第87話 枕元の幸せ

「〜〜〜♪」


 ベルギアが裏で家事をしている時、私とジニアは他愛もない雑談を交わしていた。


「ところでよ、かの国ではこの時期にちょっとしたイベントがあるらしいんだけど知ってるか」

「どういうのなんだい」

「なんでも子供が寝静まった夜に枕元にプレゼントをコッソリ置くという習慣があるんだと」


 プレゼントか……この前にマフラーを貰った事もある。ここは是非に喜んで欲しいものをプレゼントするとしよう。


「一応教えとくだけ教えといたから頑張れよー。ベルギアちゃーん俺もう帰るわー」


 ベルギアに一言告げた後、ジニアは席を立つ。


「あっはい。本日はありがとうございました」

「また来んぜ〜」

「はいはい」


 ジニアが我が家を去った後、私はベルギアに一応聞いてみる。


「ところでベルギア、欲しいものとかは──」






 翌日。

 私達はいつものように買い出しにと街中を歩いていた。


「旦那様、街の方は雪があまり積もっていませんね」


 ベルギアの言う通り街の中は流石に除雪作業もされており、歩みを進める道に積雪は存在しない。反面、路面が凍ている箇所も無くはないため滑るのが怖いところだが……私の頭はそれどころではなかった。


 昨日ベルギアに欲しいものを聞いたはいいが返ってきた返答は……



「ベルギアは旦那様と一緒なら他には何も望みません」



 以上であった。

 ……まぁ予想はついていたことだが。


 私が今乗り越えるべき点は大きく分けて2つ。

 1つ目はベルギアが喜ぶものを渡すこと。

 やはり誰かに何かを渡す以上は良い思いをして欲しいというのが人の性だ。

 ベルギアのことだ。私が渡すものならなんでも喜んでくれるだろうが……可能な限りは好きなものを渡してあげたい。

 そして2つ目。それは…………


「旦那様〜〜」


 目の前のベルギアこの子と離れることだ。

 ジニア曰く夜中にと枕元に渡すそうだ。そのためには私とベルギアの距離を離す必要性があるのだが……


「旦那様〜?」

「……ん? なんだい」

「いえ、なんだかボーッとしていらしたので」

「ああ、ちょっとした考え事だよ」


 ちょっと難しいそうだな……これは。



 とは言えまずはベルギアに渡す物から考え無ければ。

 形に残るものの方がいいだろうか? 甘いものという線もあるが……私は詳しくは無いしジャスミンさん達と色々食べたりもしているようだし。

 服……はこの前買ったし、ぬいぐるみテディベアは今でも抱いて寝ているほどだし…………

 どうしたものか……


 そんなことを考えていると1つの光景が頭をよぎった。

 私の大切な人達しか知らないが。



「……だーんーなーさーまー?」

「ん。ごめんごめん」


 ずっと上の空な私をベルギアは頬を膨らませ伺ってくる。

 今のこの子を蔑ろにしてしまっては本末転倒だな。


「先程から何を考えていらっしゃるのですか?」

「んー……んー……まぁ、ちょっとね」

「……ベルギアには……言えないことですか?」


 ベルギアは少しだけ悲しそうな顔をし、落ち込んだ表情を見せてくる。

 ある意味あっているのが困ってしまうな……。


「大丈夫。嫌なこととかじゃ絶対無いから」

「本当ですか?」

「本当本当。買い物を続けようか」


 プレゼントは決まった……後は…………






「旦那様、お昼ご飯はいかがなさいますか」


 昼時になりベルギアが尋ねてくる。

 私はこの千載一遇のチャンスを逃すまいと思考を巡らせた。


「そうだね。……あの店にしようか」


 私は目に付いた適当な店を指差してそこへと向かう。

 そして……


「……! すまないベルギア。先に入っていてくれないか」

「? 何故ですか?」

「あー……知り合いを見かけてね。少し挨拶しようかと」

「でしたらベルギアも……」

「いや、すぐに終わるから。ベルギアには席だけ取っておいて欲しい。それじゃあ頼んだよ」


 半ば強引に話を進めてベルギアを店内に入れて少しの間その場を離れる。…………我ながら無理やりすぎたな。


 なにはともあれ時間をかける訳には行かない。

 私は急いで思い描いていた店へと全速を以て向かうのだった。






「……本日の旦那様はどこか……変でしたね」

「そうかな?」


 夜になり、ベルギアは思い返すように今日の私の行動や言動に疑いの眼差しを向けてくる。


「隠し事……気づかれたくないことがあるような素振りが……」


 やはり感情の機微に鋭いベルギアである。

 これ以上はいけないな。


「そんなことは無いよ。さ、もうそろそろ寝るとしよう」

「…………はぁい」

「おやすみベルギア」

「旦那様、おやすみなさい」


 納得はいっていなかったようだが……何とか寝かせることはできたか。

 後は寝静まるのを待つだけかな。



「スー……スー……」


 しばらくして小さな寝息が聞こえてくる。

 どうやら眠ったらしい。

 私は起こさぬようにゆっくりとベッドから降りてをそっと枕元に置いていく。


「……ん……旦那様……」


 名前を呼ばれ一瞬焦る。どうやら寝言のようだ。

 …………夢に出てくる私は一体どんな私かな。癒せているといいのだが。


「…………いつもありがとう。ベルギア」





「わー!?」


 翌朝。

 いつもとは違いベルギアの叫び声で私は目を覚ます。


「だ、旦那様……! これ……!」


 ベルギアは手に花が詰まったバスケットを抱き抱えながら歓喜と動揺が入り交じった声を上げる。


「うん。私からの贈り物」


 フラワーアレンジメントというものだ。

 色とりどりの花々がバスケットに纏められ、花束とはまた違った美しさと可愛らしさをもった贈り物。

 本当はあの花畑から作りたかったが……時間もなかったので仕方がない。



「凄い……綺麗、可愛い……なんで……えぇ〜っ……!」


 思いもよらぬものによってベルギアは動揺が隠しきれず、頬が緩み続けていく。

 こうして喜んで貰うことこそ贈ったかいがあるというものだ。


「旦那様ありがとうございます……!」

「……! どういたしまして」


 少しだけ涙を浮かべながら満開の笑みを以てベルギアは私に喜びを表してくれる。


 プレゼントは子供だけだとジニアは言っていたが……違うな。

 私にとって、この笑顔こそが最大のプレゼントだ。




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