第19話 選択




 テントが立ち並ぶ小さな国の『暁星ぎょうせい』にて。


「………弟にあのような顔をさせるなんて。兄失格。ですね」


 狼の姿に戻っては背を向けて疾走する琉偉るいの背中が見えなくなるまで見守ったのち、未だ地面に蹲る紫宙しそらを立ったまま見下ろした羅騎らき。鎖骨の辺りまで伸ばす真っ直ぐな濃い金色の髪の毛を人差し指と親指で弄びながら、厄介ですねと言葉を紡いだ。


「愛する弟と共に行動する以上にすべき事ができるなんて。厄介極まりありません。愛する弟の背中をただ黙って見守る時が来るとすれば、それは。琉偉が愛する誰かと共に連れ添うので私から離れる時だと。決めていたのですよ。それを。いえ。まあ。別段、その決意を破ったわけではありませんね。琉偉にとってふじ殿は特別な存在なのですから、その藤殿の元へ向かう琉偉を見送った現状は、状況が状況ですから私の求めていた光景とは異なりますが、私の決意に沿ったものと見なしてもいいと思います………などと。言い訳。ですね。兄失格になりたくない言い訳」


 羅騎は髪の毛を弄ぶのを止めて、両肘に軽く手を添えては腕を組んだ。


「………運命の相手。地震。地震による琉偉の変化。地震による君の変化。三つの影響を強く受けて。私の封印していた記憶は解き放たれた。のでしょうか。それとも、私自身も地震の影響を受けたのでしょうか? まったく。いい迷惑です。忘れたままでよかったのです。確かに。苦しいと泣き叫んでもいい、どんなにみっともない姿を見せてもいいと言いましたが。あまりに。あまりにも情けない姿を晒していますね。君は。せめてアルコール依存症は克服していてほしかったですが。それでも………みっともないと呆れはしても。嫌悪感は生まれない。琉偉のお願いを泣く泣くでも袖にして、君をさっさと追い払えばよかった」


 ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう。

 地面にうつ伏せになって身体を縮こまらせ続けているので、少しずつ、すこしずつ、紫宙の面積が減って行く。凝縮されていく。

 ただただ、堪える為。

 吸血衝動による殺害を堪える為に、自分の身体を絞め殺さんばかりに、抱き潰さんばかりに、縮こまらせ続けている。



 そうやってずっと堪え続けなければならないのか。



「それしかないのだとしたら。それしか君の愛情表現がないのだとしたら。私は、」


 生きている限り、絶え間なく訪れる取捨選択。

 何かを選んで、何かを捨てなければならない。


(琉偉もこの人も、苦しみ続ける結果になると。目に見えて分かっていても。この選択が愚かしいものだと明確に分かっていても、)




「ねえ。お兄さん。ぼくを。生かし。続けて。よ。あなたの中でずっと。苦しいって。泣き叫んでも。いい。けど。どんなに。みっとも、ない。姿を。見せても。いいけど。しぬのだけはぜったいにゆるさない」











(2025.5.1)



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