第88話 今日はそういう日
その日は朝から窓枠がガタガタと揺れ続けていた。
「旦那様……」
「ん?」
「大丈夫でしょうか……その……お家」
騒音に叩かれる我が家を見てベルギアは不安げに呟く。
反面、私は椅子に座りながら呑気にその姿を見ているのだった。
「大丈夫だよ。これでも10年以上この家に住んでいるんだから」
「…………」
ベルギアはギシギシとなる窓の外に目をやり、横向き流れていく雪達を眺めていた。
天気は豪雪。外は見事なまでに吹雪いている。
「……旦那様」
しばらく窓の外を眺めていたベルギアが口を開く。
「本日は……如何なさるのですか?」
「……」
いつもは外に出て買い物なり採取なり、はたまた遊んだりしている時間だ。
しかし……こうも外が吹雪いているようではな……
「特に何もすることがないかな」
「買い物は……」
「危ないのでダメ」
「採取も……」
「同様にダメ」
「…………」
ベルギアは少し押し黙った後再び口を開く。
「それではベルギアは如何なさったらよろしいのでしょう?」
「……」
一通りの家事を終えているベルギアは手持ち無沙汰になり、空手をにぎにぎとする仕草を見せてくる。
「そうだねぇ……」
勉強やカード等もあるが……せっかくだ。
「ベルギア、こっちにおいで。本でも読もうか」
「……はいっ」
私が膝の上をポンポンと叩くと、ベルギアは嬉しそうな声をあげながらそっと私の膝の上に乗り腕の中に入るのだった。
「えへへ」
「嬉しそうだね」
「旦那様のお傍に居れるのですから。……それにしても急にどうしたのですか?」
「最近は色々動いたりばかりしていたような気がしてね。せっかく外にも出られないんだから、ゆっくりと過ごそうかと思って。ベルギアはこうでもしないと何かしなければという気分に狩り立たれてしまうだろう?」
「……! ……えへへ、おっしゃる通りかも知れません」
私は椅子の近くの本棚へと手を伸ばしながらベルギアに問いかける。
「じゃあどんな本がいい?」
「旦那様がお読みになる本ならどれでも。…………と言いたいのですが……ベルギアにも理解が可能なものがよろしいです」
ベルギアは笑顔を見せながら微かでも自分の要望を口に出す。
このようにベルギアが最近自分がしたいことを遠慮なく言ってくれることに私は感慨深い気持ちでいっぱいになりそうになっていく。
「それじゃあこれにでもしようか」
私は一冊の本を開き、ベルギアと共に目を通しながらゆっくりとページを捲っていく。
ガタガタとなる周囲の中、目の前の暖炉は暖かく私達を照らしてくれていた。
「…………こうしているとね、独りで本を眺めていた頃を思い出すんだ」
「…………」
自然の音がかすかに聞こえる中、ページを捲る音だけがやけに耳についていく。
「あの頃はね、ただ日々を過ぎるのを待つだけだった。本を持ち、眺めて、ただ目を通している。内容も何をしていたかももう遠い昔だけど……ただ虚ろだったことだけは覚えている」
「旦那様……」
「でも今は違う」
「……」
「こうしてベルギアと共にページを捲りながら、文字を追っていく。その1つ1つがきっと私にとっては鮮明な記憶となって積み重なっていっている」
ベルギアは私の腕を持ち、静かに抱き寄せた。
「ベルギアのおかげだよ。ありがとう……」
「……こちらこそ……ありがとうございます」
ベルギアはそっと私の手の上に小さな掌を重ねていく。
かけている毛布のせいだろうか。
ボンヤリと眠くなっていき意識が遠くなっていっている気がする。
幸せで心地よい眠気だ。
今日はそんな……穏やかな日だ。
……
…………
………………
「……スー……ん………………ハッ!」
「ん……?」
ベルギアの驚いたような声で私は目を開ける。
どうやらいつの間にか2人して眠ってしまっていたようだ。
「…………!」
ベルギアはキョロキョロと辺りを見回し徐々に焦りを露わにして行く。
窓の外はすっかり日が落ちていた。
「だっ……旦那様……ごめんなさい……お、お夕飯今すぐお作り致しますので……!」
夕方を超えてとうに夜となってしまった今、冷や汗と共にベルギアは急いで支度をしようとする。
「んー……」
少しの思考の後、私は焦るベルギアを捕まえてその場に留まらせる。
「旦那様!? お夕飯のご用意をしたいのですが……」
「保存用のジャーキーとか諸々置いてあったよね」
「はい……」
「じゃあもう今日はそれにしてしまおうか」
「えぇっ?」
「せっかくずっとのんびりと過ごしたんだ。今日はもうそういう日だよ」
「…………わかりました」
逡巡した後、ベルギアは小さくため息をつきながら微笑んで保存食をいくつか取り出してくる。
私達は暖炉の前でそれをのんびりと食べるのだった。
……少し行儀が悪い気もするが、もう今日はそういう日なのだ。
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