居住区

気温も落ち着き、昼間帯における身体的ストレスが緩和された頃、私は認知戦の魔女の元を訪れていた。


「おい、


私は認知戦の魔女のことを『でかきち』と呼んでいる。

あの女の解釈は多分『気は優しくて力持ち』といったイメージだろうが、『でかきち』

とは『なんかデカくてブツブツ言いながら理不尽に襲いかかってくるキチガイ』の略である。


「あら、さん」


認知戦の魔女は私のことを『ジュテームさん』と呼ぶ。

由来は分からないがジュテームは英語で言うとアイラブユーのことらしく、ちょっと怖いので聞いていない…。


我々は東京郊外の国が借り上げた集合住宅に居住している。

防衛省は私に認知戦の魔女と協力し、新領域を開拓するとともに、自衛隊の領域横断戦(※1)遂行能力向上に寄与することを期待しているとのことで、現在一時的にパートナーとして組まされているのだった。


(※1:陸海空の従来領域と宇宙、サイバー、電磁波等の新領域を連携させた戦い)


なお、特に関係ないが、わざと仲の悪い、言葉の通じない者同士を一緒に収容し、

協力態勢の構築を阻止する手法は反乱防止の手段として鉄板らしい。


「今度は何の御用ですかね~^^(早く帰れ…死ね…)」


でかきちが一見にこやかに挨拶する、私はその上から嘲るような姿勢と口調から、その本心を鋭く見抜いた。


「お前今、『早く帰れ…死ね…』って思ったよな?」


ぴしゃりと突き付けてやる。


「(笑)思ってないですし、朝会ったとき、いつにもまして死病患者みたいな顔色だったから心配してたんですよ?」


違和感を覚える。

朝だと?朝コイツと会った記憶はない…というか絶対に会っていない。

朝食とかいう意味無いもの摂ってるこいつと違い朝は社会的に許される限界まで寝るのが私にとっての丁寧な生活である。


「朝…?朝はお前と会ってねえだろ、その前に起きてもいねえよ」


「…え?、いや、会ったでしょう…いつも以上に挙動不審な態度でそそくさと私から逃げた癖に。そこ誤魔化すのやめましょうよ(笑)」


即答であった。

でかきちは無かった出来事をあったものとしている様に見受けられた。


「……あー」


…これアレだな。来たか、遂に。

肉体よりも先に脳が”耐用年数”を迎えちまったパターンだわ。

というか肉体が全盛期のまま思考回路がショートする一番最悪なパターンだわ。


「…何?反論が無いなら私の『勝ち』…です…けど?…おこなの?(笑)」


でかきちが能天気に私を煽る。

一体に根が極めて誇り高く出来ている私にとって面罵してきた相手を前に敢えてブレーキを掛けると言った選択肢は特にない。

それは例えば相手が認知症の老人であろうと関係ない。

というか認知がイカレてる分際でふざけるなという気持ちになる。


#負けない人生負けない気持ち


それは「誇り」を守るということ。自分が「ディスリスペクト」されたと感じた際、「ビッチ」にならない為には何でもするということ。


「は…?(笑)何…?『おこなの~』て。ウケるんだけどガチで、ババアが(笑)」


魔女というだけあって私たちは女性の外見をしている。

自己防衛のために最も人間の集団に守って貰える確率が高く、かつ目立たない形態のものが自然選択的に残ったという説が有力である。

そうすると、老人でもよいのではないか、という論も成り立つが、物理世界に受肉している以上、ある程度は現在の肉体の性能限界に行動の制約を受けることと、基本的には成人よりも子供の方が、『無害そうランキング』の上位を獲得しやすいため、若年層の姿で『固定』されることが多い。

そのため多くの魔女は若い女の外見である。


目立つ特異的な外見的特徴を持つ者は少ない。多くは〇〇駅(任意の政令指定都市の駅)の前に無限に生息していそうな外見をしている。平均的な顔を追及すると結果的に偏りのない美人になるとは言うが、二次元でいうと『いらすとや』みたいな顔であり、非常に記憶に残りずらいだまし絵の様な不思議な外見の者が多い。

これは高度な人間へのと考えられている。


例外的に認知戦に類する魔女については男ウケしそうな外見の美少女が多い。

これは直接的な交渉時の説得力を向上させるための進化の結果だと言われている。

そして私と同様、人間からは一見して魔女だとは分からない。

これは当然で、魔女だと一目でわかる様な珍生物が演台でアジ演説などしようものなら直ちに『サタンの侍女』として人間様の“”が執行されるからである。


『でかきち』についてもテレビから出てきた様な理想的プロポーションであり、また目鼻立ちが整った麗しい見た目をしていた。男性の平均身長を上回る長身でありながら、どこか幼く抜けている印象を与える容貌をしており、つまり近付き難い雰囲気がなく、そこがまた好かれた。

適度に鍛えられた筋肉はバランス良く備えられた脂肪と相まって女性性を強調し、長い手足も相まって、相対した人間に遺伝子レベルでの優越性を錯誤させ、また丁寧に整えられた頭髪、陶器の様なきめ細かな肌及びどこまでも澄んだ瞳は理不尽な悪意に晒されることなく愛にあふれ、健やかに育った結果、あたかも人の良心を信じる純粋な人格を有しているかのように錯誤させた。

更に(人間から見て)大変に愛嬌があった。人間相手にはいつも機嫌よく、喜怒哀楽の表現が豊かでありながら、よく懐く子犬の様に老若男女にストレスを与えない。「雰囲気さわやか系の王子様」から「歯のないジジイ」まで殆ど全てに愛され、巧みに操作することが出来る。

男の認知能力は性的欲求で上書きされるというが、こいつのそばにいるとそれを裏付ける様な状況が多く観測される。

まあ、多くの男は跪拝きはいするのだろうが、私にそんなものは通用しない。こいつから発せられる情報の全てはこいつが見せたい情報であり、『嘘』であることを知っている。

経験上こう言う奴が1番危ない。

人間だと思って接していたらある日突然寿命で死んだ飼い猫の亡骸をドローンに改造して『無駄なく遊ぶ』タイプである。


私は迷っていた。を始末するかどうか。

どういう形であれ、およそ認知機能が狂った魔女は殺人マシンになるためである。

朝何喰ったか覚えてない位ならいい。起きていない出来事を起きたと確信するのはハッキリ危険信号である。


私の決心を後押しするかの様にありったけの悪意を込めた表情ででかきちは続ける。


「は?いや…(笑)フフッ…(笑)それが煽りになると思ってる魔女とかいるんだ…(笑)

まずアナタも普通にババアですよね?しかも朝の出来事が思い出せない位認知機能がイカれてしまっているときた…そろそろ引退の時期なのでは?(笑)もう今後は直接アナタみたいな野蛮なのが突っ込んで行かなくても私たちが日本の平和を守護まもって行くから人間の彼氏でも作ってその辺に落ちてる団地で一生セックスでもしてたらどうすか?脳みそは『スカスカ』おまたは『パカパカ』の『セイデンキニンゲン』さんさぁ(笑)」


事実ベースの確認が順当に誹謗中傷へ昇華したことを確認。

こちらも直ちに人格攻撃に移行する。


「お前は『ダイオキシンニンゲン』だろ?お前ベルリンの壁がぶっ壊れた時も同じ様なこと言ってたよな?これで世界は平和になるとか、人類は幸福な時代を迎えてオマエは用済み(笑)とか何とかさあ?翌年速攻でクウェート侵攻が始まったときクソ笑ったわ!」


「そんな詩的ポエティックな煽りを『分析・評価』の文脈でとらえているあたりマジで頭コンデンサーですよね。未だに数百年前の妖怪の様にレゲエの歌詞みたいな世界観で生きておられるのですか?(笑)それとも当時から既にアルツハイマーが始まっていたのですか?どちらですか?」


「(笑)認知症はお前だろ、情報分析が『世界終末時計』よりも甘いんだよカス」


「そもそもね、確かに私はあなたと組まされてますけど、何でもかんでも聞かれたって困るんですよね。今後は認知が進んだあなたの下の世話とかさせられんのかなあ~いやだなあ~…まあ、に『礼儀』とか『長幼の序』とか高度な概念を説いても始まらないとは思いますけどぉ~?」


出たよ…(笑)『長幼の序』

お互い人間に換算したら齢何百歳かわからんガイコツ剣士だろうが。


「うお!早口えぐいて(笑)お婆ちゃん落ち着いて!尿失禁しちゃうよ!(笑)自分で気付いて無いみてえだけどお前の脳みそはもうブッ壊れてますから(笑)もうこっちは勝手にやってるから直ちに名前を『認知症の魔女』に変更して、Xでも何でも好きなだけ暴れ散らかしとけよ(笑)ただし人は殺すなよ(笑)」


「ちょっと!あなたみたいな思慮の足りないお馬鹿さんが勝手に動いて日本や同盟国の足を引っ張らないように私は『お目付け役』的文脈であえて組まされているんですけど!?あなたがやらかせばこっちも自衛隊の伝統芸能である責任連座制で同じペナルティを受けることになるんですけど!?『頭コンデンサー』でもそこだけは忘れないで下さいよ!?」


「責任連座制は自衛隊じゃなくて日本文化そのものだ。嫌なら日本から出ていけ。

それともお前共産主義者か?」


「…貴様、言葉に気をつけろ。私は天地開闢てんちかいびゃく以来、本邦の"ナワバリバトル"に全てを捧げて来た。私以上に「日本の妖怪」らしい性質の「日本の妖怪」はいない」


「顔面は韓国製なのにか?(笑)」


「…あ~(笑)、そっかそっか~?ごめんね~???なんだろう???体質(笑)っていうかさ~昔から食っても太らねえっつうかさあ~(笑)どんなふざけた生活習慣でも自然と韓国アイドルみたいな体型になっちゃうっていうか~?(笑)これ(外見)だけはどうしようもないからさ~(笑)」


「はぁ…?フフッ(嘲笑)きっも…電車とセックスしとけよ(笑)」


「貴様頭デカない?アドバイスなんだけど骨切ったほうがいいと思う(笑)」


「それはお前だろ。その顔ってまだダウンタイム終わってない感じですよね?(笑)」


「殺すぞクソチビ、ここで、今」


「カービィとか好きそう(笑)」


「しね」


不毛な言い争いの応酬ヒートアップし、遂に危険な領域に突入する。

何の話をしているのか自分でもわからなくなってきた。


こうなるとウサデンの魔女の頭の中にはコールタールの様な高温かつ粘性の高い感情を伴う思い込みがぐつぐつと広がっていく。

でかきちは保守的な本邦魔女の集団において、いち早く情報化社会に適応した稀有な魔女である。その結果、自分は特別で他の魔女達のもうひらかなければならないといった思い上りも甚だしい勘違いを起こしているのかなと思ってしまう。

そうすると当然素行は最悪、どうせ身体の何処も悪くないのにイオンモールの身障者用駐車スペースにミニバン停めたりしてるだろうし、であればそもそも魔女よりも、例えば無麻酔で松果体しょうかたいを摘出してセレブの皆様に提供する等の方が人類にとって有用なのではないかなとすら思ってしまうのである。


「…で、何しに来たんだ?どうせ金でしょ(笑)?貸してあげないんだよ(笑)」


「脂肪と一緒に脳まで吸引しちまったのか?全然違うんだよ低能野郎(笑)」


ようやく要件を思い出した。

でも認知がイカれてる今のコイツに言うべきだろうか。

正直状況が好転するかはわからない。

まあ『相手』は奴のみたいなモンだし、いきなり襲われてになることはあるまい。


「…最近『あのお方』が活発なんだよ」


でかきちの顔面から血の気が引く。明らかな動揺。

背筋を伸ばして思い切り私を見下しながら調子良くディスっていたその姿勢は一気に威圧的な雰囲気を失い、送風を停止したストローマンの様に萎んでいった。


クソざまあみろ。


「お前のだろ?国をぶっ壊す前に何とかしてもらっていいすか^^?」


茫然自失のでかきち、颯爽と立ち去る私

勝った。この瞬間私は、「勝者」

体内のテストステロン濃度が一気に上昇するのを感じる。

力が溢れてくる、軽くアクメを感じる。

これがFDO(※2)か。


(※2:"Flexible Deterrent Options"柔軟抑止選択肢:危機発生を事前に防ぐための抑止活動)


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