にピンポイントで当てるなんて、僕には無理だよ。」
たぶん、ひーちゃんにとってはそれほど難しくないテクニックなのだろう。
でも、僕からすれば、それは神プレイ認定間違いなしの高等技術なのである。
あまりにもさらっと差を見せつけられる言葉を言われて、僕は思わず苦笑いを浮かべた。
「……あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「うん、もちろん。分かってるから大丈夫だよ」
ひーちゃんは、自分が無自覚にマウントを取ってしまっていたことに気づき、少し慌てたように謝った。
けれど、僕は笑ってそれを受け流す。
こういうのは、昔からだ。
ひーちゃんはあまりにもいろんな才能に恵まれていて、悪気なく、でも相手によっては皮肉に聞こえてしまうようなことを言ってしまう。
本人も、それを自覚していて、普段は言葉選びにすごく気を遣っているのだが――それでも、こうしてふとした拍子に出てしまうのだ。
「はぁ……久しぶりにやっちゃった。普段はちゃんと気をつけてるのに……たけくんとゲームしてるのが楽しくて、つい」
ひーちゃんはそう言って、しょんぼりとうつむいた。
皮肉のつもりなんてもちろんない。マウントを取る気なんて、ひと欠片もない。
でも、そうとは知らずに放った何気ない一言で、相手を傷つけたり、泣かせてしまったり――ひーちゃんには、そんな経験が過去に何度かあった。
だからこそ、ひーちゃんにとって、自分でもコントロールできないその癖は、大きな悩みの種になっているである。
そんなひーちゃんに、僕は穏やかに言った。
「いやいや、僕は全然気にしてないから大丈夫だよ。ていうか、僕の前ではそんなの気にしなくていいよ」
「……え?」
ひーちゃんが顔を上げ、きょとんとした目で僕を見る。
「だって、そんなの意識しながらゲームしてたら、心から楽しめないでしょ?
僕は、ひーちゃんが悪気があって言ってるわけじゃないって、ちゃんと分かってるから」
そう。何度でも言うけど、ひーちゃんも、悪気があるわけではないのだ。
ただ、あまりにもたくさんの才能を持っているせいで、“普通”の基準が、周りとズレてしまっているだけ。
「もちろん、外では気をつけなきゃいけないこともあると思うけどさ。でも、僕と一緒にいるときくらいはーーね?」
女優として、たくさんの人の目にさらされながら生きているひーちゃんは、きっと日常のひとつひとつにまで気を配っている。
言葉も、仕草も、振る舞いすべてに。
だからこそ、せめて僕といるときくらいは――肩の力を抜いて、ありのままのひーちゃんでいて欲しいと、そんなふうに、僕は思うのだ。
その想いを口にすると、ひーちゃんは一瞬驚いたような顔をしたけれど――すぐに、ふわっと優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。やっぱり、たけくんは優しいね」
照れくさそうに、でもどこかホッとしたような笑顔でそう言うひーちゃんに、今度は僕の方がむずがゆくなって、思わず視線を逸らしてしまう。
「いや、別に大したことじゃないよ。……っていうか、優しいとか言われると、反応に困るんだけど、」
「ふふっ。でも、事実だから仕方ないよね?」
ひーちゃんはいたずらっぽく笑いながら、ちょこんと首をかしげた。
その何気ない仕草に、本日何度目か分からない“ドキリ”を胸にくらってしまう。
僕としては、ただ自然に思ったことを言っただけで、別に特別すごい事を言ったつもりはなかったのだけれど――
どうやらひーちゃんには、それが思いのほか、響いたらしい。
心地よい余韻が残る空気に、なんだか落ち着かなくなった僕は、咳払いをして、話題を切り替える。
「ま、どう捉えるかはひーちゃん次第ってことで。それよりさ、次のコースどうする?」
「あ、うん……じゃあ次は、チーム戦で協力プレイしてみない? たまには味方になって走ってみたいし」
「いいね。じゃあそうしよう」
こうして、ちょっと照れくさい空気をなんとかごまかした僕は、再びひーちゃんとともに、ゲームの世界へと飛び込んでいった。
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