第21話 硝子




 石英硝子、ソーダ石灰硝子、ホウケイ酸硝子、クリスタル硝子、結晶化硝子、熱強化硝子、化学強化硝子などなど、多種多様な硝子の生産地でありながら、様々な硝子を用いた建物が観光名所となっている小国『紅鏡こうけい』。




「おい」

「………」

「おい」

「………」

「私の呼びかけを無視するとはいい度胸だな。紫宙しそら


 濃淡様々な紅色のクリスタル硝子と熱強化硝子で創られた居酒屋にて。

 ふじがソーダ石灰硝子で作られたビールジョッキを掴んだまま、熱強化硝子の椅子に座り、熱強化硝子の円卓に顔を突っ伏している紫宙の後頭部を軽く叩けば、のそり、紫宙は顔を上げては顎を円卓に乗せた。


「ぼうりょくはんたあい~~~」

「金の無駄遣いだな」

「んだよ~~~。おれのかねをどうつかおうがかってだろうがよお」

「酔えないと分かっているだろうが」

「………」

「いくらアルコールを摂取してもおまえはもう酔えない。琉偉るいの猛毒を体内に摂取した時か。羅騎らきの血を体内に注がれた時か。もしくは、おまえが羅騎を吸血した時か。どの段階でおまえが酔えない身体になったかは分からないが。これでアルコール依存症が治ったかと思えば、アルコールを求め続けるとは。おまえは本当にバカだな」

「………そうだよ。俺は莫迦だよ。酔えないって分かってるのに、アルコールを求めずにはいられない大莫迦者だよ。こうやって、ビールを何十杯飲んでも、まったく、これっぽっちも酔えない。辛い。うう。辛い。一時でも忘れたいっつーささやかな願望すらもう叶えられないのかよ」

「………」


 藤は紫宙が握るビールジョッキを奪い取ると、半分ほど残った地ビールを一気に飲み干した。


「俺のビール飲んだな。金払え」

「誰が払うか。寧ろ感謝しろ」

「何でだよ」

「酔う為だけにバカ飲みして味わう事をしないおまえに代わって、味わって飲んでやったんだ。そうだな。私の方が金を払ってほしいくらいだ」

「味わうって。アルコールは酔う為だけのもんだろうが。ま。俺もおまえも酔えないけどな。うう。酔えないなんて。辛い。忘れたい」

「とことん情けない奴だな。おまえは」

「………そうだよ。俺は情けない奴だよ。同じ過ちを繰り返した。てめえ勝手に吸血した」

「羅騎がそれを望んでいた」

「んなの、関係ないだろ。あいつが望んでようが。俺は。俺自身を制止し続けるべきだった。なのに。堪えられなかった。大馬鹿野郎だよ。俺は。クズ野郎だ。もう。本当に最悪だ」

「………羅騎。おまえ。本当にこいつでいいのか?」


 藤は真正面に座る紫宙から、紫宙の後ろに立つ羅騎へと視線を流した。

 以前は、前髪をセンター分けして鎖骨の辺りまで伸ばす真っ直ぐの羅騎の髪の毛は濃い金色だったが、紫宙に吸血された時に銀色に変わったのであった。











(2025.5.2)



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