あるロボットの死への応援コメント
親しい者の死を悼む想いが宗教の始まりなのかもと思う事がよくあります。魂の在り方、死後の世界の様相は宗教で違えど、死を悼む想いはどの宗教にもあることなので。この物語はそれを感じさせてくれました。
男は無神論者にも関わらずロボットの否定せず友と呼んだ。ロボットの葬儀には結構多くの人が参列してくれていた。
一方で無神論者の男は誰に看取られることなく死んだ。(ロボットの隣に葬られているあたり、葬儀は行われたのかな?)
この差が悲しいとは思わないのだけれど、縁者が故人の想いを尊重したのだなとは感じました。生前の男の信念を知っていたザッカライアが墓をそっとしておいたところも含めて。
思いやりを感じさせるいいお話でした。
作者からの返信
コメントありがとうございます。宗教にもよりますが、「葬式をきちんとしないと魂が天国に行けない。やむを得ないときには異教徒が儀式をしてもいい」という信仰があるそうです。それをヒントに、この話を書きました。二人が天国で再会するか、それとも、ただ永遠の無になるのかは、私にもわかりません。
あるロボットの死への応援コメント
葬儀とはなにか。生き残った者たちのための、別れと再会の祈りなのだ。
この一文がとても深い。第二章の神とは?信仰がなくとも信頼できる人に弔ってほしいロボットの気持ち、そして後半に向かう主人公の神とは、ロボットに心はあるのか、信仰とはと問いかけていく姿勢。
哲学的な部分に触れているなあと感じました。今後技術が発展していく上でロボットの存在や心の在り方、弔い方、AIなど非常に興味深いテーマでした。
ザッカライアが粋なことをしてくれた。天国でまた友に巡り合えますように。
この度はお勧めありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。誰もがいつかは死にます。死者を埋葬し見送るのは、死というものを認識したヒトのなす最も根源的な儀式だと思います。ネアンデルタール人の墓に、花びらの痕跡が見つかったという話があり、人が人であることの出発点のひとつとして、葬儀はあるような気がします。