第15話 熊神様 <ウルス・デュー>

 諜報員として隊に入隊した僕、望月静兎もちづき しずとは今、ある村で任務を行っている。その任務とは、村の持つ防衛力の調査、査定を隠れて行うことだ。


 時間は夜20時を過ぎた頃。淡く光るテントとポツポツ灯る焚き火、そして子供達と依然盛り上がっているバーリさんを見下ろす形で、村の中央にあるお城の頂上、エイムベアを示す旗の先端に爪先で立ち、僕は外を眺めている。


 防壁、正確には防幕ぼうまく?と呼べば良いのか、その高さがすごく絶妙で、ギリギリ外の景色が見えており、いくつかの監視塔があるのがわかる。


よぉぉく遠くを見ると、フランクさんの戦闘機のコックピットがチラリと光る。


「……警備隊のような者はいない……。

武装も外からでは確認できない……。

隊長が言った通り、この村自体の戦力はとても低いと視るべき……」


 ふと背中側の真下を見た。

会議が終わったのか、隊長達とこの村の村長が出てくるのが見えた。


「やっぱり、一筋縄じゃいかなそうだよ。

リンちゃん……」



 僕と眺月なつき、そして隊長のリンは同い年、同じ学校出身、そして幼馴染み。だから、新隊にこの3人が揃ってくれたことに、僕はものすごく喜んでいた。

まあ、遊べる訳じゃないけれども。


「さて……気になる村の後ろ側を見に行きますか!」


僕は脚を兎の脚に変え、トンッ!と足場を蹴って一気に防幕へ向かって跳んだ。



 僕の能力は身体能力強化と完全兎化。人間の力換算で兎の力を引き出せる。だから1回のジャンプで、ざっと見積もっても高さ20m、距離だと40m以上は移動できる。そしてその脚力に加えて、俊敏に小回りが効く動きがとても得意だ。


 旧時代に存在した日本という場所には、昔“忍者”と呼ばれていた、諜報活動や奇襲、破壊工作を行う人達がいたらしい。僕はその末裔らしく、能力にも恵まれ、幼い頃から術やら戦闘法、格闘法、暗殺術やらを、骨の髄まで叩き込まれてきた。


 正直苦しいとか、辛いとか、負の感情に苛まれることはなかった。昔からやってきたことで、当たり前の日常だったから。


でも寂しさは感じていた。


そんな時、手を引いてくれたのが、他でもない、今僕らの隊長をしているリンちゃんだ。彼女と、それから仲良くしてくれた眺月には、心の隙間を埋めてくれたことを、まさに心の底から感謝している。


だから、まだ一緒に近くにいられることを、僕はすごく嬉しく思う。



 感謝を思いながら防幕を飛び越えて、村の裏に出た。


中とは打って変わって、静かで暗い嫌な静寂が広がっている。唯一遠くの監視塔のいくつかが光ってくれているのが救いか。


「こっち側は完全に手薄……。更にはクレーターの更地が最も広いこっち側は、攻め入りやすすぎるし、こちらも守りにくい……。

やっぱり空から守らせてくれればなぁ……」


 村の決まり、仕来たり、禁止行為が邪魔をしていることに、どうしても悪態と愚痴を思ってしまう。でもこれは任務だ。やれることを全力でやるだけ。でなければ僕らのここにいる意味がない。


「よし……じゃあ次は側面を――」


移動しようと思った瞬間、遠くからカラァン! カラァン! と鐘が2回鳴った。


ザッ!と腰にある小刀に手を添え、脚を兎の脚に再度変える。


耳に装着した通信機が鳴った。


『静兎!! 今何処にいる?!』


リン隊長の声だ。


「村の裏! 中央の城背面側の防壁の外!」


敬語を抜き、必要な情報のみを早急に伝える。


『ならば注意しろ!! そちら側に敵対するものが近づいてくると、村長が教えてくれた!

同時に村民は全員、自身のテントに避難した!

そして不十分な情報なんだが……』


リン隊長の言葉が鈍る。


『その……熊神ウルスという、村民が崇める存在が対処すると言っていて、その存在は、けっして肉眼で観てはいけないとのことだそうだ!!』


ウルス……外交挨拶で隠され、崇められていた存在の名前……。


『これは村の秘密に関わることかもしれない!! 慎重に行動しろ!! こちらも今からはお前の存在を隠すっ!! 今からの通信は厳禁とする!! 以降は個人行動をとって、問題が発生次第そちらからのみ報告しろ!!』


「了解!! 通信終了!!」


早々に通信機の電源を切り、鐘の鳴った方へ猛スピードで駆ける。


 隊長は“敵対するもの”と言ったが、つまりそれは、“機械派ではない”ということなのか。明言しなかった以上、これは確認しなければならない。もしもこれが日頃から起きている事象ならば、僕達が居れば解決するような、単純な話ではないことが確定する。


さらに、村民が崇める“ウルス”という存在。

観てはいけないとはどういうことなのか。諜報員として、徹底的に調べなければならない!



 兎の耳は音をよく聞けるだけでなく、音の発生源をほぼ的確に、そして正確に捕らえる事ができる。この力のお陰で、すぐに僕は鐘の場所までたどり着いた。


鳴らしていた人間はもういない。恐らく避難したものと思われる。


 エイムベアから結構な距離まで離れてしまったが、依然静かで不気味な静寂が続いていた。


「何もないのか……? いやそんな筈は……」


警戒し続け、鐘のある監視塔からゆっくり距離を離して、さらに暗闇へ入り込む。


一番村から離れた監視塔だったその鐘の塔から、遂に100m程離れたその時。


ドドドドドドドド……


ガルルルルゥゥ……

ガウッ!!

バウッ!!

ガルゥア!!


正面から突如、全身真っ黒で、形状も様々な謎の獣の群れが、全力でこちらに突進してきた。


「なっ!!? 野獣!!?」


即座に小刀を抜き構える。


敵対勢力とは言っていたが、まさか獣だとは。


 僕は一番前衛の獣に一瞬で近づき、首を狙って二回斬撃を繰り出す。しかし……。


グアァッ!!


「えっ!!!?」


切った獣に僕は弾かれ、獣の群れの中に吹き飛ばされた。


確実に、獣の頸椎と頸動脈を同時に切り、即死させた筈だったが、その獣は死ぬどころか切り傷もつかなかった。

瞬間的に回復されたのか、もしくは斬撃がそもそも効かないのか。


「なんだっ!!? “生物いきもの”じゃないのか!!?」


獣の群れの真ん中に着地すると、既に群れの全ての個体が僕をターゲットにし、睨み、唸る。


心の中で僕は考える。


『切った感触は機械じゃなかった……。

相対する判断は完全にミスだったな……。

どうする……!? 今からでも逃げるべきか!?』


 完全に包囲され、一頭一頭と睨み合いを続けていると、急に群れの後方で獣が数匹、急に吹き飛んだ。


ギャウッ!!?

ギャバッ!!!

ギョボッ!!?


吹き飛ばされた獣は全て、胴体を切断され分離し、宙に舞ったかと思えば、まるで塵になったかのように消えていった。


「なんだ!!?」


吹き飛ばされた獣から視点を下に戻して僕は絶句する。



「キュッ!!!?…………」


そこにいたのは通常よりも遥かに大きい、僕の身長の5倍はある巨体の、大きな傷痕が大量についた、熊だった。


熊はその大きい手で獣の群れを蹴散らし、爪でことごとく両断しては、獣を次々に塵に変えていった。


熊の蹴散らして通ったところは道になっていて、ここを走れば逃げられる。獣も今は熊に釘付けでこちらを見ていない。


僕は群れの囲いを抜けて外側に出たが……。


『逃げる……?』


振り向き、未だ噛みつかれ傷ついては、反撃したりの攻防を繰り返す熊を見て、逃走の判断を、僕の心は止めた。


 僕は、一番外側で熊を睨む獣を、気づかれない内に胴体から真っ二つに両断した。

すると今度は、熊がしていた事と同じ様に、塵にすることができた。


「完全に体を両断させればいいのかっ!!」


僕は、熊に視点を誘導されて動きを止めている獣から順番に攻撃していった。


 気付けばいつの間にか、とても簡単な狩る作業に変わっていた。


そして1匹残らず塵に変え、静寂が戻った。



「ハァ……ハァ……」


呼吸を整えていると、ドシィ……と隣にその熊がのさばるように、そして威圧するように上から見下ろし、睨んできた。


『まずい…コイツが熊神か!!?

だとしたら僕完全に観ちゃったし、相手も僕を認知してしまった……初ミッションでここまでのミスは……もしかして解雇……ってそんな事考えてる場合じゃない!

事によってはこいつとも戦うことに…!!?』


全力で思考し混乱していると、熊が顔を近づけてきた。


 数秒ほどそのままになり、耐えきれず僕から熊へ声をかけた。


「……し……失礼でなければ……お聞きしたいのですが……貴方が……エイムベアの…………ウルス様……で…?」


熊がスンッと鼻をならした。

そして背を向けた。


『え!!? 無視!!?』


と思ったが、熊は手でヒョイヒョイと、着いてくるように促してきた。


僕は混乱しながらも、その熊に着いていくことにした……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「失礼でなければお聞きしたい……。村民の皆さんが崇めておられる、“熊神ウルス様”とは、どのような存在なのでしょう」


 避難の鐘が鳴ってから時間が経ち、安全が確実であることを村長に確認した私は、あるテントにて、その老人に重要な質問をしていた。


「リン様……そのご質問については、この村の根底に深く関わっており、一部どうしてもお答えできない話もございます……そう簡単に部外の者にお話しすることは……」


村長が申し訳なさそうに言う。


「できるだけこちらもこの村を守っていく上で、必要最低限でも情報が必要です。プライバシーや、個人の理由で答えられないものは省いていただいて結構です。ですからお願いします。教えてください」


しつこくなったが、やはり知らなければいけないことがまだまだ多い。

私は前のめりに村長に聞いた。


「分かりました。では民が知る知識を……」


村長はゆっくりと語り始めた。


「我々の崇めておりますお方は、現人神あらひとがみであり、熊神くまがみでもあります。

名を “ウルス・デュー” と申します。

エイムベアを、常に驚異から護り続けてくださっている尊き御方おかたです。そちらの都市での理解で言う、熊にる、この村で唯一の、能力者でございます」


……やっぱり、能力者だったか。

村長は続けた。


「エイムベアと言う名で、小規模の村を発足させてから幾年かして、ウルス様はこの村と民を守るため、この地にりて顕現し、驚異を払い、かたや撃退、屠り続けて下さっております。

……そのように…ここに住む者達には語り継いでおります……」


最後の歯切れの悪い言い方に、私はすぐに指摘をした。


「実際は違うので?」


「信仰される存在は、人が存在する限り、人が生き続けるためになくてはならないもの。

信仰派と呼ばれている我々には、そういう生き方しか出来ぬよう、運命に定められてしまいました……」


村長はあからさまにわざと、質問に対しての返答を避けた。

恐らくこれ以上踏み込んで欲しくないのだ。



 信仰派と呼ばれる者達の存在は、本来機械派以上に思想的に解り合うことができない者達として、ミクス側も対応する。


 外交官は最もそういったしがらみに長けた存在で、その中でも更に、私達の隊のメンバーである日和ひよりは、ずば抜けた実績、いわゆる、その場の理念や概念を変え、ミクスの頼もしいパートナーになって貰う、といったような事をする異常な外交実力者なのだが……。


そんな彼女も、今後ろで見守ってくれてはいるが、とても悩むように渋い顔をしている。


「では、質問を変えましょう。

先程から耳にする“驚異”とは何の事ですか?」


村長は体と声が震え始めた。


「……これは、この地に拠点を移してからのことでございます……。

得体の知れない獣の群れが、やたらにエイムベアへ押し寄せるようになりました……。

幸いにも村人には見られてはおりませんし被害もありませんが、もしもここを本格的に襲われれば、村の混乱と崩壊は免れません……。

そこへ更に機械派の襲撃が重なれば……」


「その2つが驚異……ですか……。

先程のは、その“獣”の方なのですね?」


「避難の鐘の音が2回……獣の襲来の合図で間違い御座いません……。そして恐らくもう、ウルス様が対処してくださいました……ここ最近は襲ってくる頻度も増しています……」


続けて聞く。


「“得体が知れない”とはどういう意味です?」


村長は初めて顔を上げ、私と目を合わせた。


「黒いのです……!

全ての個体、多種多様の形態の獣が共通して全て“どす黒い炎”でできているように……!」


村長は声を上げ、怯えの勢いを増して言った。


 “黒い炎”……。どうも無視できないワードのように思い、考え込んでしまった。


以降も質問を続けるも、それらしい情報は、これ以上聞くことはできなかった……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


同時刻。


 この星で最も大きい人口クレーターの更地。

そのある場所にて、黒いローブで体と顔を隠した謎の人間2人が、エイムベアを眺めながら会話していた。


「――予測通り…あの村に都市の人間が接触した……。黒獣こくじゅうは無駄に使わされたが、予定通りに事は進んでいる……。あとは機械派を待つのみだ……」


「遂に……遂に人をグシャグシャのグチョグチョにしていい時が来た……!!

遂に快感を得られる時が……!!」


片方が不気味に興奮している。


「命令あるまでは、けっして余計なことをするなよ?デゥルンゲル……。お前は彼に信用されなければ、我々の一員に迎えられることはないのだからな?」


すると壊れたように怒り狂い始めた男。


「どれだけ待ったと思っているっ?!!

私の求める快楽を、ずっっっっとお預けにされて、やっと目の前に餌が撒かれたのに?!!

まだ待てと言うのか!!?この小娘ぇっ!!!」


一方の激怒に、冷静に言葉を刺す少女。


「……彼が絶対だ……。彼が全てだ……。

命令に背くなら……この場で貴様を塵にするぞ……。そうなれば二度とお前の望みは叶わないな。なぁ? デゥルンゲル博士……」


そう威圧され、狂った男も流石に黙った。


「我々はこの姿をようやく表の世界に見せ、そしてようやく示すことができるんだ。

正しい人間だけが生きられることを……

そして正しい人間が我々であることを……!」


そう言ってフードを脱いだ彼女の片目には、黒い炎が力強く灯り、まるで今から起きる出来事に期待し、興奮するように揺れ動いていた。

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