第19.5話 幕間:夢 【Case ベルギア】

今回の視点は普段のアリウム視点ではなく、【三人称】で進んで行きます。

また、描写の都合上【暴力表現】【残酷表現】が存在します。

そのようなものを本作品に求めていない方は戻っていただいて大丈夫です。本編に大きな影響は与えません。

ご留意いただけますと幸いです。


本当に見る人によっては嫌な表現がありますのでご注意ください。

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 これは夢。


 少女が大切な人と出会う前の頃の。


 辛く冷たい頃の記憶────。






「おらぁ、とっとと動け」


 鞭の音がピシィンと地面を叩く。

 その音に怯えながら、少女は自分の体の半分は超えるであろう荷を台車に積んでいく。

 痩せて非力で小さな体で精一杯、失敗しないように動いていく。


 ここは大きな貴族の屋敷の一角。

 後にベルギアという名を貰う少女はここで奴隷として飼われていた。


 何故ここに来たのか今でもわかっていない。

 路地裏で生活をしていれば見知らぬ男に連れられ、そのまま何かしらの金銭のやり取りをした後、訳の分からないままにこの場所へと連れられてきた。


「うっ…………」


 隣で一緒に運んでいる奴隷の1人が荷を持ったまま転び、荷を落とす。


「オイ……」


 屈強な怖い男がその奴隷へと近づき、


「なぁに荷物を落としてんだよ!」


 そう叫んで転んだ奴隷の腹部を蹴った。

 奴隷の口から薄く黄色い液体が飛び散る。

 ろくなものを口にしていないため、吐き出すものが胃液しか存在しないためだった。


 蹴られた奴隷を助けることは出来ない。

 少しでも逆らえばその矛先はすぐにでもこちらに向くから。


「何度も言うがなーオマエら奴隷に存在価値なんてない。使えないようだったらいつでも処分していいんだからなぁー?」


 自分の方が上なんだと誇示するかのごとく男は働いている奴隷全員に聞こえるようにそう告げる。

 。その意味を全員は理解している。


「返事は!!」


 勢いよく足元の奴隷の腹部が再び蹴られた。

 誰も答えなかったから近かった奴隷が蹴られる。

 しかし、誰も答えないのも無理は無い。

 以前に発言をした奴隷は「奴隷の癖に口を開くな」と叩かれていたことがあったからだ。

 何をしても正解なんてない。ただ耐えることしか少女達はできなかった。






「おーし、今日の分は終わり。感謝しろよぉーオマエらのようなゴミにも休む時間を与えてやっているんだからなー」


 奴隷達はボロボロの体で宿舎へと戻る。

 宿舎といっても、寝るところは硬い床でしかなく、上に羽織るものは藁が精一杯の小汚い小屋だ。


 奴隷達に会話はない。

 互いに喋れるかどうかもわからない。

 もし喋れたとしてもそれがいつ誰の耳に入るかがわからず口を開けない。


 同じ部屋であっても孤独を感じながら、冷たい床で横になる。






 日が昇る前に目を覚ます。

 少しでも遅れると叩かれるから。


 しかし、今日は隣の奴隷の様子がおかしかった。昨日蹴られていた子だ。

 いつも少女と同じ時間に起きているはずなのに動かない。

 糸が切れた人形のようにピクリとも。


「おいコラ! テメェらさっさとしろ!」


 宿舎に男がやってきた。

 大きな声を上げながら少女達を催促する。


「あぁ? そこのお前何チンタラしてやがる」


 ピシィと鞭で地面を叩き、少女を脅す。

 少女は怯え、すくみ、動けないまま動かない隣の奴隷を見る。


「……チッ。あーめんどくせ……。オイ、オマエ。処分しとけ」


 男は少女の目線を見て、自分が蹴った奴隷がどんな状態かを把握したようで、少女を指してを命じる。


 少女はの手を持ち引きずっていく。

 ズシリと重みが腕にかかる。

 カクンと首が重力に負け、少女と奴隷だったものとの目が合う。

 光がなく虚空を見つめるようなずっと凝視されているような深淵の目。

 少女は思わず目を逸らす。引きずり込まれてしまうと思ったから。





 焼却炉に行き、投げ入れる。


 何度も嗅いだ肉が焼けていく臭い。

 髪が、脳が、皮が、肉が、臓腑が、焼けていく臭いが鼻の奥にべっとりと絡みついてくる。

 初めは吐いていた気持ち悪い臭いも我慢できるようになった。なってしまった。


 しかし、今は別の理由によって吐きそうになる。


 次にここに入っているのは自分なのでは無いかという恐怖がどうしようもなく腹部から押し上げてくる。

 たくさんの痛み受け、苦しんで、辛い思いをして、その先に待っているものがこの炎の中だと思うたび、なにかに押しつぶされそうになっていく。




「おっいいモノ見つけた」


 その声を聞き背筋が凍った。

 少女は何よりもその存在が嫌いだった。


 声のする方向を向くと、そこには少しばかり肥えた男。

 下卑た笑みを見せながらベルギアに近づいてくる。

 この家の主だった。


「ほら、ご主人様だぞ。笑えよ」


 少女の表情が恐怖で固まる。笑顔など作れるはずもない。

 無理もない。

 この男は少女の体に鞭を打つことを楽しんでいるのだから。


 ヒュンと鞭が空を切る。

 少女は震えながら観念したように背を差し出す。


 かつてこの男は言っていた。エルフの白い肌は真っ白なキャンバスのようだと。その肌を台無しにしていくのがたまらないと。


「背中もそろそろ汚すところが無くなってきたなぁ……もう少ししたら前もいくとしようか」


 その声と共に破裂音が背後で鳴り響いた。


「あ"ぁ"っ…………!」


 切り裂かれるような痛み。

 意識を保つことで精一杯の痛み。


 どうしてこんな目に遭わないといけないのか。

 そんなことを考えても理由なんてない。

 ただ男の趣味だから。少女をモノとしか見ていないから。

 ただ壊れるまで遊ぶ。残酷で無邪気な子供のように。


 このままではいつか本当に死んでしまうだろう。

 今この瞬間に光を失ってもおかしくない。

 痛みに耐えているからこそわかる。その恐怖が現実になる日が近いことを。






 今日もまた誰かが倒れ、光を失った。


 少女は率先してを引きずった。


 このチャンスを待ち望んでいたから。


 焼却炉へと向かう道中。

 下水道に繋がる1つの排水溝がある。

 周囲に誰もいない時、引きずっていたものをその場に置いて排水溝へと潜り込む。


 ごめんなさい……なんてことを思う余裕はなかった。ただ必死に痛みから逃げたかった。


 下水道の中を必死に進んだ。道はわからない。とにかく後ろには戻りたくなかった。

 ただガムシャラに進んだ先で恐る恐る、地上を覗き、少女は外に出た。











「…………ッ……ハァッ!

 …………ハッ……ハッ……」


 大量の汗と共にベッドから飛び起きる。


「ぁっ…………ハッ……ハァッ……」


 周囲はまだ暗く、夜の音が家の中に微かに届いてきていた。


 酷く嫌な夢を見た。

 そう、あれは夢なのだ。

 もう終わったことなのだ。

 そう自分に言い聞かせるようにベルギアは震える体を縮こめる。


 それでも震えは止まらない。

 怖くて怖くて仕方がない。

 終わったはずの恐怖が脳裏に、体に焼きついて離れない。


「…………」


 チラリと横を見ると、アリウムが寝ている。


「…………」


 起こさぬようにとそっと、ベッドから出てその手を握った。


 震えが止まった。


 大きな手だ。子供のベルギアとは比較にならないほどに大きな手。

 この手でベルギアを抱きしめてくれた。


 暖かかった。

 締め付けられていた心がほどけていくような、そんな感覚があった。


 祈るようにして小さな両の手で大きな手を握る。


「旦那様…………」


 大切な人の名を呟く。

 それだけで心が満たされていく。


 痛いことをしない人。

 ずっと傍にいてくれる人。

 幸せにしてくれる人。

 世界で一番、大切な人。

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