第14話 外交【エイムベア】

 遊牧村“エイムベア"


 彼らのテリトリー内では、部外者は全員徒歩で移動しなければならない。なぜなら彼らは、とても警戒心の強い部族で、機械派に対しては勿論、見知らぬ者にも、違和感があれば構わず攻撃するほど、外界の攻撃意思に敏感だからである。(おさの許しがあればその限りではない)


だから、ゆっくり近づき敵意がないことを、荒野の長い距離を歩かせることで証明させる。

それが彼らのやり方である。


その彼らのテリトリーの広さは、半径約10㎞である。中心から遠ざかるほど、簡易な監視塔が多く建っており、その監視を徒歩で抜けることで、彼らから了承を得る。


 私たち、特殊外交戦線補助隊のメンバー、隊長である私を筆頭に、眺月なつき、バーリ、セバス、クラル、そして先に実機にて空で待機中のフランク計6名で、今現在ミクスを囲む外壁を越え、エイムベアへ向かって移動中である。


「やっと平坦な地上になりますね……」


クラルが、重い荷物を抱え直して言った。


「無理をするんじゃないぞ。そんな荷物くらいならば、私が持とう」


「いえ……大丈夫です。この中には、雑に扱えない代物も入っています……。

責任もって私が運びます……」


心配したバーリに、断りをいれたクラル。


「これより先で、着陸ポイントに着くフランクと落ち合う。そこまで行ったら休憩しよう。

その後、道中エイムベアの最後の監視塔に着けば、静兎しずとがエイムベアで使える乗り物を手配して待ってくれている。そこまで頑張って歩こうクラル」


私は励ましと共に、今後の動きを整理した。


正直、クラル以外体力は問題ない。荷物がなければ彼女も多少歩けただろうが、いったい何を持ってきているのだろうか。クラル本人の体と同じくらいの大きさになったまんまるのリュックを、彼女はからっている。


「……それは……必要……最低限の……物……なのか?」


眺月がボソボソとクラルに訊く。


「この中身は、言わば私専用の小さな研究室ラボが入っています。現地で役に立つもの“しか”入れてきていません」


クラルは眺月にきっぱりと言いはなった。


「……そうか…なら……頑張らないとな」


彼の励ましに、はい! と力強くクラルは返事をした。


約1時間後。


フランクとも合流し、休憩も済ます。


さらに約4時間後。


荒野をひたすら歩いて、ようやく遊牧村ゆうぼくそんが近くに見え始め、手前の監視塔根元で、静兎が手を大きく振りながら、ピョンピョンしているのが見えてきた。


「みなさぁん!! お待ちしてましたぁ!!」


聞こえるギリギリの距離まで近づいた。


静兎のもとに到着すると、彼の隣にある乗り物を知らない者達が、これは何だ?と質問する。


「この乗り物は、旧時代に人が使っていた、“車”、と言うもののレプリカです!

エイムベアの偉い人達だけが持っていて、1台だけ貸してくれました!」


すると、静兎はバーリを見て、すごく申し訳なさそうに言った。


「えっと……サイズ的にですね……バーリさんだけちょっと、中ではなく、上に座る形で乗って貰って良いですかね……」


これを聞いていたフランクがすかさず煽る。


「はっはっ! おおぃバーリィ。てめぇデブって言われてんぞぉ?」


「そっ!!?そういう意味じゃありません!!!」


静兎が兎の耳をポンッと出して、フランクの言葉を全力で否定する。


「ハッハッハッハ!!! 大丈夫だよ静兎君。

なんだねフランク。この筋肉の素晴らしさを見て、肉体への理解ができんとは……これは私と一緒にトレーニングをして――」


「勘弁してくれよ。ごりマッチョになんのはごめんだわ……」


煽りに動じないバーリはフランクに反撃し、怯んだフランクはバーリから距離をとった。


「それでは、操縦はわたくしが」


セバスが言った。


「あれ? セバスさん。この乗り物を知って?」


静兎が聞く。


「見ればある程度の操作方法は把握できました。それと、お仕えしているお屋敷の書庫の古い書物で、同じ乗り物を、密かに確認しておりましたので…」


 こうして、長方形に近い形の外装に4つの輪が付いた乗り物に、バーリは上へ、その他は中へ乗り込み、無事に発進した。


「そいえばよぉ……結局あのギャルロボと青年はついてこなかったのか?」


気付いたフランクが私に聞いてきた。


「デルタは今一度、博士が着けたいオプションがもうひとつできた為に、ぜひ完成させてから送りたいと。

境間界人さかいま かいとは、昨日バーリとの模擬戦によって課題が生まれ、そこを補ってから合流する予定になっている。どちらも明日以降に落ち合うことになるだろう」


するとフランクが窓から顔を出し、上にいるバーリに聞く。


「なんだてめぇ! あの後始めて会った奴を、いきなしいじめやがったのか!?」


あぐらをかいたバーリは黙って、風と砂を肌で感じながら、瞑想めいそうするように目を閉じていた。


「……いじめじゃない……模擬戦……そう言ったろ……?」


中から眺月にボソリと、怒り交じりの言葉が飛んでくる。


私が続ける。


「昨日の会議の後、境間界人の能力把握を試みたんだが、彼自身がまだ、能力を完全に、そして安全に扱うのが難しかったようなんだ。だから私が頼んで、外交参加を意図的に遅らせたんだよ」


「ほぉ~ん。まっ、能力の詳細も分からねぇんじゃ、仕方ねえかぁ?

しかしよぉ、能力把握ってんなら、バーリは調べる人間としては人選ミスだったろうよ?

物理が効かねえ、お筋肉様だぜ?」


私は手を顎に置き考える。


「あの状況下において調べられたこと……。

確かに…私や眺月が相手していた場合は、また違った気付きがあったかもしれない……。

それに彼はまだ未熟の部類……。もっとやり方を丁寧に工夫し――」


「……あの……人選ミスであることは否定しないので……?」


クラルが私に言い、私は考え込むのをやめた。


「あっ! 見えてきましたよ!」


操縦するセバスの隣で、静兎が興奮する。


 見えてきたのは、布と柱でできた簡易防壁かんいぼうへき。高さ10m以上あるそれの影響で中は見えない。


事前情報にもある通り、彼らの村は遊牧村であるため時期によって場所を変える。そのため防壁は、村を守るためというよりは隠すためにあり、村ごと移動する際に即解体して持ち運べる構造になっている。



検問が済み、ようやくエイムベアの中へ私達は入った。


村の中心であろう木製の小城を除き、通りの回りにあるのは全てテントである。これも村全体で移動する為のものなのだろう。


みすぼらしいという訳ではないが、見える村民そんみんは皆、少し装飾がある程度の布を体に巻いているだけで、豊かに暮らしているかどうかは、正直私には判断できなかった。


ただひとつだけ気付いた事は、遊んでいる子供達が笑顔だった。


通りすがる途中、子供達がこちらを見て興奮して手を振ったり、笑い転げているのが見えた。おそらく上に乗っているバーリが何かしているのだろう。


「暇になったら、子供達と一緒に遊んであげてくれバーリ!」


私は上に向かって声を張る。



 遂に小城の入り口手前で、セバスが乗り物を停めた。


「やっと到着かぁ?」


気怠そうに聞くフランク。


 乗り物を降りて改めて建物を見ると、先程は小城だと判断したが、どちらかといえばもっとテントを城っぽく改装、増築したような、不思議な建物であることが分かった。おそらくこれも解体して持ち運びできる建造物なのだろう。


ハオ博士の発明でよく面食らうことが多いが、この小城も凄まじい仕組みに見えるが、どうなんだろうか。


と思ってクラルを見ると、目を輝かせて建物を眺めていた。彼女から見ても凄いものであることは確からしい。


 建物の扉がひとりでに内側に開くと、中から女性が出てきた。


「まったくもうっ!! 遅いですワよ皆様方?!!」


「すまない日和ひより。想像よりも距離があってな。村長は中かな?」


「お待ちですワ!! さっ!! お急ぎを!!」


急かされて、私は皆を先導し扉の奥へ進む。


千条せんじょうのみや日和ひより

代々、都市ミクスの外交官を勤め続けている名家の令嬢であり、現状外界との交流が最も重要とされている私達の都市にとって、ハオ博士に次ぐ超重要人物の1人。

入隊を推薦したのは、ハオ博士含む上層部の面々大勢。大層な人間を私の部下などに加えさせたものである。


「大変お待たせしましたわ。

ワタクシがお話しさせていただきました、エイムベアを守る守護隊兼外交補助隊として派遣されました、特殊外交戦線補助隊とくしゅがいこうせんせんほじょたい、そしてこちらがその総隊長、焔神えんがみリンですわ」


考え事をして進んでいたら、四方を幕で隠された正面の何かに、日和が声をかけた。察するに村長が中にいる。


私に合わせて、全員がザッと片膝をつき跪く。


「ホッホ。これはこれは皆々様。ようこそここまでいらっしゃいました……」


カーテン横からヨボヨボで杖をついたお爺さんが現れた。


早速挨拶から入る。


「初めましてエイムベア村長様。私が紹介に上がりました、特殊外交戦線補助隊総隊長、焔神リンです」


「ホホ。ご挨拶どうもどうも……ウルス様も歓迎なされております……」


ウルス様……?

思いながらチラッと日和を見た。


「……この村の信仰神様ですわ……あの幕の中におられますの……」


小声でサッと教えてくれた。


どうやらもっと神聖な何かだったようだ。


「何か失礼、無礼があればすぐに申し付けを。即座に訂正いたします」


私は幕の中の存在に敬意を払う為、問題がないかを聞く。


「ホホホ。いやいや、楽にしてくだされ。そうウルス様も仰っておられる」


ひとまず安心した。


「こちらに訪れました理由は、先日部下の方から説明させていただきました通りであり、これから私達との友好関係向上を、そして機械派の侵攻対策を練らせていただくこと、改めて許可して頂くということでよろしいでしょうか?」


お爺さんが幕の隙間に顔を入れ、確認した。


「ウルス様も、そのようにされることを望んでおられます。つきましては細かな会議を、そちらの隊長様と、僭越せんえつながらわたくしとで行ってもらいたいとも仰せです」


かしこまりました。ではここ一旦は、下がらせていただきましょうか」


「そうしましょう。会議は今日こんにちの夜に……」


お爺さん村長の言葉を最後に、また私に合わせて隊の皆がスッと立ち上がる。


そして全員、私に続いて建物を出た。



「それでぇ?隊長さん。

俺達はどうしようかねぇ?」


フランクが両手を頭の後ろに置き、体を揺らしながら聞いてくる。


「私はひとまず今から忙しくなる。フランクは機械派の襲撃警戒を怠らず、村内を散策、もしくは自機へ戻って待機、どちらか好きな方を選んで行動してくれ」


フランクは少しだけ悩んで答えた。


「う゛~ん……じゃあぁ……“シャープ”に戻らせてもらうわ。メンテ怠らんようによっ」


“シャープ”とは、フランクが乗る専用戦闘機の呼称である。


「バーリ。この村との交流を頼む。ここの子供達があんたに釘付けだった。丁度良いから、それを中心に、村民との仲を強硬にしてほしい」


「ハッハ!! やはり私の肉体美は、人の注目を浴びてしまいますな!! 心得ましたぞ隊長!!」


こちらが吹き飛びそうなほどの笑いと共に答えたバーリ。


「セバス。フランクを送って、戻ったら私と日和と共に会議に参加してもらう。できるだけ早めに戻ってきてくれ。静兎! この乗り物は使用して良いのか?」


「ここに滞在する間は、好きに使って良いと許可は貰ってます!」


「では、これでフランクを送ってやってくれ」


かしこまりました」


セバスとフランクが乗り物に乗った事を確認して、次は静兎に指示する。


「静兎……早速で悪いが、隠密に、村外周の防衛能力を調査してほしい。ここに来てずっと思っていたことだが、機械派に攻め入られた場合、確実にこの村は崩壊必至だ……監視塔も数はあれど防衛力はない。指摘できる部分を細かく探してきてくれ……」


静兎は小さく頷き、ヒュッ!!と姿を消した。


「クラル。君はどうする? 何かやりたいことはあるか? 命令と言えるものは何もないが」


私が聞くと、彼女はお願いしてきた。


「でしたら……仮で良いので、実験、整備、医療を行える拠点が欲しいです……。

でき……ますか……?」


日和に目をやる。


「そうですわね……後程村長に聞いてみましょう。それまでお待ち遊ばせ?」


これにクラルは「分かりました」と答えた。


「では、クラルと日和、眺月、そして私は一旦作って貰った隊の拠点で、今後を話し合おう」


こうして初外交、挨拶の段階はうまくいったと評価できるくらいには、粛々と締めくくった。

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